第2部 龍人編
第一章:一人目の採用
第10話 予期せぬ来訪
城内に入ったフランは虚な目で812号室に向かい、風呂に入ってからすぐ巨大なベッドにダイブしてすぐ眠りに付く。
そんなフランの目を覚ましたのは、近くなったり遠くなったりするキャリーカートが軋む音だった。
フランは呻きながら起き上がり、寝ぼけ眼を擦って音のする方向を見る。そうしてフランは――
窓際に置かれたデスクの周りに、大量の紙が積み上げられたカートが計7台もおかれている光景を目にする。
「な、なななな……!?」
慌てて飛び起きようとするフランだったが、失敗してベッドから逆さに転げ落ちてしまう。
その間も3人の男女が代わる代わるカートを部屋に運び入れていたが、その時丁度カートを持って来ていた女性がフランの起床に気付く。
「大丈夫ですか!」
フランは駆け寄ってきた女性の助けを借り、頭頂部を手で押さえながら起き上がる。
「いてて……貴女は?」
「我々は全員人事部の者です。届いた選考書類の引き渡しと、昨日説明出来なかった事の補足にと参りました」
「選考……補足? あぁそうだった、僕はここの隊長の一人になったんだった……」
「伝えたいことは一言だけですが、寝ぼけが酷い様でしたら時間を改めますよ」
「いえ、大丈夫です」
両手で頬を叩き、短く息を吐くフラン。
「少し混乱してただけで、もう慣れました。説明があれば、今からお願いします」
「分かりました。では手早く済ませますね――」
女性は机の方を見る様手で促す。するとそこには、小さな冊子が置いてあった。
「福利厚生の利用方法、諸々のルール、城内マップなどは全てあの本に載っています。余裕が出来次第、お目通し頂けると幸いです」
「あの薄さにそんなボリューミーな内容が詰まってるのか……分かりました、読んでおきます」
「補足は以上となります。おや、丁度最後のカートが運び込まれた様ですね。なので私もこれで失礼します」
女性は深々と一礼し、フランに背を向けて部屋を出るのだった。
「……さて……」
一人その場に取り残されたフランは、目の前の光景の情報量の多さに頭を抱える。
中規模のライブハウスレベルの広すぎる室内、なのに物が少なすぎる事に加え、デスク周りには計11台もの履歴書の束を積んだカートが密集している光景。
フランはそのどれから処理すればいいか迷っていたが、散々悩んだ末にまずは履歴書の束に手を付ける決心をする。
机に座り、束の上から1枚の履歴書を取るフラン。その履歴書のフォーマットに、フランは何故か見覚えがあった。
(結局、異世界に行ってもJIS規格の履歴書からは逃れられないか。僕としては見やすくて助かるが)
履歴書には基本的な個人情報や志望動機以外にも、冒険者のランクや実績、能力の詳細などが書かれていた。
(……現世での採用は人格と経歴を見れば良かったが、クランの採用はソレに加えて実力と実績を加味しないといけないのか。面倒だ……)
頭を抱えつつ、履歴書の情報に目を通すフラン。一通り見終えた後、フランはそれを机の隅に移動させる。
(実績も実力も申し分ないが、『受からないだろうが書類は送ってみよう』って魂胆が文面から透けて見える。そういうのが分かると途端に採る気が失せてしまうな。次だ次)
この調子でフランは次々と束から履歴書を取って見ては、端に置くという作業をしばらく繰り返すのだった。
◇ ◇ ◇
すっかり日が落ち、部屋の窓から見える空がすっかり暗くなった夜のこと。フランは人事部から人を呼び、紙の束が載ったカートを11台のうち3台分回収させていた。
3人の人事スタッフがカートを持って退室した後、フランはベッドに背中からダイブして深く溜息をつく。
(結局、僕の目を引く応募者はあの中にいなかった。書類を寄越した誰も彼もが、突然生えてきた採用枠を本気で勝ち取れるとは思ってないみたいだ)
虚な目で天井を見るフラン。
(会長が『最近の新入りはシケた奴が多い』って言うのが、なんとなく分かった気がする。今まで見てきた冒険者の誰一人、僕の熱量について来れそうな人は居なかった)
フランは枕元に置いた『隊長ガイド』を手に取り、仰向けの姿勢のまま開く。
(けど、クランとして夜王の巣をのし上がるには最低でも5人はメンバーを集めなきゃならない。それも二ヶ月以内と来たもんだから、僕はどうすれば良いんだろうな?)
ガイドを閉じて傍に置き、足を上げ勢いを付けて起き上がるフラン。
(行き詰まったら人を頼るに限る。幸いこの連合には多くの隊長が所属しているから、同じ壁にぶち当たった人も探せば見つかるはず。腹も減った事だし、隊長食堂とやらに行ってみるとしよう)
フランは栞として本に挟んでいた金属製の鍵を手に取り、立ち上がって部屋を出るのだった。
◇ ◇ ◇
隊長食堂に向かうまでの道の途中で、正門の前を通りがかるフラン。すると、二人のスタッフと一人の白いロングヘアを持つ銀目の少女が揉めている現場を目にする。
「だから! 今すぐその12人目の隊長に会わせてって言ってるの! この通り、武器は持ってないから!」
「誰だって能力者になれるこの世の中で、丸腰である事がどう危険じゃない事の証明になりましょうか?」
「そ、それは……」
(選考結果に文句がある就活生か? だが変だな、あの顔は見た事ないぞ? 今日見た履歴書の中に白髪はおろか、女性の顔でさえ今日は見てないのに)
「とにかくお引き取りください。これ以上ゴネる様でしたら――」
「ちょっと待ってください!」
フランはそう叫び、急いで少女の元へ駆け寄る。すると、右側に居たスタッフがフランに気付いてそちらを向く。
「見ない顔ですね。貴方は?」
「昨日新しく隊長になったフラン・ケミストです。後は僕に任せて頂けませんか?」
スタッフ達はフランの顔を見た後に目を見合わせて肩をすくめるが、フランが鍵を見せると二人はハッと息を呑んで一礼し、そそくさとその場を去った。
改めて少女の姿をじっくり見るフラン。少女は白いチャイナドレスの下に白いズボンを履いており、その上にボロボロの茶色いローブを羽織っていた。
さらに空色のインナーカラーを入れており、それが見た目の神秘さを加速させて居る。
「推薦枠の隊長と言うからどんな凄いのが来るのかと思えば、随分ちっこいのが来たね」
「隊長の質を見きわめる上で肝要なのは、背丈ではなく言動と実力だ。君はそう思わないかい?」
「……その見た目でもっともな正論言わないで。なんか嫌だ……」
「要件を聞こう。先に言うが、まだ君の履歴書は見てないよ。かといって探し出す事も難しいから、そこは承知しておいてくれると助かる」
「――待って、履歴書って何?」
ふとこぼれた少女の言葉に、フランは思わず固まってしまった。
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