第3話「逮捕する」
夕夏の無事を確認し、私は男の正面に立つ。男は不敵な笑みでこちらだけを見ていた。
謎の男――確実に私よりも強いであろうコイツの狙いは、多分わたし。動機は不明だが、それだけは確かだ。私は警戒を強くする。
「随分な挨拶だね」
後ろ手でバレないようにカメラの電源をオンにする。配信を付けようと勘で機器を操作していると、私はふと自分の失態に気付いた。
――配信終了ボタン押し忘れてた……。
――しかも、マイクもオフにしてなかった……。
私は気付かないふりをした。
まず、配信を通してダンジョン庁にこの事態を伝えなければ。
「挨拶なんていらねぇ。だって俺は不良だも~ん」
そう言って男は手刀を横にふった。すると、手刀が通った箇所に突如として莫大な魔力が生み出される。目視出来るほどの魔力の圧縮度と量。やはり、彼は相当強い。
(まずい)
反射で壁タイプの防御魔術を組むも、大した緩和材にはならなかった。私はもろに相手の攻撃を受ける。
「がはっ……!」
「おいおいおい……公式ランク六位の凄腕探索者さんが俺みたいな弱者に負けるわけないだろ?」
実際に攻撃を受けてみて分かったことは、この男がレベル5の探索者ほど強くはないということだけだ。だが、能力の詳細が分からない。ソードビームの手刀版だと考えるのが一番妥当――のように思えるが。
だからなんだ、という話だ。私はその場に倒れる。意識は残っていた。
「腹パッカーン。腸は出てこないのかね?」
「……」
回復魔術を常時発動しても、完治するまでに数分はかかる。それまでこの男が律儀に待っていてくれるとは思えない。
お腹の傷はかなり深く、魔術を使っていなかったら腸や他の臓器が飛び出ていてもおかしくなかっただろう。出血がひどい。頭もぼんやりとしてきたし、本当にまずい。
「咲良!」
最悪なことに、夕夏が駆け寄ってきた。男に背を向けて、呆然とした様子でこちらを見ている。私は精一杯の力を振り絞って口を動かす。
「……にげ、て……!」
「友情って素晴らしいものだなぁ。ところで、俺がその非探索者を逃がすとでも思ったのか?」
「ひっ……!」
夕夏は怯えて体を震わせた。男はそんな夕夏に見向きもせず、しらけた様子で私を見る。夕夏のことはそもそも眼中にないらしい。まぁ、非魔力保持者はどうあがいても魔力保持者には勝てない。それは絶対のルールなのだ。
周りの音が既にあまり聞こえない。男の声も、既に遠い。
「じゃあな。お前は強いけど、面白くなかったぜ」
そう吐き捨ててから、男は私だけを狙って手刀を落とした。
これは避けようがない。いつの間にか、視界がスローモーションになった。
まだ死にたくない。夕夏を残して逝きたくない。
泣く暇もないので、私はせめて目を瞑った。
――あれ?
中々意識が途切れないので、私は目を開いてみることにした。
「……え?」
夕夏は私のすぐ近くに立っていたが、私の方を見てはいなかった。夕夏の視線を追うと、そこには――男の死体があった。
私と同じような傷が、顔、首、胸、腹、足に残っていた。
もう一度夕夏の方を見ると、夕夏は笑っていた。気分が高揚しているようだ。
同じような経験が、私にもある。あれは確か、初めてダンジョンに入って、初めて魔力を得た時。
つまり、夕夏は魔力を得た。魔術が使えるようになった。
そして――私よりも強い、この男を殺したのだ。
■■■
話はほんの少し遡る。
■■■
咲良が重傷を負っている。男の攻撃によるものだ。
私には魔力が視認できない。どういう魔術なのか、見当もつかない。
このままじゃ、咲良も私も死んでしまう。
「咲良!」
私は咲良に駆け寄った。咲良の苦しそうな顔を見て、私の頭は冷静に考えるということをやめていた。今すぐ泣き叫びたい気分だったが、必死にこらえる。
何をすればいい。どうすれば咲良の助けになるだろう。
私に出来ることは何もない。冷静さを失った私は、そんなことにも気付けなかった。いや、気付いていたかもしれないが、見て見ぬふりをしたのか。
ふと、咲良が何か言おうとしているのが見えた。私は耳を傾ける。
「……にげ、て……!」
今から、私が咲良を見捨て全速力でダンジョン外に向かったとしても、このままじゃ私が助かることはない。冷静じゃない私でも分かる。
誰かが助けに来る可能性に賭けるか? いや、絶対に間に合わない。レベル5の探索者だとしても、複雑に入り組んだダンジョンを一瞬で攻略することは出来ないだろうし、下手にダンジョン壁を壊せば、外を含むこの辺り一帯が壊滅する恐れがある。
「……っ」
唇を噛み締めることしかできない。なんて足手まといだ。
「友情って素晴らしいものだなぁ。ところで、俺がその非探索者を逃がすとでも思ったのか?」
「ひっ……!」
後ろから聞こえる男の声に、私は思わず怯えてしまう。臆病者だった。
それでも、恐る恐る後ろを振り向くと、男は咲良の方だけを見ていた。私は眼中にないらしい。助かった……なんてことはない。どちらにせよ、攻撃の対象内にいるのは間違いないのだから。
……あれ?
私は違和感を覚えた。
そういえば、なんで私は今も生きているのだろうか。魔力を認識出来ない私じゃ最初の不意打ちを避けることは困難だ。咲良の声掛けがあったとしても、今私が五体満足でいるのは不自然じゃないか。
男は一度も私に対して攻撃をしていない。むしろ、狙わないように気を付けている……?
ある一つの仮説が頭によぎる。そして、その仮説はすぐに立証されることとなった。
男が、咲良だけを狙って手刀を落としたのだ。
――で?
男の能力を見抜いたからと言って、状況は好転しない。男は既に咲良に攻撃を仕掛けてしまった。このままじゃ咲良は死んでしまう。それは嫌だ。
でも、嫌だといっても、どうすることも出来ない。せめて、私に魔力があれば。とっても強力な魔術が使えれば。
この状況を、ひっくり返せたのに。
――ひっくり返す? 好転?
脳裏にある一つのイメージが浮かんだ。
そして、やっと分かった。私はこのダンジョンに入った時点で、最初から魔力を得ていたのだ。
想像した。創造した。
この二つだけで十分だった。
なら成功する。一度気付けば、もう大丈夫。
私は――反転させた。
■■■
「……なん、で」
私が声をかけると、夕夏は正気に戻ったのか、その顔から笑顔を無くした。
「咲良! 傷は大丈夫? すぐに連れてくから。外に」
傷なんてどうでもいい。既に何分か経ったので、回復は終えている。
それより問題は……。
「一体どうやったの?」
これだ。正直、今かなり悔しい。死にはしなかったけれど、勝てなかった。明らかにレベルが違ったのだ。
それを、魔術を使い始めて十分も経っていない夕夏が倒したのだ。一体どうやって。
「あの男を倒した方法なら、ちょー簡単。攻撃の向きを反転させたの」
「……はぁ?」
理解が追い付かない。攻撃の向きを反転させる方法も、させた結果も、何もかも説明してくれないと分からない。おしえてほしい。
実際そう言ったら、夕夏は丁寧に教えてくれた。
「男の固有魔術は、恐らく『強い相手に勝つ』ことに特化した能力なんだと思う。最初不意打ちを受けたとき、咲良が声をかけてくれたけれど、その時にはもう既に手遅れだったはずなの。咲良は声をかけたと同時に攻撃を避けたからなんとかなったんだろうけど、私は声を聞いてから伏せたし、魔力が無いせいで攻撃を視認できなかったからね」
確かにそうだ。あの時、夕夏が生きている、という事実だけで満足してしまっていた。疑問を抱かなかったのだ。
「そしてあの男は、頑なに私を眼中に入れなかった。一応、私を逃がさないとかそんなことを言っていた気もするけど、多分ハッタリだね。だって、彼の固有魔術は私を殺せない」
「それで断定したの?」
「いいや。最後の最後で、私を狙わなかったことが決め手かな。多分、『強い相手には勝てる』けど、『弱い相手には勝てない』って感じ」
レベル5の探索者は、想像力が違う。誰かがそう言った気がするけれど、今日ようやくそれを体感した。
私の親友、相浦夕夏は――紛れもないレベル5だ。
「それで、どうやって倒したの?」
どちらかというと、そっちの方が気になっていた。
「咲良じゃ男を殺せないし、私は強いのか弱いのか分からなかったからね。だから、男には自滅してもらうことにしたの」
自滅してもらうって……あぁ、なるほど。
強い相手には勝てるが、弱い相手には勝てない魔術――それを持っているなら、男は自分のことを強いだなんて思わないだろう。
「だから、攻撃の向きを反転させるって言ったの?」
「そういうこと。そして、私の固有魔術は恐らく『反転』そのまま。まだ詳細は分からないけど、触れる前にあの男の攻撃の向きを変えられたから、視界内にあるものを反転させることが出来る、って感じかな」
「へぇ」
とんでもなく強力な魔術だった。使い方によっては地球が終わる。
これがレベル5――とはいっても、実際に戦闘シーンを見たわけじゃないから、私にはあまり判断がつかない。
「一応、一発で決められないかもしれないから、私と男の間で攻撃の向きをずっと変え続けていたの。だから、男は魔術が発動しなかったんだと思って何度も何度も同じ攻撃を撃ってくれた。おかげで沢山の攻撃を返せた」
だからあんなにボロボロだったのか――と納得していると、ふと近くから声が聞こえた。
「お二人とも、大丈夫ですか!?」
目の色と同じく、少し暗い茶色のポニーテールで探索者用の装備を身にまとう少女――私は彼女の名を知っていた。
しかし、もう一人の同行者には見覚えがなかった。彼女と同じ茶髪の、フェードカットにパーマをあてた背の高い男。もしかすると、兄妹かもしれない。
「私の事を知っているようですね。でも、一応自己紹介しておきます! 私の名前は古橋鈴音です。七瀬さんのライバルの、古橋鈴音です!」
「……一応名乗っておくけど、私は七瀬咲良。よろしくね、古橋さん」
ライバル、と本人の口から言われるとなんだか悪い気はしない。少しだけ上気分で名乗ってみると、同行者らしき男が「あっ」と声を出した。
「俺も古橋だから、鈴音のことは鈴音って呼んでやってくれ。俺の名前は
そう言って桜牙と名乗る男は手を差し出してきた。
しかし、私は呆然としていた。
だって、古橋桜牙という名前は――全世界に四人しか存在しない、レベル5の内の一人の名前なのだから。
……あぁ、今は五人になるか。
「えーと、レベル5の方ですよね。一応今配信してるんで、既に顔が映っちゃってるかもしれませんけれど……」
「大丈夫。きちんと考慮したさ」
「なら良かったです。よろしくお願いします」
……緊張する。
レベル5というのは、とにかくレジェンドだ。そのくせ、誰一人としてメディアに顔を晒していないという。
特に、ダンジョン庁公式ランク第一位に君臨する『ヒイラギ コトハ』に関しては名前の漢字すら公表していない。何らかの権力か何かで公式HPからも名前の漢字を隠されている、不思議なものだ。
公式ランク第二位は『舞沢 凜音』。そして第三位が、今目の前にいる『古橋 桜牙』である。
「あの男を殺したのは君かな?」
桜牙は夕夏に向かってそう問いかけた。夕夏は一瞬迷ったような表情を見せたが、すぐに頷いた。
それを聞いた桜牙は手を差し出した。
「……握手?」
「これからよろしくね、の意だよ」
夕夏は相当桜牙を警戒しているらしい。何故だろう。
今は配信中で、更に言うと桜牙は古橋鈴音の兄(おそらく)。桜牙が夕夏や私に何かすることなんてないと思うのだけれど――
「……よろしくおねがいします」
とうとう観念したのか、夕夏は桜牙の差し出した手を掴んだ。
そして次の瞬間、夕夏と桜牙の手首に手錠がかけられた。
「え?」
夕夏は呆然とした様子で桜牙を見つめる。私と鈴音も同様だった。
「相浦夕夏。君をダンジョン内殺人の容疑で逮捕する」
「「「……は?」」」
私と夕夏、そして鈴音の声が重なった。
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