第21話 またどこかで会いましょう

「サラサさん。すっかりお休みですね」


 ミドリの家の離れに到着した頃には、サラサは鵺の腕の中で寝息を立てていた。涼風が布団を引っ張り出してくると、鵺はその上にサラサを静かに寝かせた。


「今日は朝からずっと動いていたからな。元気に振る舞ってはいたが、相当疲れていたのだろう」


 サラサを起こさないように小声になりながら、鵺は優しく掛け布団をかけてあげた。今日は朝から街道を移動し、大して休憩もせずに山へと入った。そこに真紅眼で禍津獣を見た疲労も加わり、何よりも時間帯も夜遅い。泥のように眠ってしまうのも無理はなかった。


「僕は早速、欽慕草を使って薬の調合に取り掛かります。鵺殿もどうか休んでいてください」

「私に睡眠は不要だ。せっかくの機会だから薬の調合とやらを見学させてもらうぞ」

「少し緊張しますが、そういうことならば喜んで」


 採取してきた欽慕草や元から所持していた薬草などを布に広げて、涼風は薬の調合へと取り掛かった。



「驚くほど体が軽くなりました。昨日まで不調が嘘のようです」

「毒が完全に抜けるまではまだ数日かかりますが、これでもう安心です。毒が抜けた後は、落ちた体力を少しずつ戻していきましょう」


 翌日。涼風の調合した解毒薬を飲んだミドリは目に見えて顔色がよくなっていた。欽慕草は禍津獣の毒気に対する特効薬として絶大な効果を誇り、これで命の危機は脱することが出来た。


「涼風様。何とお礼を言ったらよいか」

「僕だけではこの薬を完成させることは出来ませんでした。薬草の採取に協力してくれた、鵺殿とサラサ殿のおかげです」

「いえ。私はそんな」

「全ては涼風の薬師としての知識があってこそだ。私のしたことは雑用程度だ」


 謙遜だとは思うが、禍津獣と戦うことを雑用程度と言い切る鵺は流石だなと涼風は心の中で苦笑した。あるいは鵺にとっては本当に大したことでは無かったのかもしれない。


「鵺様とサラサ様にも心から感謝申し上げます。お二人と涼風様のおかげで、こうして命を拾うことが出来ました」

「ありがとう。お姉ちゃん。お兄ちゃん」


 ミドリとユカリからの感謝の言葉にサラサは頭を下げ、鵺は照れ臭いのか壁の方を見て頬を掻いていた。サラサと出会って以来、人間から感謝される機会が増えたが、この感覚にはどうにもまだ慣れず、むず痒い。


「涼風様。お母さんを治してくれてありがとう」

「ユカリさんもよく頑張ったね」


 日に日に弱る母親を見ているのは辛かったに違いない。感謝と安堵とに、ユカリの目には涙が浮かんでいた。そんなユカリの背中を涼風は優しく撫でてあげた。


「本当に良かった」

「そうだな」


 二人の姿を見てサラサもまた涙ぐんでいた。ユカリが自分のようにならなくて良かった。母親を病気で喪う悲しみを背負わずに済んだ。微力ではあるが、その助けになれたことが嬉しかった。サラサに頷き返し、鵺はその手を優しく握った。


 ※※※


「もう行ってしまわれるのですか? もっとゆっくりしていっても」

「私ももっとお姉ちゃんたちともお話ししたいよ」

「ごめんなさい。今日中に宿場町につかなければいけなくて」


 その日の午後には、鵺とサラサはあさき村を発つことにした。旅の行程もあるし、サラサの真紅眼を隠しながらの旅でもあるので、一つの場所には長く留まれない。優しい親子だし、もしかしたらミドリとユカリなら受け入れてくれるかもしれないが、他の村人がそうとは限らない。そうなれば今度は妖や真紅眼を招いたとして、二人が白い目で見られてしまうかもしれない。いずれにせよ、長居しない方が賢明だ。


「また遊びに来てね」

「はい。必ず」


 サラサはしゃがんでユカリと目線を合わせ笑顔で頷いた。生きてさえいればまたいつだって会える。だから別れだって寂しくはない。


「鵺殿とサラサさんを見送ってきます」


 解毒薬が効いているとはいえ、ミドリはまだ歩けないので、涼風が二人を街道を送っていくことにした。


「僕はもうしばらくだけここに留まります。薬師として、ミドリさんが回復するまではしっかり見届けないと」


 それが終われば、涼風もアサキ村を発つ予定だ。ユカリは悲しむだろうが、妖である以上やはり一つの場所に長居は出来ないし、修行の旅もまだ夢半ばだ。


「大したお礼も出来ませんが、こちらをお持ちください」


 そう言って、涼風は丸薬が入った巾着袋きんちゃくぶくろを鵺に手渡した。


「これは?」

「僕が作った特製の丸薬です。飲むと自然治癒力が上がり、一時的に体力を回復する効果があります。鵺様には不要でしょうが、人間のサラサさんもご一緒ですし、万が一に備えて」

「ありがたく受け取っておこう。無論、サラサのことは何があっても守り切るがな」

「涼風様。私の身を案じてくださりありがとうございます」


 名残惜しいが涼風ともこれでお別れだ。鵺とサラサはそれぞれ涼風としっかり握手を交わした。


「さようなら、涼風様」

「達者でな涼風。彼者誰ノ里にも、良い薬師がいると伝えておく」

「またどこかで会いましょう。風がきっと僕らを導いてくれます」


 街道へと出た鵺とサラサが見えなくなるまで、涼風は手を振ってその背中を見送った。涼風が鵺に渡した回復用の丸薬が後に、世界を変えるきっかけになるかもしれないことは。まだ誰も知らない。

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