第6話「何を考えてたの?」

 舞沢凜音はシスコンである――というのは、レベル5を調べている人間にとっては周知の事実だ。私は今までレベル5に興味がなかったから当てはまらない。

 それでも、予想は出来たかもしれない。桜牙さんの言った「姉妹仲が良い」、「邪魔してやるな」とはこういうことだったのか。でもそんなことを言うわりに、桜牙さんは彼女らの仲を邪魔しようとしている。心変わりか。


「……ちょっと、相浦さん」


 しばらく桜牙さんと舞沢凜音の口論を見ていると、舞沢静凛から声をかけられた。同い年らしいけど、一応敬語で反応しよう。


「はい。静凛さんですか?」


「うん。わたしは舞沢静凛。同い年なんだから、ため語で全然いいよ」


「分かった……ちょっと待って」


 なんで静凛さんは私の年齢を知ってるの……?


「散々待たされたから、その間に色々と調べ済み」


 あぁ、なるほど。頭を使って考えれば簡単に分かる事だった。

 そりゃそうか。国家機密レベルの秘密を抱えるレベル5の新メンバー候補。誰でも調査するよね。

 あ、遅れたのは私のせいじゃないけど、一応。


「えっと、ごめんね……」


「悪いのはどうせ桜牙先輩でしょ。てか、あの子もう帰っちゃったよ」


「あの子って?」


 私が訊くと、静凛さんは少し躊躇ってから口を開いた。


「……ヒイラギコトハ」


「え、ほんと?」


「本当。柊琴葉ひいらぎ ことはについてはまだあまり知らないでしょ?」


 ヒイラギコトハに限らず、ここにいる全員の事を全く知らないのですが。


「えっと、名前の漢字は『柊黐』の『柊』と、『琴柱角叉』の『琴』、そして『葉山葵』の『葉』で、女の子なの」


「例えむずっ!」


 まぁ、『ヒイラギコトハ』を漢字に直せばそうなるだろう。そして、その名前で女じゃなかったらちょっと驚く。

 静凛さんが柊琴葉を『あの子』呼ばわりしていたから、恐らく年上ではない。年下か、同い年の学生かな。柊琴葉の住む場所は知らないけど、学校に通う人じゃなきゃ午後の八時前に帰らないでしょ。定時制にしては遅いから全日制。

 一応外はもう暗くなっているし、こんな時間に帰るならわりと近場に住んでいるのかな。ここらへんにある高校は――


「相浦さん?」


 分からないから、あとで調べておこう。

 静凛さんは怪訝そうにこちらを見ている。引かれたかもしれない。考えていることをそのまま口に出しているわけではないと思うんだけど、挙動不審だったのか。いや、もしかしたら無意識にぶつぶつ呟いていたのかもしれない。もしそうなら恥ずかしい。


「なんでもないよ。それより、私は静凛さんのことが知りたいなぁ」


「わたし? わたしは別に、面白い魔術とか使えないし」


「いや、ダンジョン関連のことじゃなくて」


 趣味とか。そう言うと、静凛さんは驚いたように目を見開いた。


「なにそれ。友達みたいな?」


「静凛さんが良ければ……」


「全然良いよ! 嬉しい!」


 まるで生まれて初めて友達が出来た時のように、静凛さんは相好を崩した。

 本当に嬉しそうな顔をした。

 きっと、彼女は純粋なのだろう。純粋で、嬉しいことを嬉しいと思えるような人間だ。とても素晴らしいことだ。

 咲良とは、まるで違う。


「趣味はあるの?」


「わたしは読書が好きかなぁ。ミーハーだし、難しいのは苦手だけどね。後ろにある本棚も、ほとんどわたしが持ってきたやつなの」


 言われて、私は部屋の奥の本棚に目を向ける。東野圭吾先生の『仮面山荘殺人事件』や、首藤瓜於先生の『脳男』など有名どころの推理小説が並んでいた。日本の作品が好きなのか、海外文学は本棚になかった。私はあまり本に詳しい方ではないが、それでも『さよなら妖精』ぐらいは知っている。

 ライトノベルも何冊か置いてあった。『ロシデレ』や『おとてん』など最近の有名なラブコメが多い。


「結構色んなジャンルを読むんだね。『高校事変』は私も好き」


「うん、わたしはあまり友達がいるようなタイプじゃないから、どうしても趣味がインドア系になっちゃうの」


「インドアでいいじゃん」


「ますます周りと話が合わなくなっちゃったって話」


 なるほど、と相槌を打つ。しかし、内心では静凛さんの話に違和感を感じていた。

 彼女は典型的なコミュ障や陰キャとは違い、初対面の私相手でも問題なく会話出来ているし、距離の詰め方も上手いと感じる。周りとは学校のことだろう。

 アウトドアな趣味を持っていないからといって、周りの人間と話が合わなくなるだなんてことは流石にないだろう。

 今の時代ならインターネットに精通した学生だって数多くいるだろうし、クラスに一人ぐらいは読書好きもいるはずだ。じゃなきゃ図書委員はどうするんだ。

 静凛さんに友達が出来ないのは、話が合わないからじゃない。他に原因がある。そしてその原因、というか犯人は恐らく――


「またぼーっとしてる。無視されると悲しいな」


「あ、ごめん。何でもない」


「何を考えてたの?」


「マーヤってどこ出身だったかな。思い出せないの」


「……ユーゴスラヴィア」


 そうだった、と私は頬をかいた。言い訳にしては雑かもしれなかった。

 静凛さんを騙せたのかもしれない。しかし、それだと私は静凛さんの話を聞き流して小説のことを考えていた人間になってしまう。静凛さんに気を悪くした様子は見えなかったが、内心では「話聞けよビ〇チが!」とでも思っているのでは。


「ごめんね」


「許してあげる」


 ありがたい。

 静凛さんは柔らかに微笑んでこちらを見る。内心で「話聞けよビ〇チが!」とか思っている様子はない。私は安堵した。


「それで、何の話だっけ?」


「お姉ちゃんの話。うちのお姉ちゃん、シスコンなんだよね」


 と、静凛さんは姉の膝に座りながらそう言った。

 私は目だけを動かして凜音さんの方を見る。凜音さんは相変わらず桜牙さんと話している。どっちかというと、桜牙さんの方がいちゃもんつけているような感じだった。


「それはまぁ、見れば分かるけど……」


「いや、お姉ちゃんはこんなもんじゃないの。度が過ぎてるの」


 度が過ぎてるって、どういうことだ。訊こうと思ったその時、突然凜音さんがこちらに顔を向けた。


「相浦夕夏ちゃん」


「は、はい」


 急に名前を呼ばれ、ドキッとした。その声はとても優しかった。


「もうすぐ九時になるから、そろそろ帰りなさい。魔術に関しては私が面倒を見てあげるわ」


「え」


 面倒って……え?


「良いんですか」


「良いに決まってるじゃない。それに、このクソッタレ男に新人の教育を任せるわけにはいかないわ」


「クソッタレって……」


 そんなに悪い人じゃないと思うのだけれど――そう思って桜牙さんに視線を向ける。その顔には悪い笑みを浮かべていた。

 私はやっと桜牙さんの真意に気付いた。


 桜牙さんが拾ってきた新人。このままいけば桜牙さんが新人を教育することになる。それはとても面倒だ。どうにかして避けたい。そう思った桜牙さんは、新人の教育を誰かに押し付けることにした。

 舞沢静凛はまだレベル5になってから日が浅いし、柊琴葉はそもそもいない。なら、舞沢凜音に押し付けよう。

 そのために、桜牙さんは凜音さんにいちゃもんをつけ、悪い印象を与えた。

 その間、私と静凛さんは仲良く会話していた。

 凜音さんは思うはずだ。

 ――妹と仲良くなった新人が、このクソッタレ野郎に教育されたらどうなるか。妹に悪影響を及ぼすかもしれない。


 しかしここで疑問が残る。

 普通に頼めばよくね? と。

 深読みしすぎたか、それとも――。


「じゃあ、行くぞ」


 桜牙さんはそう言って部屋から出ていった。私は静凛さんと凜音さん二人に挨拶をしてから後に続く。

 部屋から少し出た場所で止まっていた桜牙さんの隣に並ぶと、そのまま二人同時に歩き出す。

 そして、


「俺の行動の意図を答えろ。これが加入試験だ」

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