第10話 英雄になれなかった男
ヒデさんの話を聞いた後、今度は彼に俺が転生してからの話をした。
話をしながら、これまでのことを思い出す。
たった数日の話だが、数々のひどい体験が脳裏に浮かんでくる。
「そうか、お前も大変だな……。これから、ずっとこの世界で生きていかなければいけないのか……」
俺が『死なない体』をもらったことを話すと、ヒデさんは同情ともとれる言葉を俺に返した。
彼の言うとおり、これからずっと生きていかなければならない。
この先、どんな苦労が待っているのか……考えたくもなかった。
「しかし、死なない体か……」
「ええ、ですので昼間は庇っていただいて申し訳ありません……。無駄にケガさせてしまったことになりますね……」
「ああ、そう言えば、そう言うことになっちまうな……。だが、気にすんな! あそこで飛び出してお前を庇ったのは、体が勝手に動いちまったからだ。お前が不死身だって知っていても、同じことやっていたと思うぜ」
そう言って彼は笑う。
彼の言葉に、なんというか男気のようなものを感じる。
浮浪者とはいえ、そのグループをまとめている。
彼は人の心を惹きつけるなにかを持っているのかもしれない。
そう感じた俺は、しばらく彼についていこうと決心をし、その後も何日か行動をともにした。
そんなある日のことだった。
「大変だ! ハンスのやつが……」
浮浪者仲間の一人が血相を変えて、俺たちが溜まり場にしている場所に駆け込んできた。
聞けば、最近行方不明になっていた仲間が、この下水道内で死体となって発見されたそうだ。
知らせを持ってきた男とともに下水道の下流に進むと、水路の淵に引っ掛かるように一体の水死体が浮いていた。
いや、水死体にしては、なにか違和感が……。
下水で発見されたため勝手に水死体と思ったが、溺れるにしてはここの水位は低すぎる。
いくらなんでも、膝まで位しかない水位で、大の大人が溺れるとは考えられなかった。
それにその男の体をよく見ると、背中に剣で斬られたような大きな傷があった。
おそらく背後からバッサリとやられた後に、下水に捨てられたのだろう。
しかし、なんのために……?
街の浮浪者など殺して、いったい誰が得するのか?
よくあるパターンとしては、路地裏で闇の取引の現場を見てしまったため消されたとか……。
いやいや、マンガやアニメの見過ぎかっていうの……。
人が目の前で死んでいるというのに、そんな不謹慎なことを考えていたところ、仲間たちがその男の死体を下水から引き揚げていた。
この男どこかで……?
男の死体が仰向けにされ顔が見える。
薄暗がりの下水道の中だが、俺はその男の顔を見て既視感のようなものを覚えた。
「ちっ、誰がこんなことを……」
「ハンスのやつ、最近、妙に羽振りがいいみたいなことを言っていやがったから、多分……、強盗にでも襲われたんじゃねえか?」
仲間たちがそんなうわさ話をしていたが、それを聞いて俺はこのハンスと呼ばれた男の顔を思い出した。
こいつ……! この前、街で俺にぶつかってきたやつ!!
それじゃ、こいつが俺の金をすったやつということか……!?
そう、俺が冒険者になることを諦め、装備品を売った金を持って宿屋に向かっていた時、不自然にぶつかってきた男がいた。
その後、宿屋で金を入れていた袋がないことに気付いたが、その時にこの男にすりとられていたというわけだ。
最近羽振りがいいと言われていたが、俺からすった金のことを周りに吹聴していたのだろう。
金を手に入れたうれしさのあまり目立ってしまい、強盗に狙われた……といったところだろうか。
俺があのまま金を持っていたら、今頃、強盗に襲われていたのは俺だったんじゃないだろうか……?
そんな考えが頭の中をよぎる。
気の毒に、この男は俺の身代わりになってしまった、と言えよう。
被害にあっていたのが俺だったら、取られたのは金だけで済んだのに……。
複雑な気持ちが胸の中に込み上げてきた。
俺から金をすった男、こいつのせいで俺は今、こんな状況下にいる。
ある意味、恨みの対象だ。
しかしその反面、命を落とす破目になってしまったことに同情の気持ちが湧いてくる。
「ところで、事件みたいですけど、衛兵とかに通報しないんですか?」
周りにいる仲間たちは、みんな男の死体を見ているだけで、だれも衛兵を呼びに行こうとしない。
前世であれば、こんな現場を発見したら、すぐに誰かが警察に連絡を入れている状況なのにだ。
「衛兵なんて呼びに行ったって、まともに取り扱ってなんかくれねえよ……。クソッ!」
仲間の一人が悔しそうにつぶやく。
「それにな、ひょっとするとこいつは、その衛兵の仕業かもしれないぜ……」
ヒデさんが唸るようにそんな言葉を口にした。
俺はその言葉に驚愕を覚える。
衛兵の仕業だって……!?
衛兵が強盗をするのか?
信じられなかった。
衛兵と言えば、前世で言うところの警察官だ。
街の治安を守るのが仕事だ。
そんな人間たちが強盗をし、あまつさえ殺しまでしている。
確かに、仕事に行っている衛兵舎の衛兵たちの横柄な態度を見ていると、とてもまともな人間じゃないと思えてくる。
もし本当に衛兵たちの仕業だったとしても、納得できてしまうところが情けない。
この街の衛兵たちは、どれだけ腐っているんだ……。
「前にも話しただろ、衛兵たちは俺たちのことなんて、その辺の虫と同じくらいにしか思っていないって……」
「でも、こんなこと……、いくら衛兵でも人を殺したら犯罪では……?」
「衛兵だけじゃねぇ、この国の偉い奴らはみんな、俺たちのことを同じ人間だなんて思っちゃいねぇ……。人間じゃねぇから、殺したって罪にならねぇ……。それどころか今頃、街のゴミを始末したくらいに思っているだろうよ……」
ヒデさんの言葉に胸糞の悪いものを感じる。
最下層の人間はゴミ……。
いくら人権思想の確立していない世界といえども、受け入れがたいものがあった。
「この国の偉い奴らと言ったが、上のほうはもっとひどいぜ。そのおかげで、この国の政治は滅茶苦茶だからな……」
「それは、どんな風にですか?」
中世の価値観が支配している世界ということで、なんとなく想像がつく。
しかし、この世界に転生して日が浅い俺はこの国の現状をまったくと言っていいほど知らない。
今後のためにも、詳しく知っておきたいと思った。
「この国……ザクスーン王国は、帝国の属国みたいな国でな……」
「ん? それだと帝国と戦争とかしなくていいから、国内が安定していたりするんじゃないですか?」
「いや、それがこの国は帝国の言いなりって感じでな、そのおかげで国王は政治に興味を失って、毎日遊び惚けているらしい……」
「国王は、帝国の傀儡ってことですか……」
「あぁ、それで側近たちも側近たちで、帝国の権力者たちにわいろを贈って、その地位を得た奴らばかりと聞く……。そんな奴らがまともに政治するわけないだろ? 私利私欲のためにしか動かねぇ」
「なるほど……」
「そして、辺境の領主たちは、そんな中央からの監視が届かないことをいいことに、自分たちの領地でやりたい放題ってわけさ。まぁ、もともと領主たちには自治権みたいなものが認められてはいるがな……」
「それで、各地の領民たちは重税に苦しめられていたりするってところですか?」
「あぁ、よくわかったな! って言うか、大体想像がつくか……。領主たちの中には、互いに自分たちの領地を奪い合って争いを繰り返したりしている奴もいたりする。領民たちはその尻拭いをさせられていてな、暴動の絶えない所もあるらしい」
「そう聞くと、こんな街でもまだましなほうに思えますね……」
「そうだな。しかし、どこの街でも、いつ暴動が起こってもおかしくない状態だ。そんな街を安い給料で見張らなきゃならないわけだ……、衛兵たちも腐っちまうってわけよ……」
なんとなく、この国の現状がわかってきた。
歴史で習った中世ヨーロッパの世界と同じ感じだろうか。
暗黒の中世と呼ばれていた時代だ。
少なくとも、ゲームや漫画のような明るく楽しい世界観ではないようだ。
それに、ゲームや漫画の世界では、むしろ人間全体が魔王や魔物に苦しめられているといった設定が多い。
しかし、この世界では人間を苦しめているのは人間……。
それを知って、とても悲しく思えてきた。
さらに数日たったある朝のことだった。
いつもなら真っ先に起きて、仲間たちに声かけて回るヒデさんがなかなか起きない。
ヒデさんだって人間だ、疲れて起きれないことだってある。
そう軽く考えていた。
「ヒデさん、朝ですよ」
なかなか起きようとしない彼に声をかける。
しかし、返事がない。
なにか様子がおかしい。
慌てて傍に駆け寄り様子を見ると、彼はガタガタと体を痙攣させている。
体に触れてみると、ものすごい熱を持っているのを感じた。
「ヒデさん! ヒデさん!」
俺は彼に何度も呼び掛ける。
しかし、彼は口を開けるが声を発しない。
目を大きく開きこちらを見ている。
なので、意識はあるようだ。
彼はなにかの病気にかかってしまったのだろうか?
だが、医学の知識のない俺には、彼がどんな症状なのかわからない。
必死に考えるがわかるわけもない。
しかし、病名はわからないが、このような状態になった原因に思い当たる節があった。
俺が衛兵に切り付けられたあの日、俺を庇って肩に傷を受けた。
その後、まともな治療も受けれずに、不衛生な環境で仕事をしていた。
その時に傷口から、なにかの菌に感染してしまったのではないだろうか?
だが、原因がわかったからと言って、治療ができるわけでもなかった。
この場合は、この世界でも医者に診てもらうのが常識だろうか?
それとも異世界なだけに、解毒薬などを飲ませることによって治るのだろうか?
どうしていいかわからない俺は、周りの仲間たちに聞いてみた。
「解毒魔法の使える術士に頼む、っていうのが普通だが金がないぜ……」
「解毒薬を買ってくる、というのもあるが、かなり高価でな……。そうするとやはり金がな……」
仲間たちが対処法を教えてくれるが、みな口をそろえて金がないと言う。
確かに、医者に診てもらうにしても薬局で薬を買うにしても、金がかかるのは前世でも同じだった。
しかし、みんなが口をそろえて言うように、そんなに金がかかるのだろうか?
前世なら保険とかあったのだが……。
さすがに、こんな世界にそんな考えのものはないか……。
ともかく金が要るのなら、その金を用意しなければならない。
そう思い、いくら必要なのかを仲間たちに尋ねる。
「少なくとも大銀貨ぐらいいるんじゃないか……?」
仲間たちも、相場はよくわからないらしい。
しかし、最低でも大銀貨が必要という意見が出てきた。
小銀貨の上の大銀貨……。
大銅貨10枚で小銀貨、小銀貨10枚で大銀貨になるらしい。
大銀貨1枚を手に入れるには、最低でも衛兵舎で仕事を20日はしなければならない。
衛兵の中には手数料などと言って、賃金の一部をくすねる奴らもいる。
そうなると20日分でも足りない。
しかも、20日も待っていられない。
それなら、仲間たち全員の金を出し合うか……?
いや、それでも足りない……。
ツケでなんとかならないだろうか?
そんな考えが頭に浮かぶ。
今はとにかく、ヒデさんの治療が先だ。
まずはツケでも治療をしてくれる治癒魔術士を探すか、解毒薬を売ってくれる薬屋を見付けよう。
そう考え、俺は街へ急いだ。
宿屋街で術士を探そうとするが、どこの店も追い出されてしまう。
薬屋も同じだった……。
浮浪者ごときが金を払う信用がないと言われ、どこも同じ対応だった。
ほかになにかいい方法はないか……?
必死に考えて、ある考えに至る。
正直この方法はとりたくなかったが、ヒデさんの命がかかっている。
「お願いします! 賃金の前借をさせてください!!」
衛兵舎の衛兵たちに向かって、土下座で頼み込んだ。
「はあ? お前らの仲間が死にそうなことなんて知ったことか! それより、今日は誰も来ないのか? さっさと仕事しろ! 便所が臭くてたまらん!」
わかり切っていた答えだった。
しかし、それでも最後にすがり付くのはここしかない、と考えた。
俺の頭では、こんなことくらいしか思いつかなかった。
「お願いです! 明日からいつもの倍以上働きますから!!」
「しつけえな! 仕事しねえなら、とっとと帰れ!!」
「うぐっ……!!」
それでもなお、すがり付く俺に衛兵の蹴りが入る。
結局、力尽くで衛兵舎から叩き出されてしまい、なんの成果も得られないまま俺は、ヒデさんのもとへ戻った。
同じころ、仲間たちもいろいろと手を尽くしてくれていたが、みんな俺と同じ結果だったらしい。
結局、誰も浮浪者なんか助けてくれない。
諦めて、ヒデさんの容態を見に行く。
彼は静かに横になっていた。
容態が落ち着いたのだろうか?
いや、彼はすでに息を引き取っていたのだった……。
「ヒデさん!」
「ヒデさん!」
仲間たちが次々と彼の名を叫びながら、彼の亡骸に駆け寄る。
「どうしてこんなことに……」
泣きながら彼の亡骸にすがり付く仲間たちを見て、俺は申し訳なさでいっぱいだった。
俺のせいだ……。
彼は俺なんかを庇ったために、こんなことになってしまったんだ……。
しかし、それと同時に悔しさと怒りも込み上げてくる。
人を人とも思わないあの衛兵たち……。
人を切りつけておきながら、それが原因で死にそうな者がいるというのに、知ったことかと見捨てるあの態度……。
ゆるせない……
ゆるせない……
ゆるせない……
絶対にゆるすものか!!
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