第4話「わたし達、黒幕みたいな会話してるわね」

「相浦夕夏。君をダンジョン内殺人の容疑で逮捕する」


「「「……は?」」」


 私と夕夏、そして鈴音の声が重なった。

 しばらく沈黙した後、桜牙が笑いながら言った。


「冗談だよ」


 ……ノリが分からない。


 ■■■


 とあるダンジョンの深淵ボス部屋にて、鶴喰新菜つるばみ にいな鳥柴達也とうしば たつやは配信で夕夏達の様子を見ていた。長い髪を靡かせ、大量に湧くボスモンスターを動かずに処理しながら新菜がぼやく。


「また新しいレベル5だって。探索者って本当に厄介」


「いや、新菜さんの相手にはならないよ。相浦夕夏はそこまで強くないし」


 新菜は達也の露骨なお世辞に不快な気分になるが、ため息をつくだけで何も言わなかった。相手になるかなんてどうでもいいのに。

 達也は新菜の膝に頭を乗せ、半分眠っていた。小柄な体型と、男性にしては少々高めな声で自身の魔力を操作しボスモンスター以外のモンスターを処理している。新菜は達也の頭を撫でながら続けた。


「相手になるならないで言うなら、一位のヒイラギコトハだって私の相手にはなり得ないもの。舞沢凜音はギリギリだけどね」


「あの子は妹を人質にすれば無力化出来るから論外だよ」


「その妹だってレベル5の第四位でしょ。そんなリスク背負いたくないわ」


 確かに、と納得する達也を尻目に、新菜は考えていた。

 レベル5に相浦夕夏が増えたとて、わたしたちの計画は変わらない。少々犠牲になる駒の数が増えてしまうかもしれないが、問題はない。

 七瀬咲良の殺害に結姫斗壱むすびめ といちを使ったのは間違いだった。彼の固有魔術『餓死傷嘆』は強い相手に限るが強力なものだった。『苦労をしなくても強者に勝てる』という特殊な効果がある。それなのにここで無駄に消費してしまい、さらに新たなレベル5を増やしてしまったのだから、それは間違いなくわたしの失態だ。


「ヒイラギコトハ、舞沢凜音、古橋桜牙、舞沢静凛――そして、相浦夕夏。相変わらず男が少ないわね」


「舞沢妹の加入にあたって、姉が妹に危害を加えそうなレベル5の男を軒並み引退させたからね。残ったのは桜牙くんだけ」


「シスコンって面倒ね。舞沢凜音が静凛の情報に認識阻害魔術を多重にかけているせいで、未だに舞沢姉妹の情報は何一つ得られていないもの」


 新菜はため息をついた。正体不明、シスコン、変態、シスコンの妹が集まったレベル5。想像力と創造力の限界――そこに、相浦夕夏が加わったのはこちらにとっても好都合なのかもしれない。

 夕夏はしばらくの間レベル5の隙となるだろう。そこに付け入り、レベル5の情報を入手する。そして、ついさっき顔出しを果たした古橋桜牙にも仕掛けなければ。


「……やることがいっぱいだわ。本当に面倒」


「やめたら? 僕は新菜さんについていくだけだし」


「そうね」


 その選択も、悪くはない。

 でも、アリじゃない。

 もしもわたしが目的を達成出来れば、人類は滅亡するだろう。わたしは別に、無差別殺人を行いたいわけではないのだ。本当に無関係な人を巻き込むのは避けたい。

 しかし、それでもわたしには目的を果たす理由があるのだ。くだらないことだが。


「……ねぇ、達也」


 ふと、新菜は思った。


「わたし達、黒幕みたいな会話してるわね」


「……黒幕だからね」


 確かに。


 ■■■


 大事な話があるとのことなので、私は咲良と別れて古橋兄妹についていく。

 未だに人を殺した実感が湧かない。罪悪感なんてあるはずもない。アイツは咲良を傷付けた。


「……わりと冷静なんですね」


 移動中の沈黙に耐えかねてか、古橋鈴音は私の方を向くと真顔でそう言った。

 冷静、というのは。


「人を殺しておいて」


「うん、まぁ。やらなきゃ殺されてたし」


「そうですね」


 私の答えに満足したのか、古橋鈴音は微笑を浮かべた。


「あなたが殺人を犯した場面は全世界に配信されています。それも、国内で最もリスナーの多いダンジョン配信者に。あなたはこの先普通の日常を送ることが出来なくなるでしょうね」


 微笑を浮かべながら、彼女はそう言い切った。はぁ。

 妹に迷惑がかかるのはいただけないが、咲良があそこで死ぬよりはマシだろう。


「私悪くないもん」


「善悪は世間が決めるものです。個人が決められるものじゃないんですよ」


 ……やけにあたりが強い。私、何かやっちゃいました?

 必死に心当たりを辿ったが、一向に見つからない。小さくため息をこぼすと、私の心中を察したのか、古橋桜牙が答えを教えてくれた。


「お前の登場によって、鈴音のダンジョン庁公式探索者ランクの順位が下がっちまうからな。今までは五位だったのに、六位に転落だ。それに、咲良の順位が上がっちまう恐れもある」


「ちょ、ちょっと」


 咲良の順位が上がる――恐らく、敵の不意打ちに対応してみせた部分が評価されたんだろう。改めて考えると、目の前に居る彼女は、そんな化け物じみた咲良よりも強いとダンジョン庁からお墨付きを貰っているわけで。

 怒らせたらまずいのでは。

 とりあえず今の段階で私に悪い部分はない、それが確認できたのは良かった。意味不明が理不尽に変わった。正体が分からないというのは、とても怖いものだから。


「舞沢静凛が第四位になった時も、同じような事を言っていたな」


「……忘れて」


 兄に対しては敬語が外れるのか。冷たい女だと思っていたが、流石に家族の前ではそうなるか。

 私にも妹が一人いるけれど、妹は何でも出来る子だし、心配はいらないだろう――というのは、中学生の妹に対して少々冷たいのかもしれないが。


「私、咲良と近い実力のレベル4についてはそこそこ詳しいという自信があるんですが、レベル5についてはあまり知らないんです。調べてもいない。良かったら教えて貰えませんか」


「目的地に着いたら話すさ。それに、鈴音はレベル4だからな」


 レベル4の前では話せない――レベル5という存在は、どこまでも機密的だ。詳しいことを知っているのはレベル5の四人のみ。国や、ダンジョン庁でさえその全貌を詳しく知らないという。

 第一位に関しては、レベル5のメンバー以外誰もその顔を知らないらしい。総理大臣や天皇でさえヒイラギコトハのご尊顔を拝むことは不可能なのだ。


「秘密が多いんですね」


「もし漏れたら世界が終わるような情報だってある。そして、お前はそれを扱う張本人となる」


「そうですね」


 同意してみたが、実際のところかなり面倒だ。世界を変える程の情報なんて聞きたくない。責任という言葉が、そして存在が嫌いなのだ。


「ちなみに辞退する道もある」


「え?」


 私は思い切り素っ頓狂な声を出した。レベル5を辞退って、え?


「これは公式サイトにも公開されている情報なんだが、第二位『舞沢凜音』の固有魔術は『奪取』だ。他人の固有魔術を奪う能力だから、お前のその『反転』能力を凜音が奪えば万事解決だ。一度奪われた魔術はもう二度とイメージ出来ないからな」


「そうなんですね」


 ダンジョン庁公式サイトには、登録されたダンジョン探索者全員のプロフィールが掲載されている。もちろん例外もいるし、登録されていない探索者のプロフィールを見ることは出来ない。ただ、普通の探索者には公開非公開を選べないようになっている。

 まぁ、私は全て確認していないのだが、レベル5も一応掲載はされている。大半が詳細不明と***で、すぐに見るのをやめてしまった。


「奪取、ですか」


 あまり良い印象が浮かばないが、魔術としては間違いなく強力に違いない。

 こうなると、舞沢凜音よりも強いとされる第一位の『ヒイラギコトハ』は、どんな固有魔術を使えるのだろう。私は訊いた。


「ちなみに第一位ってどのくらい強いんですか?」


 私の問いかけに、桜牙さんは苦い顔をした。鈴音さんの前だから?


「相浦さんがレベル5として探索者になるなら、教えてもいい」


「なるほど」


 これは迷う。私は好奇心に逆らえないのだ。


「私としてはあなたが辞退してくれた方が嬉しいのですけれど。でも、これは人生を左右する重大な決断です。好奇心なんかで自分の人生を終わらせてしまうだなんて、そんな愚かなことはありません」


 私が迷っていると、鈴音さんが咎めてきた。まぁ、そうだよね。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」


「私は別にあなたの心配なんてしていません」


 ……ツンデレかな。

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