第11話 ヤケクソな復讐
ヒデさんの死から数日が過ぎた。
俺は衛兵たちへの復讐心を隠しつつ、いつものように清掃作業に従事していた。
衛兵たちに従順なふりをしながら、復讐の準備をしていた。
「おら、シャキシャキ働けよ、若いの! いつもの倍以上働いて見せるんだろ?」
衛兵たちはそう言って、俺をバカにしたように笑う。
「いつもの倍以上働く」と言ったのは、賃金を前借させてくれたらって話だっただろ!
都合のいいこと言ってんじゃねえ!!
怒りを通り越して殺意が湧いてくる。
だが、ここは我慢だ。
準備が整うまで、じっと耐えるんだ。
そう自分に言い聞かせていた。
さらに数日が過ぎた。
作業が終わり、賃金の支給が始まる。
そして今回もまた、その賃金の一部を衛兵たちが自分たちのものにしようとする。
「おい、せこいことするんじゃねぇよ!」
日頃、思っていたことを言ってやった。
「俺たち浮浪者のはした金をせびらなきゃならないほど、給料安いのか? そりゃあ仕方ないよな、仕事できないんだから。それでも給料もらえるなんて羨ましいぜ!」
思い切り煽ってやった。
「なんだと! この野郎……」
顔を真っ赤にして剣の柄に手をかける衛兵たち。
うまく釣られてくれた。
しかもこちらにとって最もありがたいことに、ヒデさんを切り付けた衛兵が挑発にのってくれた。
そんな奴らに挑発のダメ押しと言わんばかりに、下水道で拾ってきた汚物を投げつけてやる。
見事にヒデさんを切り付けた衛兵の顔に命中する。
「貴様ぁあああ! 叩き切ってやる!!」
そう叫んでその衛兵は剣を鞘から抜き放つ。
そして、俺に切りかかろうと向かってくるが、もちろん俺は斬られるつもりはない。
素早く階段を駆け下り、地下水道へ逃げ込んだ。
「待たんかーーーー!!」
大声を上げながら、衛兵たちが追いかけてくる。
それにしても、人を追いかけるときに「待て」と言いいながら追いかけるモブキャラたちをマンガなどでよく見るが、実際にお目にかかる日が来るとは思いもしなかった。
奴らは「待て」と言われて、本当に待つバカがいると思っているのだろうか。
しかし、そんなバカなことを考えながら走っていて、捕まってしまってはシャレにならない。
俺は余計なことを考えるのはやめ、全力で走った。
俺は特に足が速いわけではない。
しかし、丸腰で特にこれといった重い物は持っていない。
計画のために懐に忍ばせたある物を除いて……。
そのため、剣や鎧を身に付けている衛兵たちと、ちょうどいい距離を保って逃げることができた。
うまく引き離されずについてきてくれている。
衛兵たちとの追いかけっこをつづけること十数分、俺はある袋小路の場所に逃げ込む。
そこは、ちょっとした小部屋のような空間になっていた。
「ふっ、追い詰めたぞ」
衛兵たちが、剣を構えながらじりじりと近づいてくる。
「しかし、なんてくっせーんだ、ここは……。まったく、とんでもねえ所に逃げ込みやがって……」
小部屋のような空間になっているため、この場所には臭いが分散されることなく辺り一面に充満していた。
そんな中、片手で鼻をつまみながらも、もう片方の手で剣を構えて衛兵がにじり寄ってくる。
「これでもくらえ!」
俺は、懐に忍ばせておいた大きな石を衛兵めがけて投げつけた。
辺り処が良ければ……いや、悪ければ、即死させることもできるような石だ。
しかし衛兵は体を反らし、投げつけた石はかわされてしまった。
「へっ、残念だったな! こんな場所に誘い込んで、俺たちの動きを鈍らせようって魂胆だったのかも知れねえが、そんなやわな鍛え方してねぇんだよ!」
確かに、腐っていても一応は衛兵である。
日頃から鍛えて、いろいろな環境に対応できるようにはしているのだろう。
「それならば、その自慢の腕力でこの石を弾き返してみな!」
そう言って、俺は衛兵の顔……今度はかわされないようにできるだけ中心を狙って石を投げつけた。
それに対して、衛兵は持っていた剣でその石を弾き飛ばそうとする。
計画通り!!
思わず顔がにやけた。
その瞬間、衛兵の剣と俺の投げつけた火打石との間に火花が散る。
そして同時に、辺り一面が激しい光と爆音に包まれた。
しばらくして、目が覚める。
いや、意識を取り戻したと言ったほうがよいのだろうか?
辺り一面の焦げた臭いが鼻をつく。
辺りを見渡すと、飛び散った汚物と衛兵たちの肉片が目についた。
そんな光景を見て、いつもの俺であったら嘔吐していたことだろう。
しかし今は、胃の奥からなにも込み上げてこない。
むしろ、心の奥から込み上げてくる感動のようなものがあった。
そして、もうひとつ俺の体から込み上げてくるものがあった。
……涙だった。
「やった、やったぞ! ヒデさん、仇は討ったぞ!!」
初めて人を殺した……。
しかし、俺は得も言われぬ感動に震えていた。
だからと言って俺は決して、自分自身が人を殺しておきながら悦に浸るサイコパスな人間のつもりはない。
もちろん、人を殺したことに罪悪感はある。
この衛兵たちの中にも、家族がいる者もいたことだろう。
そのために働いていた者もいただろう。
そして、働いただけでは家族を養っていくことができないため、不正を働いたりしたという者もいたかもしれない。
ひょっとすると中には家族のため、いやいやながらもそんな行為を行っていた者もいたかもしれない……。
そうなると同情の余地もあり、ここまでするのは行き過ぎだったのではないか、とも思えるところもある。
しかし、自分たちの幸せのために他者を犠牲にしていいなんて思えない。
自分より弱い者を虐げてよいわけがない。
だから、許すことはできなかった……。
こいつらの多くは、自分たちより弱い者……特に俺たち浮浪者のことを、ゴミや虫のように扱ってきた。
中には平気で相手を殺す者までいる。
そんな発想をする奴らに、この先何度も会うことになるかもしれない。
そのたびに同情をしていたり、倫理に反するからと躊躇していたりすると、またこちらが酷い目に遭わされることになるかもしれない。
もう二度とそんなことがないように、この世界の常識で生きていく覚悟を決めよう。
そう硬く決心するのだった。
仇を討ったという達成感と、今後この世界で生きていく硬い決意が生まれた。
しかし、これだけのことをやってしまった後だ。
もう、仲間のところに帰ることはできない。
どうする、このままこの街から逃げ出すか?
しかし、どこへ行けばいい……?
そんなことを考えていたときだった。
パチ、パチ、パチ……。
小さな拍手の音が聞こえてくる。
こんな地下の下水道の中で誰が?
そう疑問に思い、拍手の音のする方向へ目を向けると、そこには……
醜い笑みを浮かべるあの邪神が立っていた。
「けーら、けらけらけら……。あなた、本当に楽しませてくれるわね!」
「なにしにきやがった!?」
また、こいつである。
前回、俺がオオカミたちに襲われて死んだとき、復活後に煽りにやって来た。
今回も、わざわざなにか嫌味でも言いに来たのだろうか?
「いや~ね、一応、私は神様だもの。ときどき心配で、こうやって加護を与えた者を見に来てあげてるのよ」
なにを白々しいことを言っているんだ、と思った。
もし本当にそんな気があるのなら、もっと早くに助けに来るべきだろう。
そうすれば、誰も死ぬことなんてなかったはずだ。
ヒデさんも転生者だ、加護を与えた者のひとりじゃないのか!?
怒りが込み上げてきた。
「なに言ってやがる、見ていて楽しいって言っていたくせに! 本当に助ける気があるのなら見ていないで助けるべきだろ!?」
「あら? それもそうね……。けーら、けらけらけら……」
返答の仕方から、明らかに悪意を感じる。
やっぱりそうじゃないか!
人が苦しむ姿を楽しんでいるだけの、ただのクズじゃないか!
もう我慢ならないとばかりに、俺は傍に落ちていた衛兵の剣を手に取り、この邪神に切りかかった。
剣を両手に持ち、思い切り横に振り抜く。
しかし、奴の姿が一瞬消える。
剣先が通り過ぎた後、またその場に姿を現す。
「!!?」
どういうことだ。
まるで、霧や霞でも切ったかのような手ごたえだ。
俺はその後、何度も何度も邪神に切りかかる。
しかし、その度に同じようなかわされ方をする。
「はあ、はあっ…………」
息が上がる。
確かに俺の剣術の腕では人を斬ることは難しいかもしれないが、だからと言って、こんなにも当たらないものだろうか。
なんなんだ、あのおかしな避け方は……?
俺は、その場にへたり込んだ。
「ほらほら、そんなんじゃ当たらないわよ。けーら、けらけらけら……」
奴は、そんな俺をあざ笑うかのように見下してくる。
俺が邪神相手に手こずっていると、やがて下水道の奥から複数の人の声が聞こえてきた。
「こっちだ! こっちのほうから、なにか聞こえたぞ!」
衛兵たちだ。
ほかの衛兵たちが、異変に気付き様子を見に来たのだ。
「ほらほら、早く逃げないと! 捕まっちゃったら大変よ。けーら、けらけらけら……」
奴がまた愉快そうにこちらを煽ってくる。
「あなたは死なないんだから、捕まっちゃったら永遠に牢屋の中で暮らすことになっちゃうかもしれないわよ。けーら、けらけらけら……」
悔しいが、こいつの言うとおりだろう。
ヒデさんの敵討ちもできた。
捕縛された後、死刑になったとしても本望だ。
しかし、俺は死なない……、死ねないのだ……。
死刑になっても死なない俺を、この街の支配者たちはどうするだろうか?
まさか衛兵を殺した者を無罪放免する、とも思えない。
そうなれば、牢に投獄されて永久にその中で生きつづけなければならなくなるかもしれない。
ある意味、死ぬよりも辛いことだ。
こんな奴に言われたことに従うというのもシャクだが、ここはいったん逃げることにしよう。
しかし、衛兵舎の横の階段から地上に出ることはできそうにない。
どこへ逃げれば……?
焦る俺をしり目に傍で邪神はニヤニヤと笑みを浮かべている。
腹立たしいが、今はこいつに構っている暇はない。
一応、護身用にと傍に倒れる衛兵の死体から装備をはぎ取り着用する。
下水の流れる方向に向かえば出口があるのでは……?
そう考えていたとき、
「下水の下流に向かえば出口があるかもね~」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、邪神が俺と同じ考えを口にする。
まさか、俺の考えていることが読めるのか?
そして、その上でまたなにかこいつの嫌がらせのようなものが、待ち受けているのではないだろうか?
頭の中に嫌な考えが思い浮かぶが、とにかく直感を信じて俺は走り出した。
俺は必死に走ったが衛兵たちの声も徐々に近づいてくる。
とにかく無我夢中で走った。
やがて、勢いよく水の流れ落ちる音が聞こえてきた。
おそらく、この先に下水をどこかに放水している排水口があるのではないだろうか。
音のする方向へ全力で走る。
目の前にかすかに光が見えてきた。
あそこから外に出られる!
俺はその希望の光に向かって走った。
「そんな…………」
しかし、その場にたどり着いて俺は絶望した。
下水の出口の先は、断崖絶壁の峡谷だった。
轟音を立てて流れ落ちる下水はまるで滝のように峡谷の下の川に流れ落ちていた。
その高さは20~30mくらいはあるだろうか?
たとえ水でもこの高さから飛び込めばかなりの衝撃を受けるはず。
下の川に飛び込んで無事で済む高さとは思えなかった。
ましてや、飛び込みの選手でもない俺がうまく着水できるわけがない。
下手をすれば腹から落ちて、内臓破裂なんてことも考えられる。
しかも下を見るに、峡谷を流れる川はかなりの激流だ。
もし万が一に無事着水できても、そのままおぼれ死んでしまうかもしれない。
どちらにしても、その先に死が待ち受けていた。
しかし、俺は死んでも復活できる。
死なない体なのだ。
痛いのも苦しいのも嫌だが、それを覚悟すればここから脱出できる。
そう割り切って、川に飛び込もうと構える。
だが、足が動かない。
動物の本能だろうか?
高い所に上ると足がすくむというやつだ。
バンジージャンプのように安全とわかっていても、高い所から飛び降りるのは勇気がいる。
ましてや、今からしようとしているのは紐のないバンジージャンプ……。
川への飛び込みを躊躇っている間にも、衛兵たちの声がどんどん迫ってくる。
追いつかれ発見されるのも時間の問題だ。
俺は焦った……。
そして、焦った俺は足元に生えていた苔に足を滑らせてしまった。
「うわああああああーーーーーーーー!!」
俺は、体勢を崩したまま落ちていく。
「がはっ!!!」
そしてそのまま水面に全身が打ち付けられる。
全身の骨という骨が折れたような激しい痛み……
そんな痛みを感じると同時に、一瞬にして俺の意識は飛んだ。
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