5-4
「……だからと言って、謝罪で済むような話では無いだろう」
クレスにとってフレイが事の経緯を語る姿勢は、謝罪と反省の色が無いようにしか見えない。
その上クレスの感情を逆撫でするように、ステラがフレイの味方につく現状が更に怒りの沸点を押し上げる。正体を明かしても、ステラの関心は自身に傾かない。その事実がクレスの心に無数の針を刺し続ける。痛む心は混乱を来たし、ただフレイを嫌悪する事しか出来ない。そんな複雑な心境のクレスを終始観察したジュノーは子供に戻り、澄んだ表情のまま口を割る。
「ステラ、クレス、よく聞きなさい。私とフレイも同じく一卵性双生児の双子よ」
「えっ……、フレイとジュノーも?」
ステラはこの事柄に置いても初耳だ。しかしステラは言葉の意味を深く理解しないまま、次々と明かされる事実にただ困惑しているだけ。正常な衝撃を受けているのはクレスだろう。
「まず、私たちと貴方たちの違いは【子を授かれる】か【子を授かれない】事よ」
ステラとクレスは思わず顔を見合わせる。ジュノーの言葉で更に混乱が増したようだ。
「大切な事だから真剣に聞いて欲しいの。ステラは卵子、クレスは精子が存在していないわ。これは【生物的性別】と【科学的性別】が真逆に機能した事が原因で、複雑な遺伝子を受精卵に無理矢理嵌めた事から、起こるべくして起こった突然変異と私とフレイは認識しているの」
驚くクレスが反論しようとするが、間髪入れさせないジュノーの衝撃的な話は続く。
「それを元にクレス、貴方は科学的には女性よ。でも女性生殖器は存在していないでしょう。これは性染色体に異常を招き入れた事で、通常の体内錬金では《早期流産以外の選択肢を持たない存在》になるわ。人口授精で有ろうか無かろうかなんて関係なく、私たちの血を受け継ぐ者として、最高水準の体内で《誕生不可能だった命を紡いだ》のだから……」
本来、クレスがステラと共に生まれ出る必要など微塵も無かった。
それはただでさえジュノーが一つの命を授かる事すら困難というのに、有ろう事か双子を授かるともなれば、その負担は想像を絶する。何よりジュノーにとってクレスの遺伝子は凶器以外の何物でもなく、未知の染色体変異を身体にねじ込み、強引に書き換えたものを体内に残留させる行為こそ、何かを互い違えば赤子の骨格から心身の形成は勿論、母体となるジュノーの脳や心身にも重篤な影響が及んでも、特別不思議な障害では無かったのだから。
「ふん、なるほど。だから俺とステラでは生産性が無いと言いたいのか」
物分かりの良いクレスは、自分たちの性を皮肉ってジュノーに投げ返す。
「威勢が良いのは歓迎ね。それから貴方はステラの、まぁ、弟と言う事になるわ。本来ならステラの方が先だったのよ。貴方のナンバーと数字が表すように……」
ジュノーがゆっくり指差す先はクレスの首元。思わずフレイたちも注目する。
この雰囲気から隠す必要性を感じないと判断したクレスは、勢いに任せて赤いバンダナを無言で剥いだ。露わとなった首には斜めに大きく歪んだ形で、黒く【№04】の刻印が現れている。
バンダナは顔を隠す為ではなく、この派手な首元を隠すカモフラージュだったのだ。
こうも目立つのは、煮えたぎる敵視からジュノーを睨んだ、むき出しの感情のせいだろう。
「威嚇するのは良いとして貴方。体内に大量の武器を隠し持っているでしょう。微かに硝煙の匂いがするのよ。この配分ならとっくに致死量は超えているはず……」
間髪入れさせないジュノーの発言に、これ以上の翻弄は勘弁と言わんばかりのクレスは、降参したかのように体内に秘蔵している武器を取り出していく。体内の細胞を一度分解して再び繋ぎ合わせては、次から次へと出現させていく刀から剣、銃、そして弾丸の数々。
その数と種類はあまりに豊富で、これら全てを使いこなしているのかと思うと、クレスの潜在能力は想像を超える異次元と判断してもおかしくない。
何より武器を体外へ出せば出すほど、クレスの身体つきやその背丈も縮んでいくのだから。
ほぼ全ての武器を取り除くと、最終的にはステラの知る少年へ変貌を遂げた。身体が子供へ変化して行くほど、クレスの№04の刻印は徐々に消えて無くなり、最後は真っ新なまま。
これもクレスの正体の一部であり第二の姿。クレスの場合、
ただフレイたちと環境や能力に接点が多い事で、脳や心身の拒否反応は限りなく低く、ステラと共に誕生出来る人物としてクレスが最も適任であり、決して人選は間違っていない。
「これ気も収まっただろうよ、お袋さん?」
「あら、口答えだけは立派なもので感心するわ」
この二人が放つバチバチの閃光ほとばしる様は、危険な香りを誘発させている……。
ステラとクレスの
それ故、似て非なる点は【物体の分解・結合に特有の制約がある】事。
《ステラは自身への異物混入が不可能な代わりに、人から人への臓器の抜き入れを可能とし、極めて高度な移植手術を行う事が得意》
《クレスは他人への異物混入が不可能な代わりに、自身を対象に異物の抜き入れを可能とし、無限の抗体を体内で精製する事が得意》
元来、
だからこそ魂は共有するように互いを求め、例え互いを知り得なくとも必ず出会う宿命にある。それが味方であろうと、例え敵であろうとも……。
「二人とも、今日はこの辺にしようよ!」
ジュノーとクレスが誘発する危険な雰囲気に、紅塗りのフレイは堪らず口走る。
その言葉で燃える嫉妬の炎は再びフレイに傾いた。知らぬ顔でステラと密着するフレイを、今、この場で、知らぬふりをして許せる余裕はない。何よりこの状況下でもステラを無理に離さないフレイの対応が、日常化している事を故意に見せつけているようで尚憎々しく思う。
「フレイを虐めないで! フレイは私の大切な人なのよ!」
爆発寸前のクレスの怒りはステラの一言で突然鎮火する。この発言一つでクレスに対する存在の重要性、好感度、優先順位に至るまで、フレイより劣ると言い表したも同然だからだ。
「ま、まぁ……、クレスも僕たちの所に来ないか?」
優しさを示したフレイだが、クレスは無言を貫き、散乱した武器の数々を静かに片付ける。
ただ流石に完全に無視はしきれず、か細い声で謝罪の念を呟くと、残った武器を抱え込み、神妙な面持ちで忌々しいこの場を急かされるように離れて行った。
「クレス! 待って!」
「止めなさい! 貴方が行くと事が余計におかしくなるだけよ!」
ジュノーの言葉はフレイの心臓にぐさりと刺さる。対して、黒い腹の内でパズルを確実に当て嵌めるジュノー。去ったクレスの方向を見つめ、冷静な考えを巡らし、冷たい表情を隠す素振りも見せず、故意に複雑化させた迷路へ自ら飛び込み、次の未来を見据えている。
様々な感情渦巻く世の中、正解だけを求められる戦いは不義理な試練の連続で、無条件の慈悲を捧げる義務に対して人知れず尽力もした。世に降り積もる悪害は、人間の汚点そのもの。
この世に置かれた生死のカラクリを、隅々まで精通したジュノーに一切の抜かりはない……。
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