─The Last Supper.

 セリスとアレックスは、ふたりで遅い夕食を摂っていた。


「本当にこれでいいのですか。客人用の食事なら少し時間はかかりますが、出することも可能ですが。」



ふたりの前には、ライ麦パンと温かいシチューが二組置いてある。デザートもなく、余計な飾りつけもない簡素な食事。



「アレックスが、いつも食べている物と同じ食事を一度食べてみたかっただけだ、他意はない。」

月の光の様に穏やかに微笑むセリスにつられ、そうですかと言うとアレックスも微笑んだ。穏やかな空気の中、温かな食事をふたりでゆっくりと口にすると、次第に心も体も暖かくなっていくのを感じていた。


 食事をしながらセリスは、メモを見てアレックスに質問をする。



「アレックス、聖典の213章第10節の1項、『二匹の竜、2度の終わりとはじまり』とはどう解釈している。」

セリスはまじめに聞いているのに、アレックスは頭を抱える。

「私は既に仕事を終えて、愛しいひとと食事を楽しんでいるというのに。」

落ち込むアレックスを尻目に、セリスは話を続ける。

「アレックスがいない間、聖典を改めて読んでいたから、教皇であるあなたの解釈を聞いてみたいのだ。」

はぁと長めのため息をつくと、覚悟を決めたのかアレックスは自分の解釈を話し始めた。 



「『二匹の竜、二度の終わりとはじまり』というのは、厄災の後に訪れた繁栄を、再び厄災が襲うがまた復活をする。同じ節に【二匹の竜、天地あめつちを喰らい尽くす。怒りの日、涙の日。われらの安寧は騎士がもたらす。】とありますが、厄災の後の世界を導くのが歴代の教皇は、天より遣わされた騎士と考えられていらっしゃったようで、シュテルンでもそう解釈しています。ですが私はその後に続く、第23章10節の2項の、『祝福されし、白い鳥』は前の項と同じ事を示し、【空から舞い降りた白い鳥は、10の力と運命の力で、ふたつの黒きものを打ち払う。】──『二匹の竜』は【ふたつの黒きもの】と同じのことを意味し、それを倒したのは【白い鳥】=イコール『天空の騎士』だと私は解釈しています。具体的に、それがなんの暗示か言い難いですね。そもそも聖典も神の御言葉を書き連ねたもので、予言書とは違いますから。」

仕事中と同じ柔和だがすらすらと流れるように話すアレックスにセリスは感心していた。



「そう考えると面白いな。ところでアレックスは、231章もある聖典の第何章の何節に、どんな事が書いてあるのか一言一句覚えているのか。」

セリスの素朴な疑問に得意げになる様子もなく、あたりまえの様にアレックスは肯定する。


「一応、私も教皇ですから造作もないことです。聖典の一冊くらい隅々までそらんじていますよ。」

かなり分厚い聖典を、アレックスが諳んじている事が信じられず、セリスは何回も問題を出すが、ニコニコしながら軽く答えられてしまった。


「何度聞かれても答えますよ。」


「アレックスの頭の中を見てみたいものだ。」

セリスは半ばあきれた様子でため息をつく。


「私からすると禁呪を再現したあなたの頭の中を見てみたいものですよ。……もうあんな事は勘弁してください。セリスいいですか、あなたにたとえどんな事が訪れようとも、私はその手を離しません。」

普段穏やかな声のアレックスが、強く重厚な響きで話す言葉の意味を、セリスは胸に刻み込んだ。


「わかっている。もし、私たちを引き裂けるとしたら…。」



アレックスはセリスの言葉に眉をひそめる。



「…私たち自身ですね。」



セリスは小さく頷いた。


「私も離さないから、アレックスも離さないで。」

 涙で揺れるセリスをアレックスは自分の隣に座らせる。

「大丈夫です、大丈夫。」

アレックスは自分自身に言い聞かせるように繰り返す。

 いつものアレックスの私室。シンプルだが暖かみのあるアレックスそのもののような部屋。マーガレットの一件があって以降、私室には幾重にも掛けられた結界と、厚い壁、厳重な扉がシュテルン最高位であるアレックスを守っている。それがセリスには、アレックスとどんなに強く結ばれていても、許されない事の象徴に思えていたが、アレックスはそれがふたりだけの世界を守るための物だと思っていた。


「今夜は…。」


アレックスはセリスに声をかけると、カモミールティーをゆっくりと口にする。リンゴにも似た豊かな香りが口の中に広がる。

「うん…、泊まっていく約束だから。」



セリスはバタフライピーの入ったハーブティーに、レモンの雫を一滴だけ入れる。鮮やかな青い色から、紫色に変わる不思議なお茶。それをどこか寂しげな表情で、セリスは飲み干す。ほんの些細な事で世界は変わるのかもしれない、そんな事を考えていた。




「多分…、きっと今夜は冷えるから、朝まで一緒にいてください。」

アレックスはセリスとお揃いの指輪にそっと触れながら呟く。その細い指輪が、ふたりの永遠の絆の証。指輪ひとつに収まりきれないほどの想いを、ふたりは幾星霜の間、少しずつ重ねてきた。しんしんと降り積もる雪のような静かな静かな想いを。

「いつもニコニコしているあなたでも、感傷的になることはあるのだな。」

何気ないセリスの言葉に、アレックスは低い声で笑いだす。

「セリスに言われるとは。あなたの方が私以外の前では、仏頂面ばかりしているではありませんか。だから周りの人は、あなたが何を思っているのか分かりづらいのですよ。」

図星を突かれたことが余程恥ずかしかったのか、セリスは顔を真っ赤にして、ただ口を魚のように、返す言葉にきゅうしてぱくぱくと開閉の繰り返しをしていた。

「すみません。本当はちゃんとわかっていますよ。素直じゃないあなたも、私の前だけ素直なあなたも。」

アレックスは横にいる愛しいひとの瞳を見つめる。アメジストのような色をしたその人は、優しくアレックスを見つめ返す。やがてその瞳に吸い込まれるかのように、アレックスはセリスと軽い口づけを交わした。




 何度も繰り返してきた特別に何かあるでもない、暖かく優しい夜。澄みきった夜空に美しい星が瞬く夜を、ふたりは互いの温もりを感じながらゆっくりと眠りについた。





 翌日の議会最終日、ふたりはそれぞれ別の時間に王宮へと向かっていく。



──同日、11時。

 議会中、ふたりは目を合わせることもなく、厳しい顔をして議事の進行など意に介しない様子で、ただ前だけを見つめている。


「黒づくめの法服とは何かあったのか、教皇。」

アルヴィスは議会の顛末をつまらなそうにみながら、アレックスに声をかける。


「特に意味など。強いて言うなれば、裁判官の法服と同じ意味です。」

アレックスのいつもよりかなり低音で呟く声は、暖かさの欠片もない冷え切った凍てつく冬の夜を思い出させる響きを持っていた。


「何色にも染まらないというわけか。何人なんぴとをも救い、愛を分け与える教皇の存在とそれは真逆では。」

アルヴィスは、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべてアレックスを挑発するが、冷たい視線であしらわれていた。



「誰も救えていませんよ…。私にはそんな大層な力はありません。すみません…。外の空気を吸いに少し席を外させてもらいます。」



アレックスは衣擦れの音とかすかなバラの香りを残して退出していったが、セリスはそれを気にする素振りさえ見せずに、厳しい顔で議員たちの喧騒を、国王が臨席する最上階で冷ややかに見つめていた。

 アレックスはすぐに席に戻ってきたが、入れ違いにセリスは席を外す。セリスから漂ってきたアレックスと同じ優しいバラの香りが、ふたりが朝まで共にいたという確かな証だった。

 セリスも早々に複雑な表情で戻ってきたが、さっきまでの肩掛けマントペリースは外され、ロイヤルブルーの軍服が議場に映えていた。

「リンデンバウム卿、ペリースはどうした。」

肘掛けに頬杖をつきながら、アルヴィスはセリスをちらりと見る。美しい横顔は、あまりに整いすぎているせいか、血の通わぬ冷たい彫像のようにも見える。

「先ほど席を外していた際に、バラのトゲに引っかかってしまいましたので外したまでです。」

セリスはアルヴィスに視線を合わすことなく、前だけを見つめてそう答えた。



「ならば、リンデンバウム卿がペリースを引っ掛けぬよう、庭園内のバラのトゲを全て切っておこうか。」



セリスはご冗談をと受け流していたが、アルヴィスが本気で命令すれば、それは現実となる。バラのトゲにも意味がある。それを切ってしまえば花は弱ってしまう。あまりにも短絡的な考え。この人はイバラの道を行く前に、そのイバラでさえも力で押しつぶすのだろう、共に歩くという選択肢はこの人アルヴィスには最初から存在などしない──。


 セリスは主であるはずのアルヴィスを冷たく見下ろしていた。



 議会は進行しても、セリスとアレックスは相変わらず目を合わせないだけではなく、凍てついた空気が漂い始めたことをふたりの間に座っている、あまり空気の読めるほうでもない国王のアルヴィスでさえも感じ取っていた。


「教皇、リンデンバウム卿とは昵懇じっこんの間柄だと思っていたが、私の間違いだったかな。」

アルヴィスは隣の席に座しているアレックスに話しかける。


「仲がよいからといって、全て許せるというわけではありません。むしろ親密にしているからこそ、生まれだすものがあるのではないでしょうか。」

問いに対し、アレックスの発言には抑揚すらなく、淡々とあくまでも機械的に答えるだけだった。


 その時、閉会を知らせるガベル木槌の音が一度だけ響いた。アルヴィスを残し、セリスとアレックスはさっさと議場を後にしていった。




──同日、13時30分。

 聞いたことのない警告音が王宮内になり響く。



『王宮内中庭にて高度な魔力反応を感知しました。付近の方は防御魔法の詠唱を行うか、安全な場所へと避難してください。繰り返します…。』



けたたましい人工音声が、緊急事態の発生を告げる。

「いったいなんだというのか。」

アルヴィスは王家の宝刀を抜刀しながら、中庭に向かう。

「陛下、何事が起きているのか、現在確認中ですのでお下がり下さい。」

護衛官の静止を振り切り、やってきた中庭ではおおよそ信じられない光景が繰り広げられていた。




 中庭で咲きほこるバラの中、セリスとアレックスは対峙していた。




「何度でも言う、私は少しも誤ってはいない。大局的にみてもそれが最適解ではないのか。あなたと私は分かり合えていると思っていたのだが。」

鋭く殺意に満ちた獰猛な獣のような眼差しで、セリスはアレックスを睨みつけている。



「ええ、今の今まで私もそう思っていました。あなたが、こんなにも分からず屋で愚か者だとは。」

アレックスは今まで見せたことのない冷酷な目で、セリスをみおろす。互いに今まで誰にも見せたことのない緊迫感を漂わせていた。



「あなたといつまでも睨み合っていても仕方がない。不本意だが力で解決するしかないようだな。剣聖セリス・フォン・リンデンバウムの名において、教皇アレクサンドル・カーディナルに決闘を申し込む。」



 地面に投げつけられるセリスの白い手袋。それは決闘を意味する合図。



 ふたりの高い魔力のぶつかり合いで、既に火花が散る音が、バチバチとあちこちで鳴っている。あたり一帯の電子機器の障害が発生し、空気は震えあがる。そしてバラの花びらは一斉に舞い上がる。



「…教皇である私に決闘を申し込むとは、全くあなたという人は度し難い。よろしい、アレクサンドル・カーディナル、剣聖セリス・フォン・リンデンバウムの申し出を受けて立つ。」




 空気が大きく震え、大地が唸り声をあげた。



 反発するふたつの大きな力。



 誰もが今まで感じたことの強烈な白銀と緋色の光と力のぶつかり合いを目にし、その光が収束していく中、ひとり立ちすくむ人影を見つけた。



 勝負は一瞬のうちに決していた。



Reliquiae.聖釘対人攻撃のない、私の法術の唯一無二にして、最大の攻撃術です。」


 魔族化してしまっていたマーガレットやナナイの時とは意味が違う、生きた人を直接攻撃する法術がセリスを貫いていた。


 アレックスは足元にただ横たわるセリスの姿を、冷たく見下ろしていた。セリスの胸には緋色に光り輝く釘が、無慈悲にも深々と撃ち込まれている。




「あなたの敗因は、あなた以外に術を他に即座に発動できる者がいないと思っていた驕りですよ。」




アレックスはセリスが投げつけた白手袋を無表情のまま拾い上げる。冷たさを帯びた風がアレックスの長い髪を巻き上げるのを、その大きな手で押さえる。


「それはあなたの専売特許ではない。私の教皇の指輪には、あなたの発動するまでの時間の短さと同程度の芸当ができる法術が込めてあるのです。セリス…、あなたの申し込みを受けた時点で、それはもう発動し、聖典を召喚することなく、私は聖釘せいていの詠唱を終えていました。そして、あなたの最大の敗因は私を傷つける事を躊躇ためらってしまったこと。…こんな……、こんなことであなたと離れたくなかった。」


 セリスの胸に撃ち込まれていた聖釘が消えると同時に、胸に刻まれたまるで聖痕のような傷口から紅い血が流れ落ちる。

 仰向けに倒れたセリスの胸にアレックスは自身の白手袋をそっと置いた。置いた白手袋がまるで供花のようだとアレックスは思った。白手袋は次第に紅い血で、バラのような色に徐々に染められていく。ゆっくりと広がっていくその紅い血でロイヤルブルーの軍服を黒く塗り替えていった。




──同日、14時5分。

 セリスとアレックスの超強力な力のぶつかり合いで、ディオニシウスシステムは光を失い、沈黙してしまった。


「で、5位、復旧にはどれくらいかかる。全く他所でやればいいことを。」


 ヴィーチェは、何故セリスとアレックスが衝突することになったのかを聞かないアルヴィスに怒りを感じていた。


──セリスと同居しているワタシに何も聞かないなんて。この人は他人の感情などどうでもいいことなの。



「いわばシステムがショートしたようなものです。状況から察するに、同じ系統の術がぶつかり合い、その術の何倍もの力になる、同術階乗と同じ現象が意図せず起きたものと推測します。ディオニシウスシステムの方ですが、調査と復旧で48時間といったところでしょうか。なにせ前例のないことなので、なんとも言い難いですが。」

 ヴィーチェは顔を上げることなく、控えたままアルヴィスにそう告げた。


「教皇と同じ聖属性魔法で挑むとは、あの冷静な2位も剣聖となった事で、随分と驕り高ぶっていたというわけか。まぁよい…。48時間かかるというなれば、他の騎士及び各軍には目視で魔族を確認次第、討伐するように命令を下す。5位は1秒でも早く復旧を頼む。では下がってよい。」


「Yes, Your Majesty.」


ヴィーチェはアルヴィスにイライラしながらも、作業に向かうため、アルヴィスに背を向けると同時に視界が悔し涙で歪んでいった。




──同日、15時。

「予想外とはいえ、あの小賢しい2位を、まさかあのお優しい3位が倒すとは。これだからイレギュラーは面白い。なぁ、シャルルよ。」

アルヴィスは自室に弟であるアルトワ公を呼びつけ、チェスにきょうじていた

「兄上も人が悪い。リンデンバウム卿がいなくなり、教皇が罪に問われる。これで世界は兄上の思うままとなったのでは。」

アルトワ公はブラックダイヤモンドで作られた駒を進める。


「そんな容易たやすい事ではないが、ふたつの強大な駒を沈めた事には変わりはない。あとは他の六人、5位、6位、7位、8位、11位、12位のそれぞれが、どう動くかだ。私の力になるというのなら、生かしてやろう。」

アルヴィスはダイヤモンドでできた駒をあえて引いた。



「兄上が防御に転じるとは。これは思わぬ局面。だから面白い。──では、12騎士誰かが兄上に楯突くならどうなさるおつもりで。」



 アルトワ公の発言に、アルヴィスは待っていましたかと言わんばかりににやりと笑い、駒を進める。


「その時は反逆罪として堂々と吊し上げるだけだ。」

アルトワ公は困りましたねと言いながら、指にくるくると髪を巻きつけながらも、不敵な笑みを浮かべて宣告をする。



「チェックメイト。これで601勝600敗、兄上にようやく一歩先に出ることができました。では、私はこれにて。見目麗しいご婦人方を待たせるのは私の信条に反しますので。」



大仰なお辞儀をして、アルトワ公は靴を鳴らして退出する。



「私より先に出るだと、おこがましい。」





──同日、18時。

 アレックスはその後、何事もなかったかのように淡々と仕事をこなしていたが、シュテルン最高位の教皇であっても従わざるを得ない、枢機卿全員で構成された評議会が、緊急に開催された。そこでアレックスの義父とも言えるマクシミリアン枢機卿の提案した『教皇アレクサンドル・カーディナルの、現段階における職務遂行能力における懸念事項』すべてが全会一致で採択され、アレックスは即時に任務遂行困難と判断されたが、その自身を縛りつける教皇の地位はそのままに、シュテルンが所有する古い塔に蟄居ちっきょを命じられた。


「ヴィーチェ、あれからわずか数時間でお役御免になってしまいました。いっそ罷免するなりなんなりすればいいのに、なぜシュテルンはいつまでも私を縛りつけるのです。こんな…、最愛のひとをあんな目にあわせた大罪人の私にあの人たちは…。評議会は私に何をしろと。私に何を期待しているというのです…。」


アレックスの頬を一雫の涙が濡らす。その瞳は虚ろで何も映していない。

「アレックス様…。」

 アレックスが蟄居を命じられたその日の夜遅くに残りの12騎士は、古い塔のアレックスのいる、暗く陰鬱な部屋に集まっていた。



「セリスの体はそこにあるというのに…。私にもっと力があれば。……私はあまりにも無力だ。」



 誰もが見ていられなかった。エドガーが生成した、セリスを横たわらせている瑠璃色の棺を、ぼんやりと見つめる姿に誰よりも寛容で善良な教皇としての面影はひとつも残っていなかった。ただ自分の愛しいひとと離れるしかなかった事を懺悔する、悲しく哀れなひとりの男の姿しかなかった。


「そう思っているのはあなただけではないんだ。僕を含め、ここにいる全員がそう思っているんだよ。」


そういってマリクは、踵で棺を思いっきり蹴飛ばした。何も返事がないそれにわなわなと身を震わせる。



「僕たちはまたセリスこの子に傷を負わせた。同じ12騎士同士で…、その手にしている力は、こんなことのためにあるんじゃない。」



 マリクは棺を泣きながら、何度も何度も踵で蹴るのを、ようやくエドガーが止めに入った。

「よそう、マリク。そんな事をしてもセリスは喜ばない。」

マリクの肩を掴むエドガーの手が、小さく震えていた。

「だって、悔しいんだよぅ。」

それでもマリクは、泣きながら棺を蹴るのをやめない。

「エドガーの言う通り、やめて…。何故、神はようやく想いの通じあったふたりを離してしまうのよ。」

ヴィーチェのかすかな痛々しい声が聞こえた。そこにいた全員がうなだれ、自分の非力さを悔やむしかなかった。




──同刻。

 アルヴィスは暗い部屋の中、輝く巨大な時計盤を見つめていた。その動きを翻訳するディオニシウスシステムが停止しても動き続ける巨大な時計。そして12騎士の誕生と消失を表すダイアモンドクロックの文字盤インデックスは半日前に消えたままの2の数字が黒く変わり、ただぼんやりとアルヴィスが持ってきたあかりを反射していた。

 アルヴィスはそれを何度も何度も覗き込み、嬉しそうにニヤニヤと不気味に笑った。

「予想外とはいえ、あの小賢しい2位をまさかあの穏やかな3位が倒すとは。実に愉快ではないか。あの最も聖なる人教皇の手を、再び同じ12騎士の血でけがすとは最高だ。よくやった、上出来ではないか2位、いやセリス・フォン・リンデンバウム。君は最期までイレギュラーだったよ。」

アルヴィスは何度も高笑いをした。その笑い声は部屋の中に響き渡り、やがて夜の静寂に消えていった。

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