第2話 なんかスゲーらしい
剣を抜いて対戦状態に入るアランを、ミコが宥める。こんな状況の中でも、サシャは呑気に串焼きを頬張っていた。
「落ち着けってアラっち! びっくりすんのは分かっけど、サシャぽん良い奴だから! それにこんなトコで暴れたら迷惑なるって!」
「心配するなミコりん! 確かに魔王は強いが、ボクも強い! 大敗はしないだろう。ミコりんはその間に増援を呼んできてくれ」
「サシャぽん肉食ってっから! 戦う気ねーだろどう見ても!」
「確かに……」
アランは落ち着いたのか、ようやく剣をしまった。戦闘が始まらなかったことに一安心する。もし戦っていたら、アランは無事では済まなかっただろう。
「とりま聞いときたいんだけど、サシャぽんはなんであーしの誘いにのったん? マオーを倒すって、サシャぽんを倒すっつーことなんでしょ?」
ミコが尋ねると、サシャは持っていた串焼きを皿の上に置いて静かに話し始めた。
「人間が俺を倒したいのは、人間を襲う魔物や魔人がいるからだろう。だから、俺を倒さなくても、そいつらが人間を襲わなくなればそれで良いはずだ。俺は『人間を襲え』などと言ったことは一度もない。人間を襲っているのは、そいつらが勝手にやっていることだ。俺も困っている。それに、理解して欲しいのは、一部の人間もまた、何の罪もない魔物や魔人を襲っているということだ。だが、だからといって俺は人界を潰そうなどとは思わない。人間も、魔界全てを悪と決めつけるのはやめてほしい。ミコりんは、人界と魔界の話は聞いたか?」
「そういうのがあるっつーのは聞いたけど、詳しくは」
「そうか。今いるここは人界。人間の住む世界だ。そして、我々の住む魔界は、人界の下にある。完全に棲み分けが出来ていたのだが、それも大昔の話。原因不明の現象によって、各地に二つの世界を結ぶ大穴が開いてしまった。魔界の者が人界に、人界の者が魔界に。世界は交わってしまったのだ。魔界は人界よりも魔素が濃い。弱い人間は魔界の環境には耐えられないのだが、魔法科学の発達によって魔素を薄めるマスクができてしまった。魔界は侵略されそうになっている。魔界の者も、住む場所を失う危機となればもちろん反撃するだろう。戦争が始まる時は近い。二人に問おう。これはどちらが悪いと思う?」
サシャは話終わると再び串焼きを食べ始めた。アランの方を見ると、サシャの話に呆然としている。そりゃそーか、今までは魔界許さん! っつー感じで生きてきたんだもんな。オーサマはこのこと知ってんのかな。
「あーしは、どっちが悪いとかじゃないと思った。サシャぽんの言ってることは間違ってねーと思う。サシャぽんは何にもしてないのに、マオーだからって倒すのはなんか違う」
「ボクは…… ボクは分からない。今まで教えられた常識と全く違うことを突然言われても、そうかとは受け入れられないよ。サシャの言っていることを鵜呑みにすることも出来ない」
「アランの言うことはもっともだ。全て信じて欲しいというのは横暴だろう。ただ、俺たちは人間と友好関係を築きたいと思っていることは分かってほしい」
アランは俯いて何かを考えているようだった。うーん、とミコも唸ってみる。
「まぁ、考えてもしゃーないし、サシャぽんとはもうダチになったし、その悪い魔物と魔人……悪い人間もか? をあーしらで倒せば解決っしょ! あーしらだってすぐダチになったし、ヨユーでみんな仲良くなれるって!」
そうしてくれると有り難い、とサシャが頷く。アランも顔を上げ、大きく胸を叩いた。
「ボクに任せたまえ! 人界と魔界の友好の道を切り拓こうではないか! ボクはきっと、種族を超えて魔界の者たちすらも魅了してしまうのだろうな…… なんて罪深い男なのだ、アラン・クレジア!」
調子を取り戻したアランは、ピシリとポーズを取って髪を掻き上げた。良いヤツじゃん、アラっち。
「ではさっそく、ギルドに行き何か依頼を受けてみようではないか。我らの力を発揮する時が来た!」
「ちょい待ち、アラっち。サシャぽんがまだ食ってる」
「一本いるか?」
「遠慮しておこう。気がつかずすまない、サシャ。自分のペースで食べてくれ。ミコりんは、ボクの顔でも見ているといい。ボクもそうしよう」
アランはどこからか手鏡を出し、自分の顔を眺めている。「や、それはいーわ」というミコの声は、もう届いていないようだった。
※※※
「おまたせーサシャぽん。あーしらの最初の依頼は、スターウルフの討伐になったよ!」
ギルドに入れないサシャを外で待たせていたので、パーティ登録を早々に済ませたミコたちは最初の依頼を手にギルドを後にした。
「受付のオネーサンにはあーしらには簡単すぎるかもって言われたけど、腕試しだからこんくらいでいいっしょ?」
「あぁ。スターウルフが人界を荒らしているという噂は前から耳にしていた。丁度いいだろう」
「ミコりんは置いておいて、サシャはこの辺の土地勘はあるのかい? もしなければ、このボクが華麗に案内しよう」
依頼書には『三番草原』と書かれている。どっかに一番と二番もあんのかな。
「美味い店の場所と大穴の位置は正確に記憶しているが、それ以外はさっぱりだな。アランに任せるとしよう」
アランに案内されるまましばらく歩いていると、次第に建物が減り自然が増えてきた。今歩いている丘を越えれば三番草原にたどり着くらしい。
「つーか、あーし呼び出された格好のままなんだけど、アラっちみてーなイカす武器とかないの? 制服で戦うっつーのもなー」
「確かに! 言われてみれば、武具を揃えてから街を出ればよかったな。ボクは主に剣で戦うのだが、二人はどうやって戦うんだ?」
あーしは分からん、とミコが言うと、隣を歩いていたサシャは「ふむ」と顎に手を当てた。
「俺は黒魔法が得意だが、基本的には何でも出来る。基本の四属性も、そこらの人間には負けぬだろう」
魔法には六つの属性があるのだと城を出る前にセバスが教えてくれた。火、水、土、風の四属性は誰でも使える。その中から自身の得意な属性を極めていくのが魔法使いへの道らしい。他に聖魔法と黒魔法があり、それらを使える人は滅多にいない。上位種の魔物や魔人は黒魔法を得意とするため、人界ではそれに対抗できる聖魔法が神聖なものとされている。反対に、黒魔法は忌み嫌われている。ミコが黒魔法を使えると聞いたセバスも、あまり良い顔はしていなかった。
「はは、サシャに簡単に勝てる人間は存在しないだろうな! しかし、魔王は黒魔法が得意という噂は本当だったのか」
「あぁ。そのせいで黒魔法を使う人間が苦労していると聞いた。悪いことをした」
「なに、サシャのせいではないさ! 弱き者が強き者を恐れるのは、自然の摂理というものだ。つまり、このボクは黒魔法を恐れたりしない! 安心してぶっ放すといい」
「あーしも別に気になんねーよ。てか、あーしも使えっし」
ミコが言うと、アランは「勇者は聖魔法を使うと聞いたが、間違いだったのか」と眉を顰めた。
「いや、その聖魔法っつーのも使える。なんかスゲーらしい」
すると、会話を聞いていたサシャがくすくすと笑い出した。落ち着いた印象だが、意外とツボが浅いのかもしれない。
「ふは、さすがは俺が見込んだ人間だ。長い間生きてきたが、聖魔法と黒魔法が使えるというのは初めて聞いた」
「長生きしてるって、サシャぽんて何歳なん?」
「途中から数えるのをやめたので正確ではないが、ざっと千年ほどは生きている」
サシャの言葉に、ミコとアランの大声が響いた。
「千年!? マジやべーじゃん!」
「千年生きてその肌の潤い!? ボクも見習いたいものだ!」
「気にすんのそこじゃねーだろ。つーか、千年も生きてたら誕生日ケーキに何本ローソク刺すんよ」
「そこでもないだろう!」
二人があーだこーだと言い合っているうちに、目的地に到着したらしい。目の前には、見渡す限りだだっ広い草原が広がっている。時折吹く風が頬を撫でて心地よかった。こんなところに魔物がいんのか。
「300メートル先にスターウルフの気配があるな。何匹かいるから、手分けして様子を見るのが良いだろう」
「そうだな! ボクたちはまだ互いの実力を把握していないからな。さぁミコりん、ボクの華麗な剣捌きをよく見て真似るといい!」
「あーし剣持ってねぇから魔法で戦うわ。すまん」
項垂れるアランを横目に、ミコは魔法を出してみようと試行錯誤する。魔法ってどーやったら使えるん? 念じるとか?
「火出ろー、水出ろー」
ミコが唸っていると、サシャが「魔法を使ったことがないのか?」と掌の上に炎を出した。
「すげー! それどーやんの?」
「空気中に漂う魔素を練るんだ。それが魔力になって、魔法が使える。魔力量というのは、魔素を練る素質のことだ。勘違いする者も多いが、魔界の者はともかく、人間の体の中には魔力はないからな」
「マソを練る……」
「深呼吸してみるといい。体を循環する力を感じないか」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。何度か繰り返しているうちに、サシャの言うことが分かるような気がしてきた。
「なんとなく分かったかも!」
「それを手のひらに集めて、燃える感じをイメージするんだ」
サシャの言う通りにすると、手のひらの上に小さな炎が現れた。反射的に「熱っ」と言ってしまったが、不思議と熱さは感じない。
「魔法の火って熱くないん?」
「いや、自分が練った魔力だから身体が適応しているだけだ。他の者が触れば、当然熱い」
「なるほどねー、要はムズイってことね。あーしには分からん」
「同じ要領で他の魔法も使えるはずだ。聖魔法と黒魔法はイメージしにくいかもしれないが」
「まーやってみんよ! サンキュー、サシャぽん!」
水をイメージすると水が、風をイメージすると風が起こる。土魔法は、掌ではなく地面の方がいいらしい。ただし、聖魔法と黒魔法は全く使えなかった。聖ってなんだよ。黒に関しては色だし、イメージしようがねーわ。
そのとき、「来るぞ!」というアランの声が響いた。唸り声が聞こえる。「初めは俺が手本を見せよう」とサシャがミコの前に立つ。地面に黒い円が広がった。これは、ミコが召喚されたときに見た魔法陣というやつだ。間も無くして、黒い雷がスターウルフを貫いた。スターウルフたちは、一撃で戦闘不能になったようだった。
「やり過ぎじゃないか、サシャ!」
「悪い。加減したつもりだったのだが」
全く、とため息をつきながら、アランは縦横無尽に駆け回りスターウルフたちに剣を入れている。負けてはいられない、とミコも構えた。先程見た、サシャの黒い雷をイメージする。見た直後なら想像しやすいもんね。
「落ちろー! カミナリ!」
ミコの言葉と同時に、サシャのものより一回り大きな雷がスターウルフに落ちる。瞬間、けたたましい音がして、地面が揺れた。
「ミコりん!?」
雷が落ちたと思われる場所からは煙が上がり、窪みが出来ている。
「やり過ぎだ! サシャ、何を教えたんだ!」
「いや、俺はこんなものは教えていない。ミコりんが勝手にやったのだから、俺を叱るのは筋違いだ。……しかし、見ただけで俺の魔法を真似るとは。さすがに驚いた」
「えっと、さっきの小さい火じゃ倒せんと思って…… これはヤベーわ、なんかゴメン」
何匹かいたスターウルフは皆倒れている。だって、まさかあーしがこんなにつえーって思わないじゃん!
「まー、倒せたからいいっしょ! 次から気をつけるわ。ね、だから、サシャぽん怒んないでやって、アラっち」
「……確かに。まぁいいか! それより、ボクの活躍は見たかいミコりん!」
「見た見た! マジはえーってカンジ。そんな重そうなの着ててよくあんな速く動けんね」
そうだろうと鼻を鳴らすアランに、サシャが苦笑する。
「とりま、初仕事は成功っつーことで!」
※※※
「スターウルフの討伐依頼ね。討伐証明の魔石は持ってる?」
三番草原を後にした三人は、依頼報酬を受け取るため再びギルドを訪れていた。例のごとく、サシャはギルドの外で待っている。
ミコが袋の中から赤い石を取り出すと、受付の女性は目を見開いた。
「あら、こんな純度の高い魔物、よく倒せたわね。……って、何その量!?」
机の上には三十個ほどの石が並べられている。これは、魔物の心臓近くにある魔石というものらしい。
「スターウルフの群れに遭遇したのでな。皆討伐してしまったが、不都合だったか?」
アランが問うと、受付の女性は慌てて首を振った。
「アラン様がいらっしゃるなら納得ね。報酬を持ってくるから少し待っててくれるかしら」
少しして、女性がトレーを持って戻ってきた。
「これが今回の報酬。一匹1万5000ロロだから、全部で45万ロロ。それと、魔石の純度が高かったから5万ロロの追加報酬。全部で50万ロロね」
「ありがと、オネーサン!」
ギルドを出ると、犬に吠えられているサシャと目が合った。助けろ、と無言で訴えてくる。
「サシャは動物に嫌われやすいのかい? やはり、野生の勘というものが働くのだろうな! 良い防衛本能だ」
アランが近づいていくと、犬たちは落ち着きを取り戻したようで離れていった。残った一匹をアランがわしゃわしゃと撫でる。
「助かった」
「気にすることはないよ! それより、二人ともこの後はどうするんだ? ボクは宿に帰るけれど、二人も一緒の宿に泊まるか?」
「あーしはそうしよーかな。他の宿とか分からんし。サシャぽんは?」
サシャも「俺もそうしよう」と頷き、三人は歩き出した。空を見ると、もう日が沈みかけている。突然呼び出されて、ダチが増えて、魔法使って狼倒して…… めっちゃ濃い一日だったな。けど――
「ちょー楽しかった!」
ミコが笑うと、二人も笑みを浮かべる。
「それはよかった」
「これからはもっと楽しいさ! このボクがいるのだからね!」
※※※
「じゃー、今日はお疲れ様っつーことで…… カンパーイ!!」
カチン、とグラスがぶつかり合う音がする。宿屋に移動した三人は、ミコの部屋でピザパーティを開いていた。机の上には、ミコが依頼報酬で『お取り寄せ』したピザが所狭しと並んでいる。
「なるほど、これが異界の食べ物なのか。パンにトマトとチーズを合わせて焼くとは、思いつかなかった」
サシャは興味深そうに一切れつまみ、どこまでも伸びるチーズに驚いている。
「アラっち、ピザってだいたい手で掴んで食べんだよ。あーし、ナイフとフォークでピザ食ってる人初めて見たわ」
「そうなのか! 手がベタベタになってしまいそうだが、郷に入っては郷に従えと言うからな! それに、このボクならばきっと綺麗に食べられるはずだ」
アランはカトラリーを置き、恐る恐るといった様子でピザに手を伸ばした。ミコもピザを頬張る。チーズの甘みとトマトの酸味が口いっぱいに広がった。
「うーん、しあわせの味……」
ピザは温かいまま『お取り寄せ』できた。役に立つか謎だったけど、これは便利だわ。
「ミコりん、これからはどうする予定なんだい? ボクたちは魔王討伐のために組まれたパーティだが、魔王を倒す必要はなくなっただろう」
ピザを頬張りながらアランが言う。うーん、とミコが考えていると、サシャが口を開いた。
「人魔協会という団体を知っているか? 人間と魔人が手を組み、人界と魔界を繋ぐ大穴を広げようと目論んでいるんだ。魔界の者からも苦情が出ている。これ以上住処が荒らされるのは避けたいからな。人界にとっても魔界にとっても、良い存在ではないはずだ」
「じゃー、とりまそいつらを倒すのが目標ってこと?」
「それが、話はそう簡単ではないのだ。人魔協会を潰して解決するなら、俺がとっくにやっている」
「確かに、サシャなら一瞬だろうな! ボクも負けないが!」
「人魔協会は、勢力を広げるために表向きには慈善団体として活動している。魔人は人間のフリをすることが出来るんだ。人間の慈善団体を魔王が潰したとなっては、魔界の評判が更に落ちるだろう。それは避けたい」
サシャの顔は険しい。倒す力はあるのにそれを実行できないのが腹立たしいのだろう。
「あーしらがその正体をオーサマに言っても無理そ?」
「簡単には信じてもらえないだろう」
「そりゃムズイね…… でも、まーなんとかなるっしょ!」
「そうだな、悩んでいても仕方がない! ボクに任せたまえ、必ずやその人魔協会とやらの闇を華麗に暴いてみせようではないか!」
アランが髪を掻き上げる。ミコも、親指を立ててサムズアップのポーズをとった。
「ふふ、頼もしいな、お前たちは」
「そうだろう、このアラン・クレジアがいるのだからな!」
「ギャルの本気見せてやんよ!」
結局、この騒ぎは時計の短針が頂点を過ぎるまで続いたのだった。
異世界ギャル Lv.999〜 ギャルと魔王とナルシスト〜 唐夜 @strbrx-001
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