コイノオワリ



 休みが明けて、始業式。前回の練習の日に一段落ついたものの、わたしの心が晴れるわけはなく、ずっと胸の奥がモヤモヤしてる。あれから、加瀬くんと美緒ちゃんは、何回会ったのかな? それから……。


「立原」


「わ……!」


 声のする方を見ると、わたしの席の横の廊下の窓に、遊佐くんが。


「どうしたの?」


「加瀬、いない?」


「えっと……」


 一応、あたりを見回してみる。


「いないみたい、だね」


「なら、おまえでいいや。明日は時間厳守で、2時集合だって」


「そっか、合同ライブ。場所は、どこだっけ?」


「視聴覚室」


「あ、そうだったね」


 なんとなく、遊佐くんの顔を正面から、じっと見つめてしまう。


「何だよ?」


 いつもの、おっくうそうな遊佐くんの顔。だめだ。どうしても気になって、しょうがない。


「あの、この前の子」


「誰のこと?」


「ほら。練習帰りに門の前にいた、後輩っぽい可愛い子」


「ああ」


 思い出したようすの遊佐くん。


「その……どうなったかと思って」


「考え中」


「ええっ?」


 遊佐くんの答えに、ついつい、大きな声が出てしまった。


「その反応、おかしくないか? 今の流れで、どこに驚く要素があるんだよ? 」


「や、だって……遊佐くんは、てっきり女の子が嫌いなものかと」


「そんなわけないじゃん。好きだよ、べつに」


 遊佐くんが、バカにしたような笑みを浮かべる。


「あの女の子とか?」


「そうだな。可愛いし、ここにいる誰かみたいにクセもなさそうだし、いいね」


「ここにいる誰かって、まさか」


 わたしのことじゃないよね?


「多分、予想どおり。じゃあ、加瀬に伝えといて」


「ちょっと、遊佐くん! 今のは、どういう……」


 遊佐くんは勝手に話を切り上げると、さっさと自分の教室に戻っていってしまった。


「…………」


 まあ、そっか。たまたま、美緒ちゃんとは合わなかっただけなわけで。遊佐くんも、可愛い子のことは可愛いと思うんだろうし、その子のことを気に入れば、もちろん、つき合ったりもするよね。


 そんなの、当たり前すぎる話なんだけど、一人だけ置いていかれたような、寂しい気持ちに……と、そのとき。


「あ、加瀬くん」


 加瀬くんが、教室に戻ってきていたことに気づいた。遊佐くんからの伝言を思い出して、声をかける。


「ん……何?」


「さっき、遊佐くんが来てね。明日は、2時に視聴覚室に集合だって」


「ああ……合同ライブだよね。わかった」


 なんだか、心ここにあらずな感じ。


「加瀬くん? 何か、あった?」


「立原」


 不意に、改まった雰囲気。


「うん? 何?」


 予測不可能な展開に、緊張しちゃう。


「あのさ。結局のところ、立原と遊佐って……」


「わたしと、遊佐くん?」


 わたしと遊佐くんが、どうしたんだろう? 次の言葉を待ってると。


「いやいや。何だかんだ、バンドもいい感じになってきて、よかったよなあって」


 いつもみたいに、ふわりと加瀬くんは笑った。


「明日、2時ね。了解」


「あ、うん」


 わたしの視線を避けながら、一方的に会話を打ち切ったような気がする、加瀬くん。何か言いたそうにも見えたんだけど、むし返せるような雰囲気でもなくて、このときの加瀬くんは、わたしの心の奥に変な後味を残した。






 合同ライブ当日は、朝からドキドキしていて、授業中も上の空だった、わたし。演奏、うまくいくといいなあ。他のバンドの演奏も楽しみだし、一年のときの学園祭を思い出す。


 そうだった。あのときは、ステージの上で見た加瀬くんと、自分も同じ場所に立てることになるなんて、想像もできなかったよね……なんて、今は、そんな感慨に浸っている場合じゃなかった。


 会場のセッティング、わたしも手伝わなくちゃ。殺気立った教室の中を見回してみると。


「…………!」


 端の方で大きなプログラムを書いている、見覚えのある女の子の存在に気づいた。この前、遊佐くんに告白したであろう、あの女の子。軽音部だったんだ。と、そのとき。


「ぼさっとしてないで、働けよ」


 そう言って、後ろから大きな手で、わたしの頭をつかんできたのは。


「ご、ごめんなさい」


 やっぱり、遊佐くん。


「わたしは、何すればいいの?」


「見てみろよ。もう、ほとんど終わってるだろ?」


「わ。たしかに」


 ぼんやりしてるうち、いつのまにか! こんなだから、いつも遊佐くんにバカにされちゃうんだよね。


「そうだ。最後だってさ」


「何が?」


 バツの悪い気持ちで、遊佐くんに聞き返すと。


「俺ら」


 遊佐くんは、さらっと教えてくれたんだけど。


「ええっ?」


 それは、さすがにじけづいてしまう。とはいえ。


「大丈夫。誰も、おまえには全く期待してないから」


「な……」


 いつもの遊佐くんの憎まれ口に、何かしら反論しようとした、そのとき。


「遊佐先輩」


 遊佐くんを呼ぶ、可愛らしい声。例の女の子だ。


「遊佐先輩たちのバンド、名前決まりました?」


「そうだ。忘れてた。ラモーンズ・バンドって、書いておいてくれる?」


「そんな適当で、いいんですか?」


 クスクスと笑う、女の子。


「若松は? 今日、何か出るの?」


「わたしは、桜ちゃんと二人で、弾き語りするんです」


 まだまだ、会話は続きそう。居心地の悪さを感じて、その場から離れる。というか、遊佐くん。普段のわたしへの対応と、わたし以外の女の子への丁寧で優しい受け答えの差は、いったい……と、その瞬間。


「ひゃ!」


 いきなり、ギターの爆音が教室の空気を裂いた。最初は、先輩のバンド? いつもの練習とは全然違う、体中に響く音。すごい……!


「立原」


 轟音の中、隣に立っていた、加瀬くん。


「聞いた? 最後だって」


「うん!」


 音にかき消されないように、声を張り上げて答える。そうして、音の洪水に、しばらく気持ちよく身を任せていると。


「行こう、立原。今日は、思いっきり叩けよ」


 加瀬くんに勢いよく手を引っ張られて、わたしもステージの上へ。先にステージに上がっていた遊佐くんが、わたしを見て、少し笑う。


 ドラムのカウントを気持ちよく響かせて、まずは、いちばん最初に練習した、『電撃バップ』。信じられないくらいに、ぴったり決まった。次の曲も、また次の曲も、一体となった音が、わたしの胸をドキドキさせる。


 ねえ、加瀬くん。わたし、加瀬くんを好きになって、よかった。想像もできなかった、こんな気持ちを味わえるのは全部、加瀬くんのおかげだから。そして、演奏が終わって、遊佐くんと加瀬くんへの歓声が飛び交う中。


「璃子、最高!」


 一人、わたしの名前を呼んでくれる美緒ちゃんの声を、わたしは聞いた。






 片付けも全部終わって、しんとしてる。さっきまでの空気が嘘みたい。まだ、しばらくは、この教室の中で余韻に浸っていたいけど……。


「立原」


 近づいてきた、足音は。


「遊佐くん」


「もう、ここ、鍵閉めるんだけど」


「そっか。ごめん」


 いつのまにか、教室にも廊下にも、人影は見えない。


「今日は、楽しかったなあ。本当に」


「まあ、あんなもんだろうな」


 ドアに鍵をかけながら、遊佐くんが息をつく。あっさりしてるなあ。そんな遊佐くんが、ちょっぴり不満。


「それより、加瀬、見なかった?」


「ううん。こっちには、来てなかったけど」


「じゃあ、部室か……あ、それと」


 少し考えてから、遊佐くんが続ける。


「これから、加瀬とファミレスにでも寄るんだけど」


「あ、うん」


「来る?」


「いいの? 行く!」


 もちろん、力を込めて即答する、わたし。校舎を出ると、外は薄暗い。


「あー、疲れた」


 部室棟に向かって歩きながら、遊佐くんがぼやく。


「そう? 前から思ってたんだけど、体力ないんじゃない? 遊佐くん」


 いつも、疲れたばっかり。


「なんで、そんなこと、おまえなんかに……あ」


「どうしたの?」


 部室のドアを開けた途端、小さく声を上げた遊佐くんに、わたしも反応して、中をのぞき込む。そこで、視界に飛び込んできたのは。


「え……?」


 さっきまで、遊佐くんと他愛のない話をしていた、のんきなわたしには、とうてい信じられない、信じたくない状況。


「わああああ。遊佐と、立原まで」


 あせったようすで、美緒ちゃんから離れた加瀬くん。そして、気まずようなに目をそらしてる、美緒ちゃん。


「…………」


 加瀬くんと美緒ちゃん。そこで、キス……してた、よね?



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