第4話

サタヒップ郡、シリキット海軍病院




『色々説明しようにも、あれこれあり過ぎて手が付けられないってのはわかったわ』



 理解というよりも、納得する理屈がまだ付けられないというか。そこらへんはまぁ、おいおいしていくしかないとして



『いいのか?』

『優先順位をつけるだけよ、ご生憎様でわたしには上司ってもんがあるから、差し迫ってどう説明したもんか頭が痛いのよ』



 信じてもらえるかもわからない話だ。いや、墜落した機体というものがあるから条件としては緩和されるでしょうけど



『そりゃ軍人様は大変でございましょうけどさ』



 と言って英和、ヒデもカズも名乗るのもおこがましいから6番(アルファベットの6番目がFだからそう言ってたっけ)がそういって仰向けにベッドに横になる


『でも、このままじゃいけないのはわかるでしょ?』

『いや、俺なんかただの一般人だよ?こっちとそっちの差異なんかをあれこれ言うのは出来るかもだけど、技術者でもないしアドバンテージみたいなのはねーよ』



 あー、うん。本人はそうでしょうけど、他がそう思ってくれるかは別。わたしだって事故機が日本のステルス機じゃないかって事と、こいつが寝言で日本語を使ったから優先的に会えただけで、何されるかわかったもんじゃない



『6番、本当にまずいの。ちょっと電話してくるわ。動けるようにしといて』

『うっわ久しぶりに聞いたぞそれ。て、動けるようにってまじで?』



 手をしっしっ、とさっさとやるように促しつつ携帯電話を手にする。まだ纏まるような話ではないが、このままじゃ間違いなくいけない



『ご苦労様、かの御仁とはうまく話せたかな?』



 病室の扉から出るぐらいに繋がって、遠藤大佐の暢気な声が聞こえてくる



『ここから大使館に移動させようと考えています』

『剣呑だね。必要かな?』



 当然そういう反応になろう。大使館に移送するとなれば当然タイを含めて諸外国も<<なにか>>あったと判断するだろう。そういうイシューにするべきか否か。自分の胸に問いかける



『必要です。飛び込んできた窮鳥は救うべきです。でなければイニシアチブを失いかねません』



 我ながらすんなりこんな言葉が出てくるものねと感心する。内容云々ではなく、我が国としてのスタンスの部分で折り合いをつけようとするのだ



『それを言われるとツライな。シーマンシップを我々が裏切るわけにもいかん。だが、そうまでするという事は問題があるのだな、少佐』

『遺憾ながら』



 まさか現れたのが死んだ幼馴染みだなんて思っても居なかったのだから、問題しかない。少なくとも彼の為を思えば時間をもう少し稼がなくてはならない。事故現場からのサルベージは行われるはず。彼を助けた艦でもいくらかは部品を回収しているだろうし、友好国とはいえ国家とはそういう物だ。そこから解を求めていけばそのおかしさに気付くだろう。飛びつきにくい解ではあるが



『わかった。そのまま連行してくれ、大使にもその旨説明しておく。病院にはこちらから一報詫びを入れよう』

『お願いします』



 携帯を切り振り返る。そこには病院着のままの6番が居た。靴もスリッパのままだ



『ちょっと』

『いやぁ、周り見渡してみたんだが、なんもねぇんだよ俺の私物』



 それはそうか、海上から救出した時点でずぶ濡れボロボロの筈で、治療と確認の為にそりゃ脱がすし(なんならハサミで切り取りすらするだろう、意識が無ければ)旅行鞄は機体と一緒に海の底か



『携帯もなし?』

『なし、落ちる前に最悪遺言代わりにってメール打ち込んでてゲロ袋に包んで座席に置いてたから手元に置いてなかったんだよ』



 そういうとこだけなんで準備が良いの!と悪態をつきたくもなるが、まあそれなら何もないか。歩きながら話す段取りで連れ出すか。ナースステーションの前は通らないといけないけれど、幸い、というか6番は昔と変わらず日に焼けて浅黒いので他のタイ人の患者とある程度見分けがつかない、と思う。シリキット海軍病院は民間人の受け入れもしているので、それもありがたい。日数が経てば看護婦らの認知も進んでただろうから、出るなら早く、今しかない



『じゃあいくわよ、ついてきて。病院には後で説明するから』

『へいへい』



 周りを確認しつつ私が先行する。場所と年齢が違えど、昔もこういう感じだったかなぁと懐かしくなる。大病院というのが本当に利している。とりあえずは誰にも怪しまれずに進めている、が・・・



『ちょっと待って』

『あん?』



 階段の横、エレベーターから見知った顔が降りてきた。げっ!あの後退したデコと嫌味たらしい鷲鼻にサングラスはフランス大使館のロベール大佐だ。彼も話をタイ側に聞かされて来た口に違いないけど、まさか武官本人が来るとは



『見知った顔だから見られると不味いわ、下がって』

『お、おう』



 6番を体ごと押し付ける形で病院の通路の柱を壁に身を隠す。不在なのがバレると面倒になるからいそがなきゃ



『・・・行ったわね』

『まさか戦争中とか言わんよな』



 やり過ごしたのを見越して、心配そうな声で6番が聞いてくる。外人の武官までもが訪ねてくるとなると、それなりに不安になったらしい



『欧州大戦の頃からフランスは味方。とは言え、本国で主流派になりきれなかったド・ゴール派が各海外領土に流された関係でゴーリストが多いの。あいつもその一派の一人でタカ派、嫌味とエスプリを聞かされ続けるのが好きなら戻る?』

『謹んでお断りさせていただきたいです』



 

 そんな会話をしながら駐車場にたどり着く。6番が助手席側に行こうとしたのをむんずと掴んで止める



『あんた一応護衛対象なの、後ろ乗って』

『あー、了解了解。参ったね』



 これでしのごの言わないならもっと扱い易いんだけど、そこは昔から変わらないんだから、性分という奴は世界を跨いでも変わらないようね



『ところであんた、事故がなかったら何しに飛行機乗ってたの』



 車を駐車場から出し、バンコクに向けて高速に乗せる。ここまで来ればとりあえずは一安心だわ



『ルポの為の取材でミャンマーへタイから陸路入国するつもりだったんだよ』

『ミャンマー?ミャンマーって随分昔の国名を使うのね』



 はぁ?という顔をされたのでかいつまんで説明すると、タイの隣国であった旧ビルマにしてミャンマーは、その最後、雲南から侵攻して来た国民党雲南閥に抗しきれず降伏して、その長の名前と神格化から竜雲国と国号が変わっているのだけれど、崩壊した中華圏唯一の独立国家として華僑の最後の拠り所にして麻薬を主産業とし売りさばく治安の悪い失敗国家の悪名を轟かせている



『マジかよ・・・』

『そっちじゃ上手く捌いたのかしらね。ミャンマーのままって事は』



 頭を抱える6番に苦笑する。これはお互いすり合わせが必要そうね。というか、混乱の元だからおいおいやっていくべきと再認識したわ



『あー・・・じゃあ6番さ、ちょっとあんたの事で聞きたいんだけど』

『なんだよ』



 ・・・どうしようか、言い出しといて聞きにくいなぁ。いや、これは確認しとくべきよね



『奥さんいんの?子供とか』

『・・・いねーよ、収入も安定しないし、東南アジアを飛び回ってたからな』




 もし、居るのなら早く元の世界に返してあげなきゃと思っていたから、その事については気が楽になったわ。分別はちゃんと持たないとね。バックミラーで確認すると、6番も何か考えるように外を見ている



『・・・まさか童貞とか言わないわよね』

『ど、どど童貞ちゃうわ!その、お前はどうなんだよ・・・居るのか?家族。軍人様なら居てもおかしくないだろ?』




 冗談めいて言ったが、お互い14年もブランクがあるのだから、知らない部分もあって当然よね



『話自体は来たりしてるみたいだけど、結婚はしてないわ。特定の彼氏もなし、その方がレセプション上優位な時もあるから』

『そうか・・・』



 実際、この身上を言う事で相手方から自身の親族のあれこれを言ってくる事が多いので

重宝してるとこもある。駐在武官補としての武器に出来ると楽をして来た、とも言えるかも



『ホッとした?』

『うるせえ』



 私の混ぜっ返しに顔を背ける6番に苦笑しつつ、ハンドルを強く握る。どうにかしてあげなきゃね、ここまで来たら

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