OLが異界転生してみました

恵美は、短大を卒業して、ごくごく普通の会社に内定をもらって、総務として働いていた。恋愛経験がほとんどない彼女が夢中になったのが、同じ職場の、彼。五つ年上の彼と半年ほどの職場恋愛。このまま寿退社と思っていた彼女を待っていたのは、今年の四月に入ってきた新人の女の子にその彼をかっさらわれるという血も涙もない鬱展開。


女神「おはよう、恵美」

恵美「そりゃそうよね。ふわふわカールのお姫様みたいで、若くてかわいらしい彼女。私と言えば地味でドジで要領悪く、職場でもいい所なし。まじめだけが取り柄の私に押し付けられた残業は遅々として進まず。涙にくれ、やけくそになって職場を抜け出しコンビニで買ったワンカップを煽ってふらふらと横断歩道を渡っていた私。その目の前に迫るトラック。体にものすごい衝撃を受け、宙を舞った私の意識はそこでふっつりと途切れた。そして今なぜか荘厳な神殿の前で、白いガウンをまとったキラキラした女性に話しかけられている」

女神「私は女神ネフィリム」

恵美「ええと、ごめんなさい、夢?」

女神「いいえ、あなたは不幸な事故に巻き込まれたのです」

恵美「そうか、あの時…トラックにはねられて、私…死んだのね」

女神「いいえ、まだ死んではいません。その淵をさまよっているのです。本来ならそのまま死後の世界へ旅立つわけですが…」

恵美「ですが?」

女神「あなたは運がよろしいですわ。神々の采配によって、あなたは次の三つの選択肢から行き先を決めることができるのです」

恵美「神々の、采配…?」

女神「一つはこのまま天の国に召されること。下界での全てを忘れ、面白おかしく過ごすことができます」

恵美「天国かぁ…。いいところなの?」

女神「そりゃ、天国ですから」

恵美「ま、生きててもいいことないだろうし…」

女神「では、天国行きにしますか?」

恵美「いや。いやいや、ちょっと待って。私、トラックに跳ねられたのよね。これって、いわゆるそういう展開、あるんじゃないの?選択肢三つあるって言ったわよね。もしかして選択肢の中に、入ってるんじゃないの?あれが!」

女神「二つ目の選択肢は、アテナディア王国の第三皇女として、今の記憶と知識を持ったまま転生することです」

恵美「キター!マジで?本当に?本当に異界転生?今流行りの?」

女神「アテナディア王国の第三皇女として生を受け」

恵美「アテナディア?知らない名前ね」

女神「そりゃ、あなたの生きていた世界とは違う世界線ですから」

恵美「皇女、ってことは、偉い?」

女神「ええ、王位継承権第三位ですから、そりゃもう」

恵美「悪くないわね…いえ、待って。第三位ってことは、上がいるのよね」

女神「ええ、兄と姉が」

恵美「嫌よ。王位継承権を巡って二人から命を狙われ続ける毎日なんて」

女神「それは大丈夫ですわ。兄は体が弱く王位を継ぐ前に亡くなります。姉は隣のエンディラ帝国の王子と駆け落ち予定なので、しばらく待っていればあなたが王女となりますの」

恵美「王女か…あ、でも戦争ばっかりの国も嫌よ」

女神「周辺は穏やかな国ばかりです。戦争はもう三百年ほど起こっておりませんわ」

恵美「…転生後の私、美人?」

女神「それはもう。アテナディア第三皇女と言えば国内だけでなく、周辺国の王子からのお誘いがひっきりなし、その中でも指折りの美形だけを集めたIOG48は…」

恵美「なにそれIOG48って」

女神「イケメンの王子のグループ48人」

恵美「48って多いわね!周辺国どれだけあるのよ!」

女神「でも選り取りみどりですわよ。ほら、こんなメンツ」

恵美「あ、スマホ?なに、待ち受け画面にしてるの?」

女神「この前のライブ、神様特権でスタッフに憑依して至近距離から撮影しまくり」

恵美「盗撮じゃないそれ。(スマホを見て)…ほう。ほう。ほほう。ほほほう。…イケてるわね。イケメンじゃないみんな」

女神「特に私の一押しは炎の王国の王子ボンバ様。燃えるような赤い髪、力強いその視線に女神一同メロメロですのよ」

恵美「私はこのちょっとかわいい系がいいなぁ」

女神「ああ、エルフとのハーフで、水の国の王子ミヒャエル君ですね」

恵美「見た目はどう見ても小学生だけど」

女神「でも彼、百歳を超えてますのよ。ハーフエルフですから」

恵美「百?…はー。さすがファンタジーの世界」

女神「あなたはこの四十八人のイケメン王子たちに取り囲まれながら楽しく王国ライフを満喫するのです」

恵美「最終的には誰かを選んで結婚するのね。あー、選べないかも」

女神「であれば全員と結婚することも可能ですわよ。あなた、王女なんですから。国の法律を変えてしまえばいいのです」

恵美「あー。なんでもありなのね」

女神「王女ですから」

恵美「朝小鳥のさえずりで目を覚まし、市営のプールより大きな大理石のお風呂でのんびりして、48人の中から毎日一人ずつデートして、ドラゴンの背に乗って空をドライブしたり、湖のほとりでイケメンの弾く楽器と甘い囁き…」

女神「なんでも叶うわ。あなたは、王女様、なんですから」

恵美「決めた!私転生する!…あ、待って」

女神「まだ何か?」

恵美「一応最後の選択肢を聞いておきたいんだけど。三つあるって言ってたわよね」

女神「最後の選択肢…今更?」

恵美「人の話は最後まで聞くもんだって母さん言ってた。念のため」

女神「…最初にお伝えした通り、あなたはまだ死んでいません。最後の選択肢は、あなたが病院のベッドの上で意識を取り戻す事」

恵美「ああ、なるほど。そうか、まだ死んでないんだ、私」

女神「戻りますか?…あの退屈で、灰色の世界に」

恵美「…戻っても、彼はいないんだっけ。…あんなに大好きだった彼は、もういないんだ」

女神「その通り。そんな世界よりも、王国の楽しい生活が待っていますよ。さあ、私の手を取って。行きましょう。さあ。…どうしました」

恵美「…やっぱ戻るわ、私」

女神「戻る?」

恵美「天国へも、王国へも行かない」

女神「どうして?あなた、異界転生できる人間なんてめったにいないのよ?それもこんな好条件の…もしかして、まだ何か不満がある?だったら言ってちょうだい、女神の力でかなえてあげるから。さあ」

恵美「残業が終わってないの思い出したのよ。私、終わらせますって言って引き受けたの」

女神「残業?…呆れた。そんなのどうでもいいじゃない。全部忘れて、素敵な王国ライフが、王子たちとのハーレム生活が待っているのよ?」

恵美「でも、任された仕事なの。死んでしまってもう戻れないって言うなら仕方ないけど、戻れるなら、やらなきゃ」

女神「…いいのね。もう二度とない機会なのよ。異界転生なんて」

恵美「うん、それにね」

女神「なに」

恵美「…お父さんとお母さん、悲しませたくないなって、思った」

女神「本当に、いいのね?…勝手にしなさい」


それまでの神々しい雰囲気から一転、突然吐き捨てるように女神はそう言い捨て、先ほどまで差し伸べていた手でどんと恵美の胸を押した。バランスを崩して後ろに倒れた彼女は、その背後の地面にいつの間にか開いていた穴にどこまでも落ちていった。落ちながら、彼女は女神がスマホで電話をかけているのを見た。


女神「もしもし?ネフィリムだけど。ああ、失敗よ失敗。そっちへは行かないわ。彼女、今頃ベッドの上で目を覚ましてるわよ。…あんたが、甘い餌ぶら下げれば人間は誰でも飛びつくって言ってたんでしょ?あたしの失敗じゃないわよ。…人間の願望が作り出した世界、でもその世界で死んだあとはその魂は地獄行き。これはそういう取引。…今はやりの異界転生ってのは、悪いアイデアじゃないと思うわよ。実際途中までは完全に行くつもりになってたんだからさ。あ、また人間の魂が来た。大丈夫、今度こそうまくやるわよ。それじゃ、また」


おしまい

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牧本露伴のSF小噺 牧本露伴 @makiro9999

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