#2・その少女

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◇◆悪魔と少女。出会いは騒々しく──。



     【SATAN #2・その少女】




「あのもしかして 本物の悪魔さんだったりするんですか!?」


 思わぬ言葉を掛けられた──。

 まさか気付かれた!?

 俺が魔王軍の使者だと判明すれば、捉えられて処罰される。


 どうする……このガキは今ここで殺るか?

 だが魔力が使えない今、スムーズに仕留めることは厳しい。

 そうなると、ここは逃げ切るしか……。


「いや、違いますけど」


 ガキをあしらうように放置して先へ進む。

 しかし、小走りで遠ざけているのにも関わらず、後ろから尾行の気配を感じる。

 少し歩くスピードを上げて距離を取ろうとするが、いつまで経っても背後の足音はむ事は無い。


「あのっ、身体もう大丈夫なんですか!?」


 グゥ───。

 突然、空腹に耐え切れた己の腹が鳴った。

 体力と精神の限界も近い。


「あっ、お腹すきましたよね!?もうお昼ですもんね。よかったらウチでごはん食べて行きませんか!?」


 いや……諦めろよ。


「お前さぁ……」


 ため息混じりの声が出る。

 振り向くと、子供がキョトンとした顔をして立ち止まった。

 こういうアホな子供ガキは一度脅しておいた方がいいだろう──。


「着いて来るとイタズラしちゃうぞぉー!?」

「えぇ、ホント!?イタズラされたーい!!」


 ウザ……。

 だめだこりゃ。

 自分でも驚く程、救いの無い溜息ためいきが出る。


「あのさぁ、バカなこと言ってないで早く家帰ったら?」


 頭の悪そうなガキを追い払うようにして、俺は再び歩き出す。

 今度は追いつかれないように、素早く石壁の角を曲がった。


「ちょっとまって!!」


 全速力で逃げ出す。

 俺は無意識に足を動かし続けた。

 すると、通りがかる人間達が物珍しげに俺を見てくる事に気づく。


 やはり俺の正体はバレているのか?

 いや、さっきの男達には気付かれてはいないみたいだったが……服装に問題があるのか?


 俺の様な『ヒト型悪魔』は、人間の文化圏に潜入するのに長けている。

 多種多様な形が存在する“悪魔”の中でも、最も人間に近しい容姿をしているからだ。

 だから、遠目からであれば、肌の色や肉質の違いに気付きにくい

 俺が姿を晒しても大騒ぎになることは無いだろうが、予測に反してかなり注目されている。


 しばらみちを進むと、広場のようのな場所が目に入る。

 よく見渡せば、ベンチやブランコ等の遊具や休憩スペースもある。

 広場の入り口の前に看板があるが、文字が全く読めない……。

 やはり、魔界とは全く別の文明のようだ。


 俺は近くに人間が居ないか警戒しながら、休息を取るために広場に足を踏み入れた。

 積み重なった疲労が身体を支配している。


 限界と共に広場の中央に在る“石段”に腰掛けた。

 そして上空を見上げ、ただ呑気のんきに流れゆく雲を見つめる。

 ここに来て驚いたのは、空が青い事だ。

 最初は違和感があったが、よく見ると綺麗なもんだ。


 気候も温暖で落ち着いており、風も心地良い。

 後ろに手を伸ばし、伸びをする。


 気絶しそうな程の睡魔の中考える。

 この世界は本当に『裏世界』と呼ばれる場所なのだろうか。

 それに、俺を襲った女はどうなったのか。

 疑問は絶えない──。

 

 青い空を見上げながら想いにふける。

 昨日と今日の疲れが溜まっていたのか、気づくとウトウトと俯き、うたた寝に入っていた。


 もう何も考えたくない。

 逃げることも、戦うことも。

 この世界で人間と共存できるなら居座らせてほしい。

 外れかかったくさびは、いつか完全に打ち砕くことは出来るのだろうか──。


「こんな所に居たんですね」


 すると頭の上から聞き覚えのある声がした。

 何事かと顔を上げれば、さっきのガキが目の前に立っている。

 信じがたい光景だ。

 さっき別れてから大分経ってるというのに、まだ追ってきていたのか……。

 

「もう勘弁してくれよ……」


 疲れ切った声は“呆れ”と入り混じり、困惑の感情さえ生み出す。

 なんせ此方こちらも命が掛かっているから人間と必要以上に馴れ合う訳にはいかない。


「どうしてもお礼がしたくって……」


 しかし、子供は落ち着いた声色でそっと語りかけて来た。


「お礼?」

「私を助けようとしてくれたじゃないですか」


 なんだそれは……。

 そんな理由で追っていたというのか?


「別に助けた覚えは無い。つーか俺もボコボコにされてたのを見てなかったのか?礼も何も、ねーだろが……」

「でも、気持ちが嬉しかったんです!おにぎり作ってきたんで一緒に食べましょ!」

 

 その手にはバスケットが抱えられている。

 子供は俺の隣に腰掛け、バスケットの蓋を開けた。

 すると、美味うまそうな匂いが宙を舞う。

 

 グゥ───。

 匂いにそそられ、また腹の音が鳴ってしまった……。


「ふふっ、やっぱりお腹空いてたんですね!どうぞどうぞ!」


 バスケットの中を覗くと、握り飯がたくさん詰められていた。

 俺の空腹はもう限界に来ている。


「あの……毒とか入ってない?」

「え?」


 俺は誘惑に負けて1つ聞いてしまった。

 すると子供は目をキョトンとさせる。

 よし、毒は入ってなさそうだな。

 俺はバスケットの握り飯を一つ取り、飢えた口の中に放り込んだ。


「実はぁ、この中のどれかに毒入りのおにぎりが入ってまーす」

「え!?」


 ウソだろ?罠か!!


「それを選んじゃうとー」


 なに……!?


「って、ウソでーす!毒なんて入ってませーん!えへへ、今の反応面白かったですねっ」


 …………。

 言葉を失うとはこの事だろうか。

 どうやら完全にナメられているようだが、今は『怒り』なんて感情とは縁遠かった。

 何故なら俺は腹が減って限界だったからだ。


「じゃー私も食べようかな!」


 すると、子供がバスケットから握り飯を手に取って食べ始めた。

 頰を少し膨らませて『食べないのか?』と言わんばかりに俺の方を見てくる。


 生唾なまつばを飲み込む。

 どうやら毒は入ってないみたいだ。


 俺は再度、握り飯を口に入れ込む。

 すると、優しい食感が口の中に広がる。

 味付けされた“ほのかな塩の味”が甘さと混ざり、絶妙な旨味を引き立てる……。

 

 涙が出そうだ。

 ここ数日、何も食っていなかったから体が快感に浸っている。

 今の俺には、目の前の米は高級な御馳走でしかない。

 こんなに美味い飯は初めて食べた気がする。


 溢れ出そうになる涙を堪え、鼻をすすった。

 それを横で見ていた子供が心配そうな顔付きをした。


「もしかしてマズかったですか!?」

「いや……違う。凄く美味いよ、コレ」

「ホントですか!?」


 すると子供が嬉しそうに俺の顔を覗き込んできた。

 可愛らしい笑顔でこっちを見てきたので少し戸惑う。

 いや、よく考えろ。相手は人間だぞ……。


「よかったら、たくさん食べてくださいね!」


 俺は遠慮なく握り飯を食べた。

 さっきまでのメチャクチャな時間が頭をよぎり、この平和な時間をしみじみと感じる。


 そして気がつけば、俺と子供は近くのベンチに移動し腰掛けていた。

 木漏れ日の中、黄昏たそがれる。

 何故だろうか。

 俺は人間の子供に少し気を許していた──。


 きっとコイツは無邪気なだけで、悪さはしない。

 それに食料を譲った功績もある。

 少し観察する位ならいいだろう。

 餌付けされた獣の様に、そんな軽はずみの感情を抱く。

 

「あの私、知ってるんですよ?あなたのお耳 、それって付け耳じゃない……。きっと本物の悪魔さんですよね!?」

 

 不意に子供が沈黙を切り出した。

 コイツもしかして俺が寝てる間に、色々見ていたのか!?

 しかし、子供の発言には引っかかる言葉がある。


「その“本物”っていうのはどういう意味だ?」

「えっ!?だって本物だったら凄いじゃないですか!!」


 本物が凄い……?

 一体どう解釈するべきか。

 まさか、悪魔を見た事がないのか?


「本物の悪魔だったらどうする?」

「えっと……もう感動ですよ!!」

「まさかお前、悪魔のことが好きなのか?」

「悪魔が好きというか、ファンタジーの世界って憧れるじゃないですか!魔法の世界とか本当にあったらいいなぁ、なんて……」


 ちょっとまて。

 今、ファンタジーと言ったか?

 魔法も悪魔も、この世界では空想に過ぎないということか?

 なら、このガキの発言に納得がいく──。


 しかし、このガキには俺の正体がバレかかっている。

 どうする……ここで仕留めるか?

 いや、もっと有効な使い方は無いだろうか。


 悪魔が架空の存在である事を逆手に取って、ガキを上手く利用できないだろうか。

 例え相手が人間であろうが、ガキは馬鹿な生き物だからな。


「おいガキ、俺の正体が知りたいか?」

「え!教えてくれるの!!」


 ほーら馬鹿丸出しだ。


「あぁ。だがもし教えれば“闇の取引”が始まる。その契約の内容も俺の正体を明かした後にしか教えられない。もしお前が俺の正体を明かしたあとに契約を破ればお前は命を落とす」

「うん!うん!」


 …………。

 いや、少しは動揺しろよ!!

 命落とすとか言ってんだぞ!?

 本当に分かってんのか、このガキは……。


「ど、どうだ?俺と取引をしないか?」

「うーん、もう一つほしいかなぁ……」


 は?


「あなたの正体が知れること以外に、もう一つほしい。だって私は契約の内容もまだ分からないし命を賭けてるわけだから、なんかもう一つくらいあってもいいよね!?」


 このガキ……。

 大分だいぶませてやがる。


 とは言え、魔力契約を使用している訳ではないので、やってることはただのゴッコ遊びだ。

 しかし、俺にとっては重要な駆け引きであり、今後の未来を左右するモノ。

 条件を上乗せされるのは面倒であるが、何かか適当を言って、誤魔化せばいい……。

 ここで逃すのは勿体無いからな──。


「分かった。何が欲しい?」

「うーん……。私も契約した後に用件を言う」

「それはダメだ。先に要件を言え」

「えー……」


 ナメた事言いやがる……。

 こっちは遊びでやってるんじゃねーんだぞ。


「だって、今言ったら恥ずかしいんだもん」


 何だと!?

 もう、面倒だ。

 ガキ相手に翻弄されて、時間の無駄もいい所だ。

 

 何か面倒な条件だったとしても適当に聞き流せばいい。

 こちらの用件を押し付けられればそれでいいのだから。


「ちっ。なら1つだけだ。大きすぎる願いや此方こちらに支障の出る事はその時点で無効とする」

「じゃーこっちも確認させて!?」


 いい加減にしろ。

 なんだってんだこのガキは……。


「支障がなければあなたは必ず私のお願いを聞き入れること。もし出来ないのであればその時点で取引は無効となる」


 めんどくせーガキだな……。


「私は契約したら命を賭けるんだからこれで対等ね!」


 ガキがにししと笑う。

 コイツ、何処か本気だ。

 本当に何考えてやがる!?


 いや、それでいい。

 この取引は唯の遊びでやられては困るんだ。

 その位真剣に考えてもらわないと。

 だがこのガキ、予想以上に本気で食いついていて少し奇妙だ……。


「いいだろう、契約開始だ」

「わーやったー!!」


 ガキは両手を合わせ、はしゃぎながら喜ぶ。


「さっ、まずはあなたの正体を教えて!!」


 いくぞ──。


「俺は、魔界から来た……」

「うそっ!魔界って漫画とかに出てくる!?」

「ちょっ、シー!声大きいって……」

「あっ、ごめんごめん……」


 興味を引いたのか途端に声量が上がるガキ。

 そして楽しげに謝る。

 ったく、子供ってこんなにアホだったか?


「ごめんごめん、魔界から来た!?」

「お前が言うところの、本物の悪魔だ」

「……」


 すると、直前まではしゃいでいたガキは急に静かになり、俺の方を見つめた。

 まるで、放心状態だ。


「おい、怖くなったのか知らねーけど、今更尻尾巻いて逃げれねーからな」

「あ……うん 、続けて」


 なんだか様子が変だ。

 さっきまでのテンションは何処に行った?


「俺は訳あって魔界へ帰ることができない。その間、しばらくこの世界に居座ることを決めた。だが、この世界は俺のいた世界と全く違う。モノも食事もルールも。で、ここからが契約内容だ。よく聞け」

「うん……」

「俺にこの世界の事を教えろ。俺がこの世界で生きていくにはどうしたらいいかを……。そして絶対に俺の正体を他の人間には言うな。約束を破ればさっき言った通り、お前の命は無い」


 しかし、ガキの返事は無い。

 その代わり、何故かガキの目が輝いているようにも見えた。


「おい、聞いてんのか!?」

「うん。きいてるよ」


 ちっ。どうもやりにくい。


「次はお前の番だ。お前の欲しいモノは何だ」

「うん。私は欲しいモノというより、あなたに支障のない願いなら何でもいいんだよね……」


 ある程度なら覚悟はできてる。

 来い──。


「それじゃぁ……」


 ……。


「私と……お友達になってください!!」


 ……。

 …………は?

 聞き間違いか──!?


「いや、え?」

「だめ……かな!?」


 まさか、本気で言ったのか!?

 いや……これは予想して無かった。

 つか人間と友達って……。


 突拍子もない“この状況”に、頭の中が真っ白になる。

 俺は変な夢でも見ているのだろうか……。


 友達……?

 この俺と友達になる事が願い?

 まさか冗談だよな──。


「私……うっゴホっ、ゴホッゴホッ」


 突然、ガキが強めの咳をしだした。


「おい、どうした?」

「はぁはぁ……はぁ 」


 ガキは胸を押さえ、苦しそうにフラついた。

 コレって発作か?

 思い返せばさっきも咳をしていた。


「おい?しっかりしろ!」

「ごほっごほっ」


 ガキはまるで意識を失うかの様に、ばたりとベンチに身体を倒した。


「なぁ、急にどうしたんだよ!?」

「……はぁはぁ」

「ちっ、医者どこだ!?おい!?」

「っぁ……」


 喋れる状態じゃない……。


 俺はベンチに倒れたガキを抱きかかえ、体勢を変えながら背に乗せる。

 そしてガキをおぶったまま広場を後にした。


 突然の出来事に混乱が頭を揺さぶる。

 しかし、俺は何かに取り憑かれた様に行動を起こした。

 今、このガキを逃がすのはまずい。

 その一心で行動を起こしたのだ。


 小走りになって何故か医者を探す。

 だがこの世界の医者がどんな格好をしているかが分からなければ文字も読めない。

 一体、どうやって探せば。


「おい!生きてるか!?」


 背後のガキに呼び掛ける。

 すると、後ろでコクとガキが頷いた。

 どうやら意識はあるみたいだ。

 しかし、このままじゃどうしようもない。

 そこらの人間に医者の場所を聞くしかない。

 俺は、丁度前を歩いていた男に話しかける。


「おい!医者を探してる!どこだ!?」

「ひっ?医者?この先まっすぐ行った所に病院があるよ。白い建物だ」

「あっちか!」


 再び走り出す。


「ごめん……ね。ゴホッ……」


 すると突然、後ろから声が聞こえてきた。


「うるせぇ、余計な事喋んな!」


 必死な思いで走っていた。

 今コイツに死なれちゃ都合が悪い……。


 しばらく路を進むと、目的地らしき“白い建物”が見えてきた。

 合っているかは分からないが、俺は急いで建物の入り口に回り込んで入り込んだ。

 中に入ると白い服の業務員らしき人間が目に入ったので、直ぐに話しかける。


「おい!?ここは病院か?」

「はっはい?そうですが……」

「おいコイツをどうにかしろ!発作がおさまらねーんだよ」


 最初は不審な目で見ていた業務員だが訳を話すと目の色を変えた。


「分かりました! こちらに寝かせてください」


 タイヤの付いたベッドにガキを寝かせる。

 ガキは息はあるが、意識は遠いようだ。

 そして、検査室に運ばれていくガキを見送った。


 俺は病院のフロントの長椅子に腰掛けた。

 気持ちが落ち着かない──。

 心配してるのか?あのガキの事を……。

 いやそりゃ心配だろ。

 あのガキに死なれちゃ俺の計画は台無しだ。


 椅子に座り考え事をしていると、白衣の男が近づいてくる。

 そして男は俺の目の前で立ち止まった。

 

「モモカちゃんを此処まで連れてきてくれて、ありがとうございます。僕はここの医院長、東山と言います」


 医院長?

 わざわざ挨拶に来るとは行儀が良いな。


「モモカ?あのガキのことか?」

「ええ。モモカちゃんはウチの患者さんなんですよ。でも現在いまは一時退院で病院を離れていたんです」

「おい、あれは何だ!?突然倒れたんだぞ」


 あのガキの素性を聞かないことには、この先の計画を立てづらい。

 まずはこの医院長とやらに聞ける情報を探るべきだ。


「モモカちゃんは小児癌と喘息をあわせ持っている子なんです……。彼女の持つウイルス性肝炎からなる肺癌は、すぐに喘息を誘発してしまうんです」

「肺がん?それはまずい病気なのか?」

「えぇ。そういえば、あなたはモモカちゃんのお友達の方ですか?」

「なに?」


 

  『私と……お友達になってください!』


 

 先程の広場での出来事が脳裏をぎる。

 ちっ、話を進めるためだ。


「まぁ、そんな所だ……」

「聞きたいですか?モモカちゃんの現状」

「どういう意味だ」


 不穏な言い方だ。

 まさか、そこまで事態は深刻なのか……?

 

「いえ、モモカちゃんの大切なお友達なら、寧ろ聞いておいてほしいです。モモカちゃんは……あと一年も生きれないでしょう」


 何だと……!?


「侵食している癌細胞は未発見に分類されるもの。現在ワクチンが無く、治す方法は見つかってないんです」

「その事をあのガキは知っているのか!?」

「病気の詳細は知ってますが、寿命の話は知りません。でも色々察する子でね。一時退院をしたいって言ってきたのは、モモカちゃんの方からなんですよ。だから僕はモモカちゃんが望むのであれば、そうさせてあげたかった……。なんせあの子は殆ど外に出たことが無いから。だから今回の件、僕の責任なんだ。迷惑を掛けて本当に申し訳ない……。でも、君にコレだけは伝えたい。どうか……最後までモモカちゃんの側にいてほしい」


 何て返答をすればいいのか分からなかった。

 人間の寿命の事なんて知ったこっちゃない。

 そう思っているはずなのに……なぜだか心が苦しいような気がしてならない。


「また君とお話しする機会を設けたい。まだ彼女のことで話しておかなければいけない事が幾つかあるんだ」


 東山は最後にそう言い残して去っていった。

 椅子に座ったまま数時間が過ぎた──。

 窓から射しかかった夕日が、床をオレンジ色に染めている。

 もう夕方か……。


 すると、今度は別の業務員が腰掛ける俺に近づいてきた。


「あの、モモカちゃんのご友人さんですよね?モモカちゃんの状態が少し落ち着きました。意識も取り戻して今お部屋のベッドにいますよ」


 業務員は俯く俺に話しかけてきた。

 どうやらガキは危機を乗り越えたみたいだ。


「そうか」


 少しホッとしていた。

 でも契約は中止だ。

 この世界で生き抜くのは大変だが別の方法を考えるしかない。

 あのガキは都合が良かった。

 けれど、もう構えない。

 そんな気分じゃない。


 俺は席を立ち病院の出口へ向かおうとした。


「あの、モモカちゃんが病室に来て欲しいって言ってましたよ!」


 立ち止まってしまった。



『どうか最後までモモカちゃんの側にいてほしい……』



 先程の医者の言葉が浮ぶ。

 いや……俺は世話係じゃねーんだぞ。


「あの、お時間があれば是非行ってあげてください。あの子があんなに必死になって誰かを呼んでるの、初めてみたものですから……」


 ……。


「場所は何処だ……」

「202号室です。鍵はあいてますよ」


 オレは駆け出していた。

 その部屋に行けばきっと答えが見つかる。

 今はどうしていいかわからないんだ──。


 階段を駆け上がる。

 202……どこだ。


 二階の広間を抜け廊下に出る──。


 201……202……。ここか。


 数字の立て札を見つける。

 薄暗い廊下の最奥。

 森閑しんかんとした空間の中に、ぽつんと在る病室。

 その引き戸に手を掛けた。

 ガラッと音を立てて扉は開く──。



 そこには幻想的な光景が広がっていた。

 白いベッドに座った少女が窓からさしかかった夕日に照らされている。

 そして少女はこちらを向き微笑んだ。


 ここから、俺と彼女の人生を賭けた契約が始まる──。




    ◇◆ 少女と悪魔。

           物語は動き出す──。



       【SATAN #2・その少女 終】


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       次回『#3・命の契約』

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