5-2 Sie Ergibt Sich Nicht.(彼女は降伏しない)

──同日、19時。


「こんな重い空気、ワタシには似合わないわ。」


 ヴィーチェは涙をこらえ、何かを決意したかのように吹っ切れた表情で、天井を眺めると何度も深呼吸をした。石造りのこの部屋は余りにも寒々として、まるで冷たい牢獄のようだと、ヴィーチェにはそう感じられた。


「ここで腐っていても何も生まれないわ。ワタシはワタシの仕事をしてくる。レイン、ワタシは席を外すから逐一報告して。明後日の昼過ぎにはディオニシウスシステムが動き出す。ワタシはもう一度確認したいのよ。12騎士の誕生と消滅を表すダイアモンドクロックのインデックス文字盤セリス2の数字が消えてしまったのかを。そこの棺に横たわっている眠れる森の美女セリスの身体だけではなく、本当に魔力も魂も全てこの世から消えてしまったのかっていう、残酷なことの確認をね。さて、システムのところに行く前に──。」



ヴィーチェはセリスが横たわっている棺を何度も踏みつける。ヴィーチェの明るい橙色の髪が、その度に激しくうねり、まるで燃えさかる炎のようにひるがえっていた。


「本当にバカな子。」


 行ってきますと言って、ヴィーチェは自身に転送魔法をかけて消えていった。一瞬だけ、そこに沈黙がおきる。


「今度は自分でセリスを蹴ってくるもんな。セリスも大概だが、ヴィーチェお前の姉も大概だよ。」

エドガーの呟きが気に障ったのか、レインはセリスの棺の上に座って、その長い脚を組んで苛立っていた。


「そういうな。社交界を賑わし、派手ななりをしていても、アレは魔工学研究所の所長で俺の姉だ。俺がまともではないから、その双子の姉がまともなわけないだろうが。だが、姉は自分の仕事は全うしてくれるだろう。明後日にこの国の意思決定を行ってきた【ダイアモンドクロック時計】が時を刻み始め、ディオニシウスシステムによる時計からのメッセージの翻訳、──すなわち御神託が再び始まる。明後日の昼までを無防備だと思うか、訳のわからないシステムからの支配から解放されたと考えるか。」


レインは座ったまま踵で棺を蹴っていた。コツンコツンと薄暗い部屋に響く。


「レインまでセリスを蹴るのやめろよ。そんなこと…。」

エドガーの言葉に不敵な笑みを浮かべてレインは立ち上がった。レインの銀縁の眼鏡が灯りを怪しく反射している。



「セリスが望んでいようがいまいが、知ったことか。だいたいコイツのせいで俺たちはいつも振り回されてばかりだ。こんな時にでも仕返ししておかないと気がすまないんだよ。」




レインが怒り任せに蹴った反動で棺が少し動いたが、返ってくる言葉はなく、ただ夜の静けさだけが辺りを支配していた。



「こんな美女に振り回されるとは、男冥利に尽きるとは思わないのかい、ボウヤ達。」


 アルトワ公はその部屋にいる者たちを面白そうに眺めている。



「そして、そこで自己嫌悪に陥っているシュテルンの秘蔵っ子。自分で作ったこの局面をどうするんだ。」


アルトワ公の煽ってくるような話し方に、部屋の隅でうずくまっていたアレックスは立ち上がり、石の床をつかつかと歩いてくると、アルトワ公の胸ぐらを掴み、睨みつけた。その深い緋色の瞳は怒りに満ちており、誰が見てもアルトワ公の軽口でさえも軽く流せる状態ではなかった。



「自分が不甲斐ないから、こんな事になったのは重々承知している。それに私はあなたではさほど歳も変わらぬはずだ、子ども扱いしないでいただこう。」

アレックスの立ち上がって苛立ちを露わにしている姿を予想していたのか、アルトワ公は楽しそうに笑い声を上げる。




「いつもは優しい物分かりのよいアレックスが、実はそういう血の気の多いところがまだ残っていることを、私は子どもだと言っているのだ。それに年齢が意味をなさないことを、君ら程分かっているものはいないと思ったが違うかね。どうだ、地位も名誉も財産も手に余るほど持ち合わせているセリスを、戒律を犯してまで籠絡ろうらくさせたお気持ちを聞かせていただこうか、。」




アルトワ公のニヤリした笑みに、アレックスはさらに怒りを増長させ、拳を振り上げる。



「私は籠絡などしていない。ただ愛するひとと永遠の愛を誓っただけだ、それの何が悪い。」



 アレックスの叫びが部屋の中に響く。大聖堂のような広い所でも良く通る声が、怒りでさらに大きく感じられる。アレックスの深い緋色の髪が逆立つ。レインとマリクは、突然のアレックスの告白と現在の助教に唖然となり言葉を失ってしまっていた。


「落ち着け、アレックス。何もそれは悪くない。私もシュテルンの教徒のひとりだ、聖職者の戒律くらい知っている。だから、常々思っていた。我々教徒はシュテルンの聖職者が祝福してくれている。ではシュテルンの聖職者は祝福してくれる。一心に神を求める事を幸せと思う者はそうすればよい。だが、誰かと神を同時に求めるのは果たして禁忌としていいのか。誰かと愛し合う者は神を求めてはいけないのか。神はそれを許さないのか。どう思うかね、純粋培養アレックス。」



 アレックスは静かに振り上げた拳を下ろした。


「…あなたはもっと軽薄で、快楽主義者で刹那主義な人かと思っていました。……私たちの事はどうやって。」

素直なアレックスの反応に、アルトワ公は手を叩いて喜んでいた。



「男女の機微に関しては私は聡いからな。ふたりとも相手をコッソリ見る視線、なによりもふたりで話している顔は幸せそのもの。そして左手薬指のお揃いの指輪。いろんなピースを合わせれば正解にたどり着ける、ふたりが互いに思いあっている事に。隠すならもっと慎重にしたまえ。まさか、教皇聖下が結婚したなんて誰も信じないし、そうは思わんだろうが。それはそうと私の事だが、アレックスが言った事、それは正解であって正解ではない。王弟としての顔はだ。毎日、美しいご婦人方と戯れるうつけ者で、浪費家で道化で快楽主義者。だが私の顔はそれだけではない。インターセプターという集団をまとめているのも私、君らを心配している年長者の顔も持ち合わせているのも私だ。人はいろんな顔を持っている、だからこそ面白い。さあ、余興はこれまでと─。」



「「待ってください。」」



ポンポンと手を叩き話を変えようとするアルトワ公を、レインとマリクが同時に遮った。ふたりは顔を見合わせたが、先にマリクが話し出した。



「僕の聞き間違いだと思うのですが、アレックス様とセリスがどうのこうのって…。え、ふたりって…。待って待って、鈍い僕でも仲良いことは知っていたけれど。」

マリクは混乱したのか、その綺麗な緑色の髪を自身の細い指でぐしゃぐしゃと掻き乱す。


「俺も耳を疑いました。アレックス様とセリスは…。」

レインは、ずれた眼鏡を直すふりをしていたが、その心が乱れていることは、誰の目からも明らかだった。

 混乱するレインとマリクの頭を、エドガーは鷲掴みにすると、ふたりの髪をぐちゃぐちゃに乱しはじめる。



「俺たちの妹分のセリスは、アレックス様と結婚した。すごいだろう、セリスは教皇という立場で結ばれないアレックス様と結婚したんだよ。コイツセリスには常識なんて通じないんだ。禁忌も戒律も常識もセリスを止められなかった…。幸せ者のバカな妹分セリスだ。」

エドガーはふたりの頭から手を離すと、セリスの棺を踵で踏みつける。


「蹴られるのが嫌なら、いつもみたいに悪態をつけよ。」

エドガーの目から静かに涙が、セリスの透明な棺の蓋にぽとぽとと落ちた。そんなエドガーの肩をアルトワ公は優しく叩いた。


「泣くな、エドガー。この状況は誰だってつらい。だからまずは現状を整理しよう。アレックス、この部屋にチェスはあるか。」

アルトワ公の問いかけに、アレックスは棚の方を見る。埃ひとつない棚には古い専門誌や写真集が整然と並べられていた。その棚の一番下の段だけは、よくわからない魔道具やボールなど、いろんな物が置かれている中にチェスセットを見つけた。


「駒だけで良いぞ。それと紙とペンはあるか。」

アルトワ公は次々にアレックスに指示を出した。止まるとアレックスはまた、自己嫌悪の沼に陥ってしまうだろう。そうなっては困るとアルトワ公は考えていた。



 アルトワ公は、セリスの棺を机代わりにし、現状を書き出していた。



「まずはなぜシュテルンの評議会は教皇に蟄居ちっきょを命じたか。」



 アレックスは憮然とした表情で、その問いに答えた。

「下手するとサンクチュアリごと吹き飛ばす可能性のある私の法術の暴走を恐れたからでしょう。」

アレックスは面倒くさそうに、冷たい石の床の上に足を投げ出しながら答える。



「それもないとはいえないが。いいか思い上がるな教皇、たしかに以前より瞬間的な能力は上がったようだが、そもそも我々12騎士に能力の差は殆どないのだ。すぐでもその首を掻き切るくらい造作ない。」

アルトワ公の放ったナイフがアレックスめがけて飛んでいったかと思うと、90度左に進路を変えるとそのまま壁に突き刺さった。



「暗殺が得意な者もいることをお忘れなく、教皇聖下。評議会の思惑については後で話すとして、現状だがセリスがいないことによって、内憂外患ないゆうがいかん状態を引き起こった。この場合、外患は外からの侵攻。我が国以外にこの世に残っている国は、点在する小国ばかりだ。逆らうことは現実的ではない。もし逆らうというならば、この国の国力で瞬殺されるのがオチだ。国外からの侵攻の可能性はない。この場合の外患はだ。即座に高火力の術を放つことができて、禁呪をも唱えることができたセリスはいない。12騎士の残りは8人。魔族に先制攻撃を許しても即座に反撃攻撃を行えるのはセリスだけ。術発動までのタイムラグはどうしても生じる。アレックスの指輪の力はもう使えない。こちらの切り札は、セリスが解読した神代かみよことのは。タイムラグは生じるが神器と呼ばれる武器、恐らく神の力をも借りる事ができるかもしれないが、唱えるものなどはいないだろう。オルロフ戦の時のセリスの姿を見た我々は、死の匂いがする術なんて誰が喜んで使うものか。我々に無理やり詠唱させ、その度に使い捨てにして魔族に対抗させても、次の騎士がすぐに生まれるとは限らない。それは結局のところ、魔族に対する戦力の低下につながる。これが私の考える【外患】だ。さてこれから説明する【内憂】、あくまでもこれは私見だが─。」



 アルトワ公は広げた紙の中心に線を引いて、チェスの駒をその上に乗せる。白い大理石と黒い御影石で作られた駒は、いつ誰が置いたのか不明だが新品の輝きを放っていた。


 アルトワ公は線の中央に白のクィーンの駒を静かに動かす。大理石でできた駒は明かりを映し、優しい光を放っているように見える。



「これはセリスだ。そして黒の王に対抗するのは白の王、アレックスだ。」

白のキングの駒をアルトワ公が紙の上を動かす。それを置いた時に駒の角がなにか当たったようで、思いのほか大きな音がした。


「私が何かに対抗するとされる根拠は。私にはそんな野心も力もありませんよ。」

ふて腐れるアレックスを尻目にアルトワ公の話は続く。



「黒の王はこの状況を楽しんでいる。今から並べる白の者たちが自分の力にひれ伏すことを。白の陣営は【ビショップ】が評議会、【ルーク戦車】がどのくらいの力か計りかねているが、独立都市サンクチュアリの防衛力、【ナイト】は教皇の刃、アルビジョワ国聖教信党、【ポーン兵士】は数多くのシュテルン教徒。これらはアレックスを中心に強力な力を持っている。だが、白の陣営の女王セリスはいない。」



そういうと、アルトワ公は紙の外に白のクイーンの駒を外した。置かれた駒はコトンと音を立て、倒れたが、アルトワ公はそっと駒を立て直した。


「さて、このエトワール金貨が我々12騎士としよう。」

アルトワ公は内ポケットから、袋を取り出すと紙に書かれた中央の線の上に直線上に7枚並べた。市井で流通している金貨1枚の100倍の価値があるエトワール金貨。宝石も散りばめられたきらびやかなその金貨は、その名の通り星のような輝きを放っていた。



「白の王に対抗する黒の王。」

アルトワ公は黒のキングの駒を白のキングと反対側に動かした。対峙する二つの駒。



「そして、黒のクィーン、ビショップ、ルーク、ナイト、そしてポーン。」

黒の駒を並べ切ったアルトワ公は不敵な笑みを浮かべて、駒を見つめている。



「さて、再度言うがこれはあくまでも私の考えだ。黒の王は我が兄、アルヴィス。そして、我々に御神託を告げず、揉み消した事にも関与している。」

黒の王の駒が部屋の明かりを反射して、妖しく輝く。

「兄上は私の知りうる限り言うなれば、底意地の悪い不器用な小悪党だ。だが、この局面は自分の地位を脅かす恐れのある12騎士を取り込む絶好の機会。かつてない力を持った者が揃った12騎士を配下に置くならば、魔族の侵攻という【外患】にも、【内憂】にも対抗できる。さて、内憂になりかねん我々だが、それぞれを従わせるのは単純だ。5位は研究所の職員と家族、6位はすべての王立病院の職員と患者とその家族、7位は方術士たちと紫方術団。8位はもちろん結婚したばかりの妻、11位は全ての大学関係者。それぞれがその立場であるが故に、を人質に取られている。12位私、インターセプターはどこにもいて、どこにもいない。それが誰なのか、集団の名前なのか、1位であってもわからないそれが私だが、5人の騎士を集めれば、12位ひとつなど造作もない。そして、この国は国王の力によって圧制が始まり、人々の自由がなくなる。」

アルトワ公はエトワール金貨のひとつを動かし、黒のキングの駒の下に置いた。この国を統治する国王であり、12騎士1位のアルヴィスの力による恐怖の時代のはじまり。セリスというたったひとりがいないだけで、あっという間に変わる世界。



「なぜ、陛下はそんなことをなさるというのです。それにその根拠はどこにあると。」



そう問いかけたアレックスは重大な事柄だというのに、どこか興味なさげな顔をしていた。


「答えは単純だ。私の古い友人…、ペイロール統合幕僚長自らの情報提供だ。王国軍は全軍臨戦態勢に入ったと。攻撃目標はシュテルンの本拠地である御山全域。アレックスを裁く事ができぬなら力で解決する──、実に兄らしい選択だ。だが、国民の理解が得られぬまま、御山を消した場合、この国のほぼ全てが教徒だ。国民全てを敵にまわしたも同然。アレックスをなびかせるにはあまりにも多い人質の数だ。それが得策であるのかないのか愚かな兄とてわかるだろう。先ほど言ったが、兄は白の陣営の者たちが自分にひれ伏す様を見たいのだと。それをより確実にし、自分の力を見せつけたいのだよ。兄は子どもが玩具を欲しがるように、力を欲している。そしてその力で押し込めば全て自分のものになるというわけだ。の駒は、ルークがヴィーチェが使ったゴエティアシステム、ナイトが護衛官と近衛兵、ポーンが王国軍だ。しかし、セリスの件からまだそのように時間が経っていないのに、教皇が蟄居を命じられるなど未だかつてない事に対しての展開が急すぎる。兄はアレックスを処刑するならば、時間をかけてじわじわといたぶっていく性格だ。小者の黒の王に何者かが良からぬ事を吹き込んだと考えるのが妥当だろう。兄はその野心を見抜かれ利用され、神輿みこしに乗せられているのに気が付かないただの道化だ。その道化に悪魔のささやきをした者がいるとすれば、黒のクィーン、黒のビショップ。」



アルトワ公は溜息をひとつすると我ながら長い話だと呟いた。窓の外は漆黒の夜空が支配し、月の明かりも見えない。



「アレックス、聞いているのか。」

少し怒気をはらんだアルトワ公の言葉に、アレックス淡々と言葉を返すその姿はどこかセリスの口調に似ていた。



「わかっています。陛下はさらに国内に歯向かう者がいないようにするため、私の命を狙ってくるでしょうね。今の私を処刑するには十分すぎることが起こりました。国王の最側近護衛官の殺害、それは国王に弓引いたことと同義ですから、国家反逆罪として裁かれるでしょう。」



「ご明察。さすがは教皇聖下。自分になびかないシュテルンの王の首をはねれば、兄の思うがまま。だが、どこまで事実を知っているのか知らんが、シュテルンの評議会はアレックスに蟄居を命じた。教皇が罪を犯したというのならば、自分たちで判断を下す…。実に老獪ろうかいというか、さすがというか。それをこの国の頭脳であるディオニシウスシステムが沈黙している間にやってしまう評議会の判断と実行の早さ。歴代教皇の中でも一番といってもいいカリスマ性と強力な法術力を持っている教皇を守ったのではなく、純粋に評議会のご老人方はアレックス自身を信じ、愛しているんだろう。軽率な事をするはずはない優しいアレックスを。だが、それも長くは続かない。ディオニシウスシステムが復旧したら、誰もが認めるしかないウソか真かどちらでもよい事柄を突き付けて、アレックスを刑場に連れて行くだろう。そのディオニシウスシステムを元に戻そうとしているのが、同じ12騎士のヴィーチェというのがなんとも皮肉だ。我々が優位に立てているのは残り40数時間…。」

 重い沈黙が流れる。早ければ明後日にはアレックスは刑場の露と消える。重すぎる話だが、アレックスが背負ってしまった罪はそれ以上の意味をなしていた。




「全てを投げ出して諦めて偽りの正義の名の下に処刑されるか、最後の一分一秒まで足掻くか。どうする、古の王と同じ名前を持つ“アレクサンドルアレックス ”。」




 いにしえの時代、混迷を極めていたこの世界を統一し、導いてきた伝説の王、アレクサンドル。その王の功績は偉大であったが、王の死後、12人の臣下の対立により、世界は再び混迷と戦乱の世界に戻った。


「私の顔も知らぬ親は、私に大層な名前をつけたと常々思っていますよ。しかし、私にも矜持があります。最後の瞬間まで足掻いてみせましょう。王としてのアレクサンドルではなく、教皇としてのアレクサンドルとして。」


その瞬間、アレックスの瞳に強い光が戻る。同時にアレックスの周りをキラキラと輝くたくさんの雲母の様な粉が舞っていた。



「ようやく戻ってきたか、優しくて強いアレックスが。」



髪の毛を指にくるくると巻きつけながら、アルトワ公は待ちくたびれたぞと笑った。





「お前に導けとは言わん。だが悪に対する光の象徴は必要だ。私たちはその光のために力を尽くそう、教皇アレクサンドル。【アレクサンドル】の名に由来する、光によって色が変わる宝石のアレクサンドライトによく似た瞳を持ったセリスも共に。」




そう言うとアルトワ公は棺を拳で軽くノックした。



「そうですね、セリスも共に最後の瞬間まで足掻きましょう。」



アレックスが勢いよく立ち上がったため、その振動で黒の陣営の駒は次々に倒れていった。皆の心の中にはセリスの存在が息づいている。アレックスは棺に入ったままのセリスをチラリと横に見る。棺の中に入れられた紅い薔薇とは対照的に、青白いがその美貌はそのままに保たれていた。そこだけが時が止まっている。



 急にレインの携帯端末の呼び出し音が鳴った。画面に表示されていたのは、──ヴィーチェ。

『そちらはどうなの。アレックス様は。』

レインはアルトワ公の推論をかいつまんでヴィーチェに伝えた。端末から映し出された作業着姿のヴィーチェは会話をしながらも、せわしなくキーボードで入力している。



『王家の人間らしいまどろっこしい仮説だわ。要するに陛下は何者かにそそのかされて、アレックス様の首をはねて、自分の力を見せつけたいってことでしょう。それをシュテルンの評議会がアレックス様を守っている今の段階では手出しできない。力こそ全て、あまりにも愚かだわ。相手の気持ちを力で屈服させてもいつかその歪みがでてくるというのに。もしかすると陛下は、自分が傷つかない世界で生きてきたから、いまさら誰かに傷つけられたくない。言いなりにしてしまえば反抗する者がいない、誰も自分を傷つけない世界を望んでいる。これが事実だとすれば、私たちはとてもつまらないことに踊らされていることになるわね。12騎士は先代のナナイの死、セリス、アレックス様、陛下…。No.Ⅹの予言通りに──。』


ヴィーチェの言葉が終わらないうちに、神妙な面持ちのアレックスは呟く。




「──12騎士は内部から崩壊する。」





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Celistical Sky 夏乃あめ @nathuno-ame

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