#1・青い空の見える世界

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 あかり無しでは、一歩先も見えない程の漆黒。


 真冬の様にこごえる冷気が漂うこの場所は、死後の世界かと錯覚するほど、どこまでも闇が広がっている。


 ランタンで足場を照らし、石に雑草、枝だらけの道をひたすらに進むと、一歩踏み出す度にミシミシという音だけが響いた。


 ここは魔界の西側に位置する『黒の森』。

 黒いマントをかぶった“悪魔の行列”が、森の奥へと突き進んでいる。

 数は十数。

 その列の二番目を、ただ歩き続けた──。


 俺もまた……1匹の悪魔。


 張り詰めた空気をかもし出すこの行列は、一体何処へ向かうのだろうか……。

 何処って、場所なんか明確でなくても、そんなモノは戦争に決まっている。


 比喩でも何でもない。


 誰かを殺して、誰かに殺される。

 そして誰かにたたえられ、誰かにうらまれ、誰かに悲しまれる。


 その戦争に俺も連れて行かれるのだ──。


 いや、最後は違うか。

 俺が死んだとして、悲しんでくれる奴なんて何処どこにも居ないのだから……。


 もう何日目だろうか。

 こんな暗い森の中を言われるがままに、のそのそとほっつき歩くのは。


 時折ときおり、腹が減ったのを思い出しながら、次にありつける飯のことを考えては打ちひしがれる。


 あぁ……塩と胡椒こしょうをきかけせた、肉が食いたい。

 噛み締めると脂が口の中に広がる、あの食に満たされてる感覚をもう一度味わいたい。

 しかし、それは一体いつになることやら。


 それとも今日、俺死ぬのかな……。

 

「ここか……」


 すると突然、先頭を歩く一匹の悪魔が立ち止まった。


 俺の目の前の悪魔こそ、今回の集団任務を監督する1番偉いお方『ゲルデリッヒ大尉たいい』。


 厳格な性格で、魔王軍への忠誠心で出来上がっているような硬い頭をしている。


 黒いマントの内側には、“大尉”の軍服を着ており、左目を眼帯で覆っておる。


 俺たち下級悪夢がこの任務に対する不満を口走れば、この大尉に魔王軍本部に通告され、生涯を終えることになるだろう。


 いや、通告よりも先にあの“お気に入りの黒い拳銃”で銃殺されるんだろうか。


 これまで幾度となく酷い扱いと子機を使われてきた。

 軍事訓練でヘマした時に暴力を振るわれたり、1週間メシ抜きだったり……。

 やりたくもない死体運びをさせられたり、大尉の為の酒や煙草を運んだりしてきた。


 奴を一言で言うなら“おっかないおっさん”だ。

 こういった状況を強いられるのも全て、俺たち“下層階級”に生まれた悪魔の宿命なのだ。


 ゲルデリッヒ大尉が立ち止まった為、俺はその背後を少し回り込む様にして正面を覗き込む。

 そこには自分と同じ身長程の大きさの石碑が草木に隠れて異様な空気を醸し出してたっていた。

 これが噂の『裏世界』へ通じる門か……。

 

 ここに来た理由──。

 それは、今から行われるとある“儀式”のためらしい。

 この石碑の前に特別な“石”を置くことで、『別の次元の世界』に行くことができるというう。


 俺たち『魔王軍・調査隊悪魔』は、その別の次元の世界に侵入する為にこの地を訪れたという訳なのだが、本当にそんな事ができるのだろうか……。


 その別の次元。

 通称『裏世界』と呼ばれている。


 “裏世界”は人間が多く住む世界と言われ、

 無論だが魔界の住人とは全くと言っていい程異なる文明を築いている……らしい。


『らしい』というのは、これらの情報は全て『逸話』に過ぎないからだ。

 誰かが行って観てきた訳でもないので、情報が不確定なのである。

 

 しかし目的の最終地点は存在する──。

 仮に裏世界へ行くことが成功すれば“魔王軍・特攻隊”を送り込み、征服するということだ。

 

 魔王軍は魔界を制した。

 だから次の目的は、裏世界の人間達を奴隷にし、新たな地を悪魔の移住範囲として確立することだ。


 ゲルデリッヒ大尉は、石碑の前にその特別な石を置く。

 石の名は『天衣石てんいせき』。

 見た目は、片手に収まる程のあおい石ころだ。

 この石には“まじない”がかけられており、これを石碑の前に置くと別次元への入り口が現れるという噂なのだが……それは本当だろうか。


 半信半疑の最中、突然目の前の光景に『違和感』が出没する──。

 大尉が石を置くと、石碑の奥の空間が歪み始めたのだ。

 そして、見る見るうちに空間に“裂け目”が入り、大きな穴となった。

 初めてみたがこれが裏世界への入り口なのか……。


「まずは様子見だ。行けラル」


 呼ばれたのは俺の名前だった。


「はっ、はい」


 俺は言われるがままに、返事する。

 突如現れた未知の存在に困惑する感情──。

 いくら魔王軍の悪魔とはいえ、怖いモノだって存在する。

 何故こういう時に限って俺なのだろうか。

 

 しかし、逆らえば重い処分は免れない。

 やるしかないのだ……。


「そこまでだ!全員手を挙げろ……」


 何だ?


「ガァっ……」

「グハッ……」


 突然、後列の悪魔達が悲痛な声を上げ始めた。

 飛び交う断末魔だんまつまに驚いた俺は、咄嗟に後ろを振り向く。

 そして、の当たり光景を一瞬疑った。

 悪魔たちが地にへばりつくように横たわっているのだ。


「ネズミが一体まぎれてたとはなぁ……」


 大尉は、列の最奥に重圧感ある声を投げ掛ける。


 自分でも目を凝らし暗闇の奥を確認する。

 すると、最奥にたたずむ“黒マント”が拳銃を突きつけている。

 俺に向けてだ──。


 刹那、裏切り者は、黒マントを脱ぎ捨てる。

 中から出てきたのは悪魔じゃない……。

 貧弱そうな白い素肌に、か細い身体。

 そして色素の薄い長髪と、目元を光らせる碧い眼光。

 

 あれは……あまり見慣れない姿だが、恐らく人間の女だ──。


「天衣石を渡せ!」

 

 俺に拳銃を向けながら、女は喋り始める。


 何故なぜ、敵の尾行に誰も気が付かなかった。

 しかし、身につけていた黒マントは、しっかりと魔王軍のエンブレムが描かれている。

 奴はスパイか?


「さもなければ……コイツを撃つ」


 人間の女は、銃口を向けたまま話を続けた。


 いくら下級悪魔とはいえ、人間なんかに殺される訳がない……。

 俺は向けられた銃口を睨みつけ、両腕に魔力を集中させ、戦闘の準備に入る。


「ふっ」


 大尉が女を小馬鹿にする様に鼻で笑った。


「そうか……貴様、知っているぞ。元、『名誉奴隷めいよどれい』の人間の女か。今は『王華おうか』に所属していたはずだが……。裏切りの行為は、極刑に値するぞ?奴隷の女」


 王華おうか

 確か魔王軍の幹部組織の一つだった筈だ。

 何故そんな奴が俺たちに拳銃を向ける……。

 

「死ね!!!」


 その絶叫と同時に、大尉はふところから拳銃を取り出し、空かさずに引き金をひいた。


 ドン!!!!!

 辺り一面に猛烈な“発砲音”が響き渡る。

 同時に、ダイヤモンドの様に光り輝く“水色の弾丸だんがん”が女の銃口から放たれた。


「グァあああぁぁ!!!」


 血飛沫ちしぶきが舞うと同時に、大尉の悲鳴が上がった。

 撃たれたのは大尉の方だ。

 手から血を流しながらひざまずく。

 阿鼻叫喚とは、正にこの事だろう……。


「次はお前だっ!!!」


 女は殺意の込もった銃口をこちらに向けた。


 まずい……。

 こいつ大尉の早撃ちを見切ったっていうのか!?

 しかも、あれはなまりの弾丸じゃなかった。


 奴の拳銃は特別……。

 恐らく『魔導銃』と呼ばれる類の物だ──。


 奴は人間の癖に魔力を使えるのか!?


「早く行けラル!!任務を遂行しろ!!」


 地に這いつくばった大尉が、もがきながら俺に叫ぶ。

 俺の真後ろには裏世界へと続く“亜空間”の入り口があり、足元には天衣石がある。


 どうする……。 

 “魔導銃”相手に俺が敵う筈がない……。

 もう正直、任務なんてのはどうでもいい。 


 このまま後ろのゲートに逃げ込もうとすれば確実に撃たれる。

 いや、そもそも逃げ込むことに成功しても追ってくるだろう……。


 俺だけが裏世界に逃げ込むには、この“ゲートの入り口”を閉める必要がある。

 その為には、この足元の石を拾わなければならない……。


「何をしてるぅ、早くしろぉお!!」


 考え込んでいると、倒れている大尉がうめきながら叫び散らかした。

 恐ろしいが、今はそれどころじゃない。


 賭けだ──。

 今思いつく方法はコレしかない。

 この方法で決着をつけよう。


 俺は両手を挙げ、降伏のポーズをとる。


「なにをしてるぅキサマぁぁ!!」


 ゲルデリッヒ大尉が叫ぶのを無視して、俺は女に向かって言う。


「石は足元にある。これが欲しいんだろ!」


 すると 女が用心深くこちらに近づいてくる。


「キサマ、自分が何をしているのか分かっているのか!!」


 俺は大尉の忠告を無視する。

 コツコツと足音を立てながら、徐々に女は迫ってくる。

 そして、石を足下あしもとにして立ち止まった


 腕一本分ほどの距離で、俺と女は睨み合い、一呼吸したあとに、決心をする。


「拾えよ」


 女は、俺を警戒しながら沈黙する。


 しかし5秒ほど経ってから女は動き、そしてかがんで地に転がる石を手に取った。


 今だ──!!


 その瞬間、俺は空かさず女の後ろに回り込んだ。


 すると女は拳銃を構え後ろを向こうとした。

 だがそれはもう遅かった。


「うおぁぁぁ!!!!」


 この生涯で、叫んだことの無い声が身体の奥底から飛び出た。

 生きるか死ぬかの瀬戸際せとぎわに立たされた俺は、その抜け道へとただ駆け出した。


「なに!?」


 視界に映るのは、空中で体勢を崩し転倒しかける女の姿。

 そして紫色の歪んだ空間の世界。


 亜空間──。


 俺は、女を背後からゲートに向かって押し倒したのだ。

 そして自分の身体も、勢いに巻き込まれた。


 地上と異なり、重力が正常に作用しない。

 フワリと浮いた身体が、亜空間の奥に吸い込まれていく。


 咄嗟とっさに上空を見上げた。

 次元の裂け目が閉じていく光景が瞳に映る。


「何をするっ!!」


 女は必死で拳銃を構えようとするがバランスを崩して身動きがうまく取れていない。

 俺は後ろから女の腕をしっかり抑える。


 やってしまった……。

 思うようにはいったが、この後一体どうなるんだ。


 魔王軍の情報が本当であれば、この先に通じるのは『裏世界』という事になる。

 しかも、この女も一緒に辿り着くだろう。

 俺の頭は混乱していた。


 その時だった。

 突如、亜空間の強風に全身が煽られる。

 掴んでいた女の腕が異次元空間の強風によって離れてしまった。


 しまった。

 あの石を持ってかれる!!


「何してくれるんだ、この悪魔め!!」


 女は、宙に浮いた身体をよじらせながらこちらに叫び、またも銃口を俺に向ける


 やばいぞ……。


「らぁぁ!!」


 ドンッ!!!!!!

 魔導により形成された、あの水色の弾丸が、音速で射出される。


 放たれた弾丸は、俺の耳横をカスッた。

 どうやら強風に煽られて、うまく狙いを定められないようだ。


 危ない……死ぬかと思ったぞ!!


「次は外さないっ!!」


 ビキビキ……。

 しかし突然、女の声に被さるように、背後から何かに亀裂きれつの入る音が聞こえる。

 

 バリイイイイン!!!

 その瞬間、ガラスが割れるような音と共に、向かい風の突風が、後ろに吸い込まれるように吹き始める。


 一体何事だ!?

 俺は恐る恐る、後ろを振り返った。


 亜空間の壁に空いた巨大な穴に、豪風が竜巻の様に吸い込まれている。


「なんだこれ!?」


 どうやら、女の攻撃により亜空間に穴が開いてしまったらしい。

 もう次から次へと……。


 風圧に逆らう事はできず、俺と女は亜空間の穴に吸いよせられた。

 穴の外に見える景色は、この亜空間とは異なり真っ暗闇だ。

 それは、まるで星の輝きがない宇宙。


 この亜空間は未知の存在に変わり無いが、『裏世界』や何処か別の世界に通じている可能性がまだある。

 しかし、穴の外の宇宙に放り出されれば、きっと何処かに辿り着く事も不可能になるだろう。


 待っているのは“死”だ。

 直感がそう言っている。


 穴の縁に掴まり、吸い込まれて落ちるのを必死で耐える。


「何してくれてんだよ!?」

「しっ、知らないわよ!!」


 女も少し狼狽うろたえている様子だ。


 いや……もう、どうにでもなれ。

 正直もう疲れたんだ。


 誰かにコキ使われるのも。

 面倒臭い戦争も。


 思えば今日は散々な日だった。

 その散々の最後がこの状況。

 きっと、穴に吸い込まれて死ぬことになる。

 こんな意味不明なやりとりなんかで。


 でも、生きて帰還をした所で酷い処分を喰らうのは確実だろう。


 なら、このまま死ねるなら。

 死んだ方がマシか──。


 握力に限界が来た訳じゃないが、いつまで経っても状況は変わらない。

 俺はゆっくりと手を離した。


 無慈悲なこの身体は、豪風と共に巨大な風穴の中へ吸い込まれていく。

 暗い暗い闇の中へ。


 一瞬だったが俺が“生”を諦めたことに驚く様な女の顔が見えた気がした。

 まあ、もうどうでもいいか……。

 

 目を閉ざせば何も怖くなかった。

 ようやく解放されるのだから。

 この散々な日々から──。


 次第に意識は遠くなっていった。



 ✳︎



 

 チュン チュン──。


 それは久々に耳にする音だった。

 小鳥のさえずりなんてものは、朝が来ない現在いまの魔界では殆ど耳にする事はなかったからだ。


 しかし、こうして耳を澄ませて聴いてみれば、ソレは平和的な音だった事にも気付く。

 音はこもって聞こえるからきっと外で鳴いているのだろう。


 外?


 俺は今、室内に居るのか?

 意識が朦朧もうろうとしていて、記憶が曖昧だ。

 ずっと、寝ていたのか?


 そうだ。俺は亜空間の入り口に飛び込んだ後、あの暗闇に吸い込まれて気を失ったんだ。

 でも……生きてたのか?

 あんな所に吸い込まれれば、ちりになって消えていくだけだと思った。

 しかし、一体どういう訳か何処か別の世界に辿り着いたという事だ。


 そしてこの状況。

 肌を包む柔らかいモノが身体に被さっている。

 布団だろうか……。

 温かくて心地が良い。


 そして、辺りを充満するほのかな甘い良い香り。

 何の香りかはわからないが……。

 香水のような、石けんのような香りだ。


 ゆっくりと瞼を上げる。


 しかし、目に映る光景は異質だった──。

 知らない造りの天井……。

 見たこともない形の机に椅子……。


 子綺麗な白い壁に、やけに薄い造形の時計。

 本や、小物、ヌイグルミが詰め込まれた棚。

 まさか……『部屋』なのか、ここは?


「スゥ……スゥ」

 

 よく耳を澄ませば、足下の方から音が聞こえる事に気づく。

 空気が漏れる様な“とても小さな音”だ。


 軽く上体を起こし、恐る恐る“足下の方”を確認した。

 すると、俺が横たわっていたベッドのすみで“腕まくら”をして寝ているナニカが居る……。

 自分とは何処か違う容姿をするナニカ。


 色白の肌に、丸みを帯びた耳。

 柔らかい肉に包まれた骨格や、手足。


 知っている。

 何度か目にしたことがある。

 この種族の名は──。


「わっ!!」


 その光景に驚愕し、思わず叫んでしまった。

 これって、人間の子供だ──!!

 

「んぅ、あれ……気がついた!?」


 寝ていた人間の子供は目を覚ました。

『気がついた』とは、俺のことを言っているのか!?


「あのっ……身体、大丈夫ですか?」


 ドタっ!!

 俺は一目散に、ベッドから這い出た。


「わっ!?」

 

 部屋のドアを開け、廊下の様な場所に出る。

 見渡せば、部屋がいくつか確認できるが、複雑な迷路ではなさそうだ。

 ここは人間の住居なのか!?


 廊下を駆け抜けると、下りの階段が見える。

 どうやら、ここは二階のようだ……。


「ちょっと……まって!逃げないで下さい!」


 扉が開くと同時に、背後うしろから子供の声が聞こえる。

 まずい。捕まったらどうなるか分からんぞ。

 俺は猛烈な勢いで階段を駆け下りた。


 階段を下ると、玄関のらしき空間の中に『扉』が見える。

 何故なぜか俺の『くつ』が床に置いてある事に気づき、かかとを潰してでも咄嗟とっさに履いた。


 ガチャ!!

 ドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けると『外』であろう場所に向かって、身体を放り出した。


 まばゆい光が瞳に射し込む──。

 勢い余って何歩か駆け抜けるが、外の光景を見て俺は立ち止まった。


「なんだ……ここは……?」


 遠くまで続く青い空。

 見慣れない形状の住居。

 遠くには、天に届きそうな程“高くそびえる建物”も確認できる。

 飛び出た先の道路には、整備された石造りの壁が道成みちなりに沿ってどこまでも続いている。


 コレは、文明だ。

 文明が栄えている──。


 その思いも寄らぬ光景に困惑し、一歩引いてしまった。

 だが躊躇ちゅうちょしている場合では無い。

 何処かに身をを隠さなければ……。


 ガチャ!

 すぐ後ろで扉が開く音がした。


「まって……逃げないで!ごほっ、ごほっ」

 

 しかし、その声は途切れる。

 振り返ると、追ってきた子供が立ち止まってせきをしていた。


 ふっ、残念だったな。

 なんだか分からないが、けそうだ。

 俺は正面を向き直し、駆け出そうとした。


 ドッ!!

 が……突然背後で鈍い衝突音が響き渡った。


「あー、イッテー!!」

「おい、どこ見て歩いてんだ、コラ」


 またしても、背後で何かが起きたようだ。

 振り返った先の光景は先程とは別だった。

 追ってきた子供が、人間の男二人に威圧される様に囲まれているのだ。


「ごっ、ごめんなさい……」

「はぁー!?謝れば済むと思ってんの!お嬢ちゃんのせいで腕ケガしちゃったんだけど!」

慰謝料いしゃりょう払ってもらわないとー!!」


 その唐突な事態を目前にして、駆け出そうとした“足”は止まった。

 人間同士で揉め事になっているみたいだ。

 こんな光景は初めて観たぞ……。


「おっ……お金は、今持っていなくて……」

「はぁ!?ナメてんじゃねーぞ?」


 どうやら子供と男がつかったみたいだ。

 そして謝罪をしている状況だが……見ればわかる通り、子供の方は完全に怯えている。


 つまり、子供は俺を追って来て不祥事を起こした訳だ。

 これじゃ俺が悪いみたいじゃないか……。


「金ねーならさ、身体で払ってもらおうか?」


 男が子供の肩に手を掛け始めた。

 まずいぞコレ……。


 ここは初めて来る世界ばしょだが、この光景を見れば誰だってわかる。

 どう見てもコイツらは当たり屋だ。

 それにしても此処ここは人間の数が少ないのか?

 誰も通り掛からないが……。


「ごっ、ごめんなさい……ごめんなさい!」


 あーあー、もう子供の方が泣き出しそうだ。

 どうすんのコレ……。


 だか俺は、こんな事故に関与する余裕なんて無いぞ……。

 人間をかばう為にノソノソと出て行って、自ら身の危険を生じるは愚かだ。


「わかった、わかった!じゃーお兄さんと遊んでくれたら許してあげるから!」

「あれ、よく見たら結構かわいいじゃん。名前なんていうの!?」

「ぐすっ、ご……ごめんなさい」


 男達は子供の肩を組み、おおい囲む。

 次第に子供は身体と声が震えだし、涙を垂らし始めた。

 関わらないと決めた筈だが……ハァ。

 コレはもう見ていられない……。


「早く、名前言えよコラ!!」

「あのぉ、すみません」

「あ!?」


 俺は仕方なく声を掛けると、男達は俺を睨みながら振り返った。


「ケンカは良くないですよ、ケンカは……」

「は?なんだテメーは!!」


 すると、男の1人が威圧する様にこちらへ接近して来た。


「ジャマすんの?ん?見ろよ!こいつコスプレしてるぜ!」

「うわ!ホントじゃん!耳なが!ウケる!!」


 何言ってんだ?コイツらは……。


「なぁ、悪いこと言わないからこっから引いてくんないかな」

「じゃねーと、ボコボコにしちゃうよ?」


 男達は俺を取り囲み、今にも殴りかかってきそうな様子だ……。


「こっ、この人は!関係無いんで!」


 しかし突然、目を真っ赤にした半泣きの子供が俺の前に立ちふさがった。

 それは、思いも寄らぬ展開だった。

 まるで『小さな正義』とでも言わんばかりの健気けなげな背中が、頼り無く自分をかばい始めた。

 理解に苦しむ光景だ。

 俺は今、人間に守られているのだから──。


 悪魔の俺が、人間の子供なんかに『心配』をされたのか……?

 随分とナメられたものだ。

 

「お前うるさい。ねーコイツ黙らせといて」

「おっけー!お嬢ちゃんうるさいってよ!!」


 ボコォ!!

 突然、男の一人が子供の腹部を殴った。

 刹那、子供は腹部をおさえ前に仰反のけぞるように地に倒れた。

 

「うつ、げほ、げほっ……」


 苦しそうにせきを繰り返す子供。

 その光景を観て、俺は呆然とした……。


「お嬢ちゃん。ウルサいとこうなるよ?」

「まっ、俺も怪我させられたし、このくらいは当然だけどね?」


 俺には全く持って関係無いことの筈なのに。

 とても他人事に見えなくなってくる。

 

 それは、己が帰る所を失ったからだろうか。

 この世界に取り残されたかと思うと、同情という気持ちを超えて胸から熱い何かががこみ上げてくる。

 それはきっと、怒りの感情──。


 俺は自分を庇った子供の方を向く。

 子供は、地に倒れ込み苦しそうな顔をしてもがいている。


「おい……そのガキにもう手出すんじゃねぇ」

「あ!?」


 男二人は再び俺を威圧する様に睨んだ。

 いいだろう、喧嘩してやる──。


「何お前、なめてんの?」


 男の一人が、俺の胸ぐらを掴んだ。

 さぁ、始めるか。


「悪魔に喧嘩を売ったな?お前ら全員地獄行きだ!!!」


 人間が、一体どんな実力なのか、少し遊びながら見てやろう。


 (魔力解放!!!!!)

 ……。


 (魔力解放!!)

 あれ……?


「地獄行きはテメェなんだよ!!」

「おらっ」


 ボコォ!!

 途端に男の一人が、右ストレートで俺の顔面を殴りつけた。


「ぐはっ!!」


 勢いよく殴られた俺の身体は、ぶっ飛ばされ地に倒れ込む……。

 魔力が放出できないぞ……!!

 一体なんで……!?


 ドシっ!!

 続いて相手の蹴りが降りかかる。

 いたっ!!ちょ 痛た!!痛いって!!


「痛たっ。すみません、すみませんでした!」

「今さら謝ってもおせーんだよ!」

「コスプレしてんじゃねーぞ!!」


 地に這いつくばった俺は、男達に蹴られ続ける。

 身を守る為に両腕で頭を抑え、うずくまる。

 とてもじゃないが……みっともない。


 魔界の悪魔たちがこの姿を見たらなんて言うだろう。

 きっと笑いを通り越して、引かれる……。


 地面と腕の隙間から、子供が手で口を押さえ涙を流している姿が見える。

 まるで自分のせいとでも言わんばかりの表情をしながらだ。

 やめてくれ。

 勝手に泣かれると俺が惨めじゃないか……。


 あぁ、俺はここから先、この人間たちにひれ伏せながら生きていくのか。

 コレじゃ、逆じゃないか。

 奴隷は俺になる──。


「おい!!キミ達!!なにしてるんだ!」


 すると、少し遠くからハキハキとした別の声が聞こえた。


「ちっ、警察じゃん」

「おい、逃げるぞ」


 途端に男たちは、俺を蹴るのをやめて走り去っていった。


「大丈夫かキミ!!」


 駆け寄ってきたのは青色の服の男だ。

 俺は男に身体を引っ張られ、這い上がる。

 が……もうプライドも何もない。

 喋る気すら起きない。


「殺せ……」

「はい?」

「このまま奴隷になるの方が辛いんだ……」


 半泣きだった。

 悪魔の俺は人間如きにメチャクチャに身体を痛ぶられたのだから。


「何言ってるかわかんないけど、怪我とか無い?原因は何かしらないけど、ケンカはダメだよ?それじゃ気をつけなね!」


 チャリンチャリーン。

 男は見慣れない乗り物に乗り、去っていった。

 

 奴は俺を拘束しないのか……?

 雰囲気的に人間の保安官に見えたが。

 

 俺はズボンの砂を払い、この場を後にしようとした。

 だが、行動を起こそうとした瞬間、道の隅で“喧嘩の様子”を見ていた子供がノソノソと近づいてきた。


「あのっ、大丈夫ですか?」


 子供の目が赤くなってる。

 よく見ると頰に垂れていた涙が、まだ乾ききっていない。


 どう返答すればいい。

 ただ一つだけ分かったことががある。

 この人間達は、俺が手をつけなければ敵視はしてこないようだ。


 その事が分かったのも含めて、何だか気分が良くない。

 助かったはずなのに気分は最悪だ……。

 俺が一人でわめいて、ボコボコにされて、助けられて、心配されて。


 惨めだ。


「うるせぇ」


 俺は子供の手を弾いて歩きはじめる。


「えっ!?ちょっと!!」


 とにかくこの地域の探索を……。


「まっ、まって!!」


 子供がついてくる。

 だが俺はそれを無視して歩き続ける。


「あっ、あのぉ……助けてくれてありがとうございます!」


 無視。ていうかなんだ。

 なんでこのガキはついてくる。


 しかし、次の子供の言葉で、俺の心臓は止まりかけた。


「あのっ、もしかして、本物の“悪魔さん”だったりするんですか!?」





  ◇◆ まさか、まさかの速攻バレ!!──。



       【1・青い空の見える世界 終】


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