game 82. 満月に願いを


 薄雲を透かして、まん丸お月様が煌々と輝いている。


「そうか。今日は満月だね」


 シオンの言葉に、ノラも振り向いて空を仰いだ。月はちょうど二人の間辺りに浮かんでいる。


 月って、こんなに黄色かったんだ。

 それが最初に抱いた感想だった。


 月は黄色。桜はピンク。子供の頃に持っていたイメージは、当時のお絵描きに原色以外の選択肢が無かったせいだろうか。それとも、感性の違いか。

 いつの頃からか、気付いてしまっていた。どちらも案外、白っぽいものだと。


 でも今宵の月は、たしかに黄色い。

 黄色くて、丸くて、綺麗だ。


 そんな小さな発見が、なんだか嬉しい。今日は帰ってきてから良いこと続きだ。昼間、大学でちょっと頑張ってきたから、そのご褒美かな?


「じゃあ、月に向けて、何か抱負をどうぞ」


 ノラが串に刺さった白滝しらたきを、インタビュアーのマイクのようにしてシオンの口元に向けていた。


 だが、世の中には冗談の通じない相手というのがいる。シオンがそれだ。


「そういうのは、やるならキチンとやりなさい」


 シオンはすげなく白滝を押しのけて席を立った。

 そしてチェアを持って、カイの横へと移動する。

 その意を汲んだノラも、椅子と一体化したまま反対側から悠馬のほうへと詰めてきた。おでん鍋を半円に囲って、四人は満月と向き合った。


「ノラ、キミからだ。ほら立って」

「え、……抱負?」


 突然矛先をかえされたノラは、戸惑いながらもまだ手に持っていた白滝と共に立ち上がった。悠馬は横目に見ながら気が気でない。これって、自分にも回ってくるってことじゃないか!?


「まあ、難しく考えなくても、“願い事”くらいでいいんじゃないかな。抱負なら、公言せずとも粛々しゅくしゅくと実行に移せば良いのだし」


 シオンの言葉は、負担を軽くするものか重くするものか。


「満月の力が、成就を助けてくれるかもしれないよ?」


 月の光を浴びて妖しく笑う。


 ノラは白滝の串をマイク替わりに月を見上げた。


「えーと……、世界が平和になりますように」

「つまらない」

「面白くない」

「え……」


 二人から速攻でツッコミを受けたノラは、助けを求めるように悠馬を向く。やめてくれ。そんな目で見られても、悠馬には救う手立てがない。


「はい。ノラ、やり直し」


 真冬の夜風よりも冷たい、シオンの宣告が下った。


 ノラはしゅんと肩を落としてチェアに戻り、白滝をガジガジする。反対側の端っこがぴょこんぴょこんと揺れた。


「じゃあ次は……」


 シオンが冷酷な笑顔のままぐるりと見回す。悠馬は心持ちうつむいて、当ててくれるなと強く願った。こういう時、あからさまに視線を避けてはいけない。存在感を消すのは陰キャの得意技だ。ただ、この人数で通用するかどうかは……。


「僕がやろうかな」


 驚くことに、シオンは自ら立っておでん鍋へと向かった。串を一本手に取る。現れたのはがんもどきだ。


「ラクして生きたい!」


 高らかに宣言すると、シオンはがんもどきにかじりついて串から引き抜いた。ブシュっとおでんつゆが溢れ出す。


「そんなのとっくに実行してるじゃねえか」

「そうだぞ。シオンもやり直し!」


 ノラが食べ終わった白滝の串で、シオンのほうをビシッと指した。

 シオンは汁の滴る口元を拭ってニヤリと歪める。


「まぁ~だまだ。ゆくゆくはこの店も丸ごと人任せにして、僕は悠々自適の隠居生活がしたいよ」


 その足は、カイの背後を回ってこちらへ向かっていた。


「だから……期待しているよ、ユウマ」


 悠馬の右肩にずっしりと、シオンの体重がかけられた。


 シオンが自分の席に帰っていくと、入れ替わるようにカイが立ち上がった。引き当てた真っ白なチーズはんぺんに向かって、一言。


「でっかいエビスキ食いてえー!」

「なんだそれ!」

「食えばいいだろ」

「すぐ作れ。今作れ」


 これには悠馬も、思わず野次に加わっていた。一緒になってやんやとはやし立てるのもなんか楽しい。


「こういうのは、しょーもないくらいがちょうどいいんだよ」

「なら、オレも……」


 ノラが再び立ち上がった。リベンジ・マイクの具材は蓮根だ。


「でっかい戦闘機飛ばしてえ!」

「それこそ、やればいいだろ」


 すかさずカイのツッコミが入った。

 え? 今、戦闘機って言ったよね? 紙飛行機じゃないよね?


 ノラは楽しそうに笑っている。楽しそうというよりも、嬉しそうだ。悠馬は大晦日に聞いたシオンの言葉を思い出した。


『前は、あんなに冗談を言う子じゃなかった』


 シオンのほうを見ると、ちょうど目が合った。


「次、ユウマ」

「え、オレ!?」


 とは言ってみたものの、もう残るは悠馬だけだ。


 オレは、べつに。オレは、何でも。……そんな自分から抜け出したくて、悠馬は一歩を踏み出した。

 引いた具材はタコだった。


(何だろう、しょうもない願い事……)


 並んだ吸盤の粒々を見ながら考える。

 大学の単位かな? でも、正直言って、今はあまり興味がない。森宮医院だって、べつに要らないし。


 一番欲しかったものは、たぶん今、ここにある。

 願わくは、こんな時間をこれからもずっと……。


「あっ……!」


 雪が濃くなって、月の光を隠してしまった。

 いつもこうだ。グズグズと考えているうちに、大事なことを逃してしまう。後悔ばかりの人生だ。

 変わりたいと思ってすぐ変われるほど、人間は柔軟な生き物じゃない。


「問題ない」


 隣でカイの声がした。


「見えなくても、満月はちゃんと


 暗い空から降る雪が、レースカーテンのように四人を包んで、外の世界から切り離していく。

 いっそ、もっと厚く降りしきれ。このまま、この時間を閉じ込めて……丸ごと全部、永久に凍結してくれたらいいのに。


 悠馬は冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、雲の向こうに潜む満月に向かって吐き出した。


「でっかいかまくら作りてえーーー!」



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