第5話「どんな関係ですか」

 車に揺られて数時間が過ぎた。未だ目的地には到着していない。

 私達がどこへ向かっているかは大方予想が付く。東京都にあるダンジョン庁の総合施設だ。探索者になるための手続きは各都道府県の各市町村にある役所・役場のダンジョン窓口で行える。しかし、レベル5と例外は話が別らしい。

 鳥取から東京までを車で走るのだから、少なく見積もっても八時間以上はかかるはずだ。もっと良い移動手段はなかったのだろうか。

 そもそも、桜牙さんと鈴音さんが砂丘ダンジョンに来たのは咲良の配信で謎の男を確認したからじゃないのか。もしそうなら、彼らは一体どうやってここまで来たのだ。私は訊いた。


「……ねぇ。行きはどうしたのさ」


「行きは凜音さんが送ってくれたんです。九州の実家に帰省するついでで」


 舞沢凜音――今の所は世界に四人しか居ないレベル5の内の一人で、『奪取』と呼ばれる最強レベルの固有魔術を持つ探索者。一つ下の妹もレベル5の一員。


「ていうか、レベル5の人と会ったことあるの?」


「凜音さん、静凛さんとは結構仲良しです。連絡先も交換していますし。コトハさんとは何回か話した程度で……。しかも、認識改変系の魔術が張り巡らされていたので、体型、性別すら分かりません」


「そうなんだ」


 どうやらヒイラギコトハは徹底的に自分の情報を隠そうとしているみたいだ。ただ、鈴音さんが会話をしたということは人外ではない。

 うーん、第一位の正体が全然分からない。


「私から情報を引き出そうとしても無駄ですよ」


 悩んでいると、鈴音さんから釘を刺された。分かったって。

 私はわざとらしく頬を膨らませて、あざとくふん、と鼻を鳴らす。鈴音さんは嫌な顔をした。


「……仲良くしろよ。これからも付き合いがあるかもしれないんだぞ」


「嫌だ。私、この子嫌いだし」


「えー。そんなこと言わないでよ鈴音ちゃん。仲良しこよししよ?」


「お断りです」


 鈴音さんの断固とした態度に、桜牙さんはため息をついた。

 まぁ、いずれ仲良くはなるだろう。桜牙さんの話では、舞沢静凛がレベル5入りした時も、鈴音さんは今のような状態だったらしいのだから。

 時間は全てを解決するのだ。


「この後、鈴音はしばらく車の中で待っててくれ。運転するならせめて俺に連絡しろよ」


「うん」


 どうやら、大した時間はかからなそうだ。ダンジョンを出たのが昼の十二時で、今はもう夜の二十時。そろそろガチで帰りたい。ていうか。


「鈴音ちゃんって運転出来るの?」


「……ちゃん付けですか。まぁいいでしょう。運転? そんなの楽勝です」


「嘘つけよ」


 噓なのか。


 ■■■


 どうやら、鈴音さんはこれまで何度か勝手に兄の車を運転して事故を起こした経験があるそうだ。随分やんちゃするなぁ。

 それはそうと、目的地に着いたみたいだ。何らかの魔術によって窓から外が見えない状態ではあるが、乗っている車が駐車している感覚ぐらいなら分かる。


「鈴音、トイレ大丈夫か?」


「今は大丈夫。でも、もしかしたら後でしたくなっちゃうかもしれないから、鍵を置いていって」


「……ペットボトルでしとけよ」


 年頃の女子になんてことを。

 桜牙さんが車を降りると、私もそれに続く。鈴音さんは不満そうな顔で桜牙さんを睨んでいた。


「相浦夕夏」


 入口の前で桜牙さんから声をかけられた。「はい?」と返事する。


「今訊いておくが、レベル5探索者になる意思はあるか?」


 これは重大な決断になる。だが、最初から選択肢は一つしかない。

 ある。だってレベル5にならなきゃ、私ただの人殺しじゃん。


「あります」


 私がそう答えると、桜牙さんは無言で歩き出した。開きっぱなしだった自動ドアの中に入って行く。私も続いた。

 正面玄関を抜けた先のロビーの内装は、まるで病院の待合室だった。総合病院のような広さで、背もたれ付きの椅子が十数個。受付は主に若い女性が担当しているみたいで、男性やおばさんはその奥のオフィスでパソコンとにらめっこしていた。やはり、若さが正義なのか。

 桜牙さんはその若い女性らに目を向けることなく、ロビーを抜けてスタッフ用の通路に向かっていった。私も後をついていく。

 そういえば、


「誰も私に反応しないんですね」


「お前は有名人だからな。即席で認識阻害魔術を組んだ」


 ……はええ。いつの間にかそんなことを。

 全く理解できない。どうやって認識阻害とかをイメージしているんだろう。

 回復魔術は何となく分かる。多分もう使えると思う。咲良の固有魔術、『視点移動』は無理。他人の意識や認識をどうやって操るというのだろう。


「……気になるなら後でレベル5の誰かに教えてもらえ。コトハ以外なら別に断らないだろ」


 ふむ。ヒイラギコトハは魔術の使い方を教えてくれない、と。

 随分冷たいやつだ――いや、もしかしたらヒイラギコトハは認識阻害魔術を使えないのでは?

 そんな想像が頭に浮かぶが、すぐに一蹴した。例外を含まないとはいえ、地球一だぞ。使えないなんてことはないだろう。


「舞沢静凛さんと、舞沢凜音さんでしたっけ」


「あぁ。既に分かっているとは思うが、二人は姉妹だ。姉妹仲はかなり良好だから、くれぐれも邪魔をしてやるな」


「……?」


 邪魔ってどういう意味? 桜牙さんに訊こうとしたその時、後ろから声をかけられた。


「あ、あの!」


 私と桜牙さんはそろって後ろを向く。声の主は、私の方を見ていなかった。恐らく桜牙さんに話しかけたのだろう。

 声の主は女で、長くて綺麗な黒髪にセーラー服を着ていた。恐らく高校生だろう。かなりの美人だが、垢抜けていなかった。家が金持ちなのか、高そうなペンダントを身につけている。

 その女の子は、少し緊張したような顔つきで訊いた。


「桜牙さん、その、隣の方は……えっと、どんな関係ですか」


 だいぶ慌てているようだ。それに、声が若干震えている。

 ……もしかして、彼女――


「他人だ」


 桜牙さんは即答した。私の目の前でそう言った。

 他にもっと言い方があると思う。


「そ、そうですか。失礼しました」


 桜牙さんの返事を聞いて満足したのか、女の子は足早に去っていった。

 彼女、たぶん。


「たぶん、あの子桜牙さんのこと好きですよ」


「……知っている。どうすればいいのか、見当もつかない」


 レベル5メモ。古橋桜牙はモテる。そして、恋愛初心者。鈍いわけじゃないみたいだけど。

 そんなことを考えていると、前にいる桜牙さんが足を止めた。


「どうしたんですか?」


「着いたぞ」


「え、ここ?」


 私達が居る場所、そこは会議室の前だった。人も結構通ってるし、レベル5関連の話をするのにここの会議室はちょっと心許ない気がする。


「ここ、大丈夫なんですか」


「大丈夫だ。凜音や静凛もいるしな」


 余計心配なんですけど。顔を覚えられたらどうするんだって話なんですけど。

 ……まぁ、桜牙さんが大丈夫だと言うなら、それは本当に大丈夫なんだろう。

 桜牙さんが扉を三回ノックした。程なくして「どーぞ」と声が聞こえた。女の声だった。桜牙さんはゆっくりと扉を開けた。


 部屋の中心には、白くて大きい長方形のテーブルと五つの椅子、そして部屋の奥には本棚があった。そして、それ以外に何もなかった。

 椅子には二人の女が隣り合って座っていた。両方ともサイドテールだったが、片方は右側、片方は左側で髪を結んでいた。髪の色は紫で、どちらもホワイトメッシュを入れていた。そして、二人とも美人だった。思わず見惚れてしまうくらいには。

 しかし、それよりも目を奪われたのは――


「遅いわよ」


「そんなこと言うなら帰りも送ってくれれば良かったんだがな」


「私が静凛をこれ以上一人にするとでも?」


「静凛はもう十七だろ。一年後には成人だ。そろそろ独り立ちさせてもいいんじゃないか?」


「駄目よ。そんなことして、静凛が傷付いたらどうするの」


「傷付きながら成長するんだよ、人間は」


「静凛には幸せだけを感じていて欲しいの」


 彼女は、隣にいる妹の頭を撫でながら、桜牙さんと口論を始めた。それでも頭を撫でる手は優しい。

 時折妹に目を向けると、顔をほころばせる。一方で妹は「また始まった」と言わんばかりの表情をしていた。


 ……ふむ。

 理解した。


 舞沢凜音は――重度のシスコンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る