第8話「満点の回答だよ」
駄目だった。せめて、理由が知りたい。
「なんで?」
「中卒は何かと不便よ。探索者になるんだとしても、教養ぐらいは身に着けておいた方がいいでしょ? それに、働きたくなった時どうするのよ」
「働きたくなんてならないよ!」
「最低な発言ね」
もっともだ。でも、教養を身に着けるだけならわざわざ高校に行く必要はないだろう。それに、働く気がないなら高校を出る必要なんてない。そう主張すると、お母さんは首を横に振った。アンタ何にも分かってないわねぇと言われているようで少しイラついた。
「何故レベル5に三十歳以上の人間がいないのか、考えたことはないの?」
……そういえば。
一番上の桜牙さんでも二十一歳。探索者の最高年齢も、今の所二十八歳だったはずだ。最低年齢は六歳。
でも、それはただ単に年を取って体が衰えているだけなんじゃ。
「アンタ、何にも分かってないわね」
はぁ。
「年を取ると人間の想像力、そして創造力は衰えるのよ」
「……でも、作家とか、ほとんど三十超えてるじゃん」
「作家の想像力と創造力は、探索者のそれとは違う。それぐらい想像できるでしょ?」
「む」
あまりピンとこないが……分かっていることにしよう。
でも……なら、想像力と創造力が衰える前に大金を稼げば良いだけじゃないか。
「確かにそうね。でも、そんな大金を稼げる保証なんてないでしょう。そして……何より、世間体が悪いわ」
「世間体って……私のことは考えないの?」
「私があなたのために何かすることはないわ。結果的にあなたのためになったことはあるかもしれないけれど。あなた達を産んだのも、あなた達を育てたのも、全部自分の為だし」
……このエゴイストマザーめ。
「自分に甘いのね」
「あら、そう? 私は親になってから誰かに甘えたことなんてないのだけれど」
「甘えられる人はいないの?」
「わたし達に甘えればいいじゃん!」
恋夏も話に入ってきた。
母は言う。
「親が子供に甘えるなんて、あってはならないことなのよ」
親は子供を甘やかすものなんだから――と。
なら、高校やめさせてよ。
■■■
「あの噂ってガチなんですか?」
後日、ダンジョン庁の喫煙所に入ると桜牙さんがいたので、質問してみた。
「ガチって、何がだ?」
「凜音さんが静凛さんのために当時レベル5だった男探索者を……ってやつです」
「あー……」
昨日レベル5についてネットに転がっている情報を調べてみたところ、こんな事件があったそうだ。
通称、『舞沢凜音のレベル5大量追放事件』。
「急だったから、俺もびっくりしたな」
「桜牙さんはどうして見逃されたんですか?」
一番気になっているポイントはそこだ。
もし仮に凜音さんが既存のレベル5を抹殺しようと意気込んだ場合、私の死は確定する。それは絶対に嫌なので、出来ることなら逃れたい。
第二位――『奪取』。他探索者の魔術を奪い、自由自在に使いこなすことが出来る最強の探索者。彼女から逃れる方法を、伝授してもらいたいのだ。
「見逃されたっていうか、元々俺はターゲットじゃなかったんだよ」
「え」
ターゲットじゃなかった……ってことは、つまり。
「桜牙さん、女の子だったんですか」
「違ぇよバカ」
違ったらしい。じゃあ、凜音さんのターゲットとは。
「アイツは妹に性的な目を向けた人間をターゲットにしたんだよ。自分もそういう目を向けられてきたから、見ればなんとなく分かるんだってよ」
「なるほど」
なら、男だろうと女だろうと静凛さんに性的な目を向けた時点でアウト、ということだろうか。
「男女関係ないと思うぞ。まぁ、当時のレベル5には女探索者なんていなかったからな」
「そうなんですね。……なら、柊琴葉はいつぐらいにレベル5になったんですか?」
私が凜音さんのターゲットにはなり得ないと分かったので、ひとまず安心。あとは、直接会う前に柊琴葉の情報を得ておきたい。
「琴葉? えーと……俺が十五の時に凜音が入って、その翌日だから……六年前だ」
「柊琴葉が私と同じ十七かその下だと考えると……十歳か十一歳。相当若いですね」
世界最強の小学生って、かなり危ない気がする。善悪の判別がついてるかどうかも怪しいラインだ。
「七年前のダンジョン災害で両親を亡くし、アイツ自身も一年近くダンジョンの深淵に取り残されてたんだ。おかげで、膨大な魔力を手に入れたみたいだな」
両親の命と引き換えに、ということだろうか。気分のいい話ではない。
ダンジョン災害――それはダンジョンが元あった場所から落ちてしまい、周辺の土地ごと崩壊してしまうことだ。ダンジョンが初めて確認されてからこれまで、およそ十一件確認されている。七年前のが最新の災害だ。それ以来ダンジョン災害は起きていないが、以前はかなりの頻度で発生していたらしい。初めてダンジョン災害が確認された日からどんどん起こる頻度が高くなり、最小スパンが五年。恐ろしい。
「ま、今のアイツは幸せそうだぜ。レベル5が本当の家族みたいなもんだからな」
「……それに、私みたいな余所者が入っていいのでしょうか」
「別に反対はしてなかったぞ。ただ、また女の子、と文句は垂れていたが」
「第一位は逆ハーをご所望ですか」
「そういう意味じゃないんだが……まぁいいか」
流石に俺はそこまで期待してないがな、と桜牙さん。私は首を傾げた。
首を傾げてはみたが、もう答えは出した。ただ、言う必要がないだけだ。
桜牙さんに言う必要はない。
そういう意味じゃない、という桜牙さんの言葉。ならどういう意味なのか。
その答えは――桜牙さんと柊琴葉の関係にあるだろう。
■■■
「どういう関係なんですか……?」
喫煙所を離れ、一旦桜牙さんと別れると、昨日と同じセーラー服を着た少女が話しかけてきた。
「どういう関係って……古橋桜牙さんとってこと?」
「はい。ただの他人っていうわりに、よくセットで見かけるし……」
「勘違いだよ。あの人と二人きりになったのはこれで二回目だから」
三回目かもしれない。どちらにせよ、すごくどうでもいいことだ。
しかし、目の前の少女にとってはとても重要なことらしかった。
「……桜牙さんのことが好きなんですか」
「別に」
変な事を訊かれたので、即答する。私の好きな人は、咲良しかいないのだ。
「そうですか……いや、噓っぽくないし、本当にそうなんだろうなと、分かってはいるんです。でも、やっぱり不安で」
「不安?」
「私、高校生だし、桜牙さんって大人だから、相手にしてもらえないのかなって」
「私も高校生だけど」
「……確かに。迷う必要なかったかも」
なんと単純な。思わず笑ってしまう。
「な、なんで笑うんですか」
「だって、そんな単純なことに……あははっ」
「……もう。あんまりからかわないでくださいね」
いじけた顔も、やっぱり可愛かった。思わず頭を撫でたい衝動に襲われるも、必死に我慢する。
「分かったよ。まぁ、私は応援するから。頑張ってね、柊さん」
「ありがとうございます。えぇ、頑張りま……ん?」
目の前に居る少女――柊琴葉の表情がこわばる。
「な、なんで。桜牙さん、気付いてないって言ってたのに」
「本来なら気付かないフリした方が良いかなって思ったんだけど、ここまであからさまだと……流石に、ね」
「あからさまって……」
私が柊琴葉の年齢を十七かその近くだと仮定した時、桜牙さんは否定しなかった。高そうなペンダントを身につけているのも、そういうことだろう。
そして柊琴葉は古橋桜牙に好意を抱いている――それは桜牙さんの話を聞けば十分に推測できることだ。また女の子か、という文句は、恐らく桜牙さんが新しい女に靡かないか、新しい女が桜牙さんのことを好きにならないか、という心配からだろう。
また、昨日は新人である私の事を確認するために目の前に現れたといってもいいかもしれない。桜牙さんはそれを利用して、今日私がどのぐらい想像出来ているかを柊琴葉についての話で確かめようとしたのだ。
それにしても……レベル5の給料には期待できそうだ。思わず笑みがこぼれる。
「へへへ……」
「すっごく汚い笑顔だけど、大丈夫そ?」
そう言って呆れ顔になる柊琴葉に、私は少しだけ感心した。既に彼女の表情から困惑の色は消えている。恐らく、全てを理解したのだろう。もしくは想像か。
ただの高校生であっても、侮れない。流石は第一位。想像力が桁違いだ。
「さっきのは演技だったの?」
「まぁ。それに、同い年だし。会うのは二回目なんだから、このぐらい気軽に話すよ」
ふむ。どうやら、柊琴葉は私よりもかなり陽の部類に入るようだ。私が低すぎるだけなのかもしれない。
私は言う。
「それじゃあ、認めてくれる?」
柊さんの表情に一瞬だけ驚きが見えた。
「まさか、そこまで分かっちゃうなんてね。うん、全然合格。他の三人は既に認めているらしいし、これで本当にレベル5加入だよ。おめでとう」
レベル5に加入する条件、それはレベル5のメンバーに認められることだ。
桜牙さんの場合は加入試験。凜音さんの場合は妹と仲良く出来るかどうか。静凛さんはよく分からないけど、多分凜音さんがオーケーを出せばオーケーなんだろう。
そして、柊さんの場合は小出しにされた情報からセーラー服イコール柊琴葉という答えを導き出すことと、柊さんの桜牙さんに対する気持ちを見抜くこと――
「――で、いいんだよね?」
「満点の回答だよ。簡単すぎたかな」
「いや、結構難しかった」
本来なら、昨日の時点で気付いていてもおかしくなかった。私がそのことに気付いたのは今日の喫煙所でのことだ。
――流石に俺はそこまで期待してないがな。
それを聞いて、桜牙さん以外の人間がそこまで期待している可能性に行き着いたのだ。
「レベル5加入おめでとう。これからよろしく、夕夏さん」
そう言って、手を差し出した。握手待ちのようだ。
私はその手を取り、
「よろしくね、琴葉さん!」
と言った。
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一般人の私が親友を守るために本気を出したら、レベル5ダンジョン探索者になっていました。 四谷入り @pinta
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