第16話 竜の住む山
ダニエルさんに同行してから2日目の夜を迎える。
明日には王都へ到着といった所まで来たらしい。
俺たちは街道の脇に馬車を停め、ここでひと晩夜を過ごすこととした。
野営というと、この世界に来たばかりの苦い経験が思い出される。
しかし昨夜もそうだったが、この街道沿いはなんとも平和なものだった。
衛兵の監視のおかげもあるのだが、それとはまた別の理由でも王都周辺の安全は守られていた。
その理由というのが実に驚きなのだが……。
王都にはある動物を飼育している畜産農家が何人か住んでいるらしく、王都周辺の野山にその動物が放牧されているらしい。
しかし、そのまま野山に放し飼いにしておけば、野生の動物やゴブリンなどの魔物に襲われたりする可能性がある。
そこで、畜産農家の人たちは各自で腕利きの傭兵を雇って監視をさせているらしいのだ。
そのため、周辺はオオカミもゴブリンもほとんど出ない。
仮に出たとしても、衛兵と傭兵たちにあっさりと片付けられてしまうとのことだ。
ちなみに、ラファエルの仲間である『鉄血団』のメンバーの中にも、その仕事をしている者がいるとの話だった。
まぁ、この話自体はそんなに驚く内容ではなく、驚いたのはその話の中に出てきた放牧されている動物のことだった。
なんと、王都周辺で放牧されている動物というのは……
『マンモス』
……だった。
最初ダニエルさんからその話を聞いたときは、にわかに信じられるものではなかった。
しかし昨日、街道沿いに何頭かの群れを見たときには、さすがに信じないわけにはいかなかった。
以前、ダイアウルフに襲われたことがあったが、あのオオカミも前世の世界では絶滅した動物だった。
この世界には、前世の世界では絶滅した生物が当たり前のように生存しているようだ。
しかもさらに驚かされたのが、なんのためにマンモスを飼っているのかという理由だった。
なんとあのマンモスたち……『食肉用』に育てられているらしいのだ。
この国では、牛や豚も食用として供されているようだが、マンモスはあの巨体でしかも野山に放し飼いにしておけば勝手に育ってくれるということで、牛肉や豚肉よりも安く供給がされているらしい。
そのため、この国ではかなりポピュラーな食用肉とのことで、国中の街に出ている屋台で安く食べられるという話だ。
……なんと、以前ヴァイスベルクの街の屋台で食べた謎の串焼き肉の正体はこれだったようだ。
ともあれそんな理由もあって、この辺りでは安心して野営ができた。
2日目の夜も特に何事もなく、ダニエルさんに同行してからの旅は、俺にとっても快適な旅となった。
そして3日目も昼を過ぎようとしたころ、王都まであと一息といった場所まで無事やって来ることができたのだった。
街道沿いの草原に放たれているマンモスの群れも、王都が近づくにつれ数が増えてくる。
マンモスの群れが悠々と歩くその草原の向こうには、高い山脈が街道に沿って延々と連なっていた。
その中でも、ひと際目立った山が見えてくる。
俺は、なぜかその山が妙に気になった。
「あの山は、『赤竜山』という山ですよ」
俺の視線に気づいたのか、ダニエルさんがその山のことを教えてくれる。
「へぇー、名前からしてレッドドラゴンとか住んでいるんですかね?」
名前が『赤竜山』だからレッドドラゴンが住んでいる……
単純な連想だった。
しかし俺の反応とは裏腹に、ダニエルさんは真剣な表情でその山のことを話してくれる。
「ええ、あの山には古くから言い伝えがありましてね……」
ダニエルさんの話によると、『赤竜山』には数多のドラゴンが住んでいて、そのドラゴンたちをまとめるエンプレスドラゴンと呼ばれる、とてつもない力を持ったドラゴンがいるとのことだった。
まぁ、そのドラゴンはレッドドラゴンではないそうなのだが……。
むしろ、そのドラゴンの娘がレッドドラゴンであの山の伝説に関わっているらしい。
伝説では、『赤き竜の姫生まれしとき、この世は大いに乱れ、人々は互いに憎しみあい争いあうこととなるであろう。しかし、赤き竜の姫を従えし竜の君主の手によって再び世界はひとつとなるであろう……』などと言われているらしい。
なんだかゲームのシナリオみたいで、俺にとってはワクワクする話に聞こえた。
だが、この世界の人たちにとってみれば、そんな不謹慎なこと言っていられる場合じゃないことだろう。
この世が乱れ人々が争いあう、つまりは世界中で戦争が起こるということで、この世界の人々にとっては世界の行く末を意味する予言でもあるわけだ。
「そのレッドドラゴンの伝説から『赤竜山』と名付けられているのですが、実は15年ほど前に、その伝説のレッドドラゴンがあの山で誕生したらしいのですよ……。巷では『赤竜姫シーズゥク』などと呼ばれていますが……」
ダニエルさんの話では、既にそのレッドドラゴンはこの世に存在しているということのようだ。
この国の人々も気が気でないだろう。
いや、自分もそんな他人事のようなことを言ってはいられない。
最終的には統一されるとはいえ世の中が乱れるというのは、誰にとっても嫌なことだ。
だが、この国の乱れって、そのドラゴンのせいだろうか……?
違う理由で、もっと以前から乱れているような気もするのだが……。
それとも、これからもっと混乱した世になっていくのだろうか?
もしそうだとすると、この国にとって国の存亡にもかかわる重大事になるのではないか、と考えられるが、それに対する対策とかしているのだろうか?
それを放置しているようなら、この国の上層部は本当に腐っているということになってしまうのだが……。
「そのドラゴンを、討伐したりとかはしないんですか?」
「いやいや、そんなことをしてあの山のドラゴン全部を怒らせでもしたら、それこそ国が滅ぼされてしまいますよ……。ですので、国としてはできるだけ刺激しないように、様子見をつづけているといったところですかね……」
さすがに討伐は無理なようだが、かといって放置しているわけでもなさそうで少し安心した。
「むしろ、あのドラゴンたちがいてくれるおかげで、この辺りは大きな戦争もなく平和だったりしますがね」
「ドラゴンがいるから戦争が起こらない……?」
ダニエルさんの言葉の意味がよくわからなかった。
しかし、彼はその解説もしてくれる。
「もし、この付近で大きな戦闘でも行えば、ドラゴンたちを刺激してしまうことになるでしょう。そうなると、王都の軍と戦うよりも先にドラゴンの大軍と戦うことになってしまいますから、誰も王都を攻めようとしません。だからこの辺りは、ドラゴンによって守られているとも言えるわけなんですよ」
なんとなく理解できた。
この街は、あえてドラゴンの住処の近くに築くことによって、ドラゴンを抑止力にして街の安全を保っているようだ。
「そのため王都は、ドラゴンに守られた街という意味も込めて『ドラーケンブルク』と名付けられたという歴史があります」
竜の街……
なんともかっこいい響きじゃないだろうか、と思った。
しかし同時に、そんな考えもしていられないとも思えた。
俺は、なにをするために王都に向かっているのか……。
もっと緊張感を持たないと……。
「ドラゴンに守られた街と言いますが、そもそもこの街自体がドラゴンに襲われたりしないのでしょうか?」
そんな質問をしてみる。
「ドラゴンたちはかなり頭がよくてな、よっぽど刺激しない限りは向こうから襲いかかって来るということはしないみたいだぜ」
今度はラファエルが答えてくれた。
「とは言え、心配なのは誰でも一緒だ。だから時々、ドラゴンたちの様子を探るために調査隊が派遣される。もちろん、ドラゴンたちを刺激しないように少人数での調査になるがな……」
「へぇー、ドラゴンの調査か……」
なんだか、その言葉を聞いただけでワクワクしてしまう。
実物のドラゴンが見れるのだろうか?
そんな期待をしてしまう。
しかし、実際に調査に行って、もしドラゴンに遭遇してしまったらどうなるだろうか?
たぶん俺はその場で腰を抜かして、動けぬままドラゴンのエサになってしまうことだろう……。
またネガティブな想像になってしまった。
「なんだ? ドラゴンの調査に興味持ったか……?」
思いに耽っている俺に向かって、ラファエルがそんなことを聞いてくる。
確かに興味は持った。
だが、興味を持っただけである。
そのため、返答に困り苦笑いをしていると、
「王都に帰ったら、次にその調査の仕事が入っているんだが、お前も来るか? 仕事を探していると言ってたよな?」
ドラゴンの調査に誘われてしまった……。
まさか異世界で、本当のドラゴンク〇ストをする日が来るとは……。
次の更新予定
2024年11月24日 20:00
転生世界はディストピア 秋月春暁 @shugetsu_shungyo
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