5-3
――――……回想に耽る昔の記憶。
それはジュノーとフレイだけが織り成す、桁違いの
『ジュノーは素顔を知られない為に退化した形の一つ』
『フレイは身体的能力を生かす為に進化した形の一つ』
これは毛髪を余すことなく活用できるよう採用し続けた、常に対極に鎮座する二人にとって最も重要視している能力であり、常に混乱極める世で生き抜くための生命線にある。
毛髪が紡いだ二人の能力はこれで収まらない。柔らかな毛髪は全て筒状となっていて、その中には《エナメル・シルク・キュプラ》が常備されており、主に衣服着用として活用されている。ただフレイのエナメルに至っては、更に筒状に形成されており、中心を通るのは不純物の無い
そんなフレイではあるが、圧倒的戦闘能力や自然治癒力に恵まれていても、科学的にも生物学的にも〈女性〉へ区分されている。勿論フレイは男性的感情の意識が高く、事実少年の姿も、紅塗りの形さえ男性意識が大いに反映されている現実は、決して無視する事が出来ない。
では生粋の男性であるはずのフレイが、何故女性へ分類されてしまうのか。
その真相は二人の生態が、母体なる№00と同様に〈両性〉という点が要因に挙げられる。
共に機能する男女の生殖器を体内に所有し、精子・卵子共に一つずつ温存している事から、否応なしに女性へ分類されている。何より性染色体は全てⅩ染色体とし、遺伝子が女性を示すのだ。これは当時№00の進化が最高値に到達しないまま受精卵分裂を行い、女性としてのジュノーの性を最優先したが故に発生した現象であり、早急な判断を迫られた№00の苦肉の策。
つまり例えフレイの心身が異議を訴えようとも、女性に分類された事実は決して覆らない。
そしてその後、更に長い年月を経て誕生するステラだが、唯一ステラを宿すための遺伝子を持つジュノーが子を孕む身体の変化は、【死】の直結を意味している。母体としてのジュノーの身体は正常に機能しない事が原因で、満足に腹が膨れないのだ。それは安定期を迎える事すら危ういものとされている。元来、ジュノーたちが〈生命を宿す〉と言う行動の意味には、命の危機が迫った時、己の命と引き換えに受精させる最終的且つ超古典的な自然現象としている。
ほぼ全ての条件を満たした№00の場合、フレイと同じく驚異的な自然治癒力を発揮する事で、命を落とす事無くジュノーとフレイを産み出せたが、ジュノーに同条件は望めない。
そこでジュノーは科学と医学を用いて、受精卵が胎児となる瞬間まで体内で育てると、帝王切開による手法を取り入れ、極めて生存が困難なステラを現代に誕生させる事に成功させた。
それは本能で知る自然の摂理を、自身の手でこじ開けたジュノーの綿密な計算と命を賭けた覚悟の賜物でもある。それにより手のひらでも余るほどの大きさで、通常なら正常な成長は絶望的な超低出生体重児のステラが、この世に息を吹き返した瞬間でもある……。
そんな知識豊富で勇猛果敢なジュノーが、己の意思で毛髪を自由に操れるのは【脳内が子宮としての役目を持つ】事で成り立つ、超自然的能力がカギとなる。それは《大量の卵子を単細胞化させて毛髪に組み込んだ》のが特徴で、《微細構造の毛細血管を巡らせて、動物ほどの知能を与えた事により、柔軟な命令にも対応可能》にしたのが、この能力の利便たるもの。
一個人として全ての毛髪に個性や特性が存在していて、如何にこの特質を最大限に引き出せるかがジュノーの采配によって決まる。確かな指導力を持つジュノーには適任と言える。
変わってフレイはその真逆で、【精子が毛髪となった】と言う例えが分かりやすい。
それは《毛髪が植物程度の意思を持ち、特に生命維持に対して活発化》する傾向がある。
よって《生命の危機を感じると、自己再生活動の活発化が尋常ではない》。それがどんな負傷も驚異的なスピードで回復出来るのが最大の特徴だ。但し命令は一切行えないのが大前提であり、その制約の影響は決して軽視出来ず、寧ろ大きなしこりとして重く圧し掛かっている。
そして肝心のステラだが、ジュノーとフレイの身体の仕組みとは異なる形状で出来ている。
《ジュノーたちが生み出す者だとするのなら、ステラは作り出す者》と言えよう。
それは【海と陸】、【自然と科学】、【女と男】の違いと言うように、この三人の中で男性的性と言うのなら真っ先にステラが選出される。ステラの遺伝子にはY染色体を構成させており、男性を示しているからだ。しかしステラは《男性生殖器を持ち合わせていない》特殊な性の持ち主である。生物学的には女性、科学的には男性と、性が混じる事無く綺麗に二分化されていて、男性的性が影響を与える男性ホルモンさえも、分泌されたところで丁寧に取り除かれ排出されて、女性ホルモンの割合を極端に高めている。これは超越した進化の結実であり、特殊な力と構造が引き起こした、表向き突然変異という名目の計画的で高度な体内錬金の賜物である。
そんなステラの誕生を今か今かと待ち構え、喉から手を出すほどに欲する人物こそ、世界を混沌へ追い込んだ最大の元凶であり、この世で最も愚かで最凶名高いアイリーンだ。
芳醇な甘い汁を浴びるように貪った、贅沢や栄華を極めた輝かしい記憶が忘れられず、その栄光を再び手中に収める為、最も最短で、最も確実な方法だけに尽力する〈未来人〉のアイリーンが、自身の楽園の起源となるステラの誕生を、虎視眈々狙うのは想像に難しくない。
厄介だったのが、この時既にアイリーンは現代の空間の仕組みを探り寄せた後であり、桁違いの輪廻を廻る術も会得していた事から、
得意分野である細菌やウイルス、微生物の至るまで支配をほぼ完了させて、アイリーンの脅威は深く手広く狡猾に進められ、有無を言わさず他者への憑依も可能にさせていた。
何よりステラが超未熟児なら尚の事都合が良く、憑依はより計画的で確実性に飛んでいる。
そんな不遇なステラを守るために、身代わりとして抜擢されたのがクレスである。
どのような状況下であろうと《ジュノーが産む子はステラ》である現実を、未来人のアイリーンは殊の外精通しており、クレスを同時に宿す必要が必然となっていた。流石にアイリーンを誘い出すための綿密な計画が、空間と時空を超えて行われていた事実を知る由もない。
ただし、フレイは帝王切開及び縫合手術には一切関われない。
フレイはステラ以上に《アイリーンと合致する細胞と精神を保有》しているからだ。心身を乗っ取られる事はないが、フレイ経由でステラの誕生を吟味されては計画が水の泡となる。
元々フレイの細胞から創造された地獄を活用した事で、強化したアイリーン独自の特殊細胞は、膨大な時間を有効活用しながら途方もない研究によって未知の細胞分化も成功させた、不可能を可能にした悩ましき生命体。つまり地獄という定まった空間と環境を母体にして、成長過程に適合及び順応までさせ、気が遠くなるほどの輪廻を廻る事で得た身体は、難易度の高い進化を尽きる事のない欲望で開花させたのだ。つまりアイリーンは稀に見ぬ偉才でもある。
そんな厳しい条件の中、一人生死の境を彷徨いながら素早い判断を求められたジュノー。
アイリーンは予想を裏切る事無く、先に誕生させたクレスの体内へウイルスとして侵入、完璧な乗っ取りを成功させたが、急速に侵食されるクレスの身体は全身を緑に染め、新生児ならぬ男声と超低出生体重児とは到底思えない素早い動作で、呻きながら地を這う奇行を見せて逃亡して行った。クレスはアイリーンにとって相性の悪い、不味い食べ物そのものだからだ。
その後フレイはアイリーンを追跡したが、時代は多くの生物が行き来する環境になった頃。
遺伝子が一切合致しないクレスを、アイリーンは早々にこの荒野の大地か、広大な大海原に捨てた恐れも考慮して、広範囲に及んで捜索を行うも虚しく、発見には至らなかった。
この事件も相俟ってクレスに対する懺悔からか、ステラに対して愛情は深まる一方で、ステラをただひたすら可愛がったのも、この負い目があったからかも知れない……――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます