第2話「見てらんないでしょ」
無理だ。
咲良を納得させられる理由が全く思い浮かばない。どうすればいいのだ。
「夕夏、何か言ってよ」
「……いやぁ、そのぉ……」
咲良の目が怖い。これ、絶対怒ってるやつだ。
「……はぁ。とりあえず、一旦戻るよ」
「えぇ、魔力欲しいんだけど」
私が文句を言うと、咲良はゴミを見るような目で私を一瞥してから、「はぁ……」とため息をついた。
ごめんなさい。でも魔術とか使ってみたい。
「私から離れないでいてね」
面倒そうな顔で咲良は言った。ようするに、私に付き合ってくれているのだ。ありがとう。とてもサンキュー。
「咲良、配信の時キャラ作り過ぎじゃないの?」
「愛想が良くないと見てくれないし、見てらんないでしょ」
「ツンツンキャラでも売れるって。咲良強いんだから」
「……
そう言って咲良は唇を尖らせて、拗ねたような顔をした。
古橋鈴音というのは、咲良と同じダンジョン配信者で、咲良の一つ上の順位であるダンジョン庁公式ランク第五位のレベル4探索者だ。配信者としては咲良の方が有名で、成功もしている。だが、古橋鈴音のリスナーのほとんどはダンジョンに興味のある若者か、実際にダンジョン探索者として暮らしている知識のある人間ばかりなのだ。同い年ということもあってか、咲良は自分を評価する時、いつも古橋鈴音を引き合いに出す。
「わざわざ比べる必要なんて無いでしょ……。それに、私は咲良の方が好きだから」
「……そう」
随分適当に返事された。
まぁ、咲良の気持ちが分からないとは言えない。私にそんなライバルがいるわけじゃないけれど、本当は近くにいた相手を、絶対に届かないところにいるって思っちゃって、失敗したことがあるから。
本当は、こんなに近いのに――そう思いながら、私は咲良の頬を突く。ツンツン。
「なに」
「ふふふ、なんでもない」
にしても、いつ私の魔力は生まれるんだ。
魔力の生成には、大体一時間程度かかるらしい。しかし、私がここに来てから既に一時間半は経っている。私がせっかちなだけなのか。
奇妙な噂話がある。いや、奇妙ってわけでもないけれど、もしそうだとしたら、結構面倒くさい。
その噂は、『レベル4以上の人間は、魔力を得るのに三時間以上かかる』というものだ。
一応訊いてみるか。
「咲良って、魔力が発現するまでにどのくらい時間が経ったの?」
「えーと……四時間ぐらい?」
……えっ。
■■■
少し前、咲良は浮遊カメラとライブのコメント欄を表示する配信専用の機器の電源をオフにした。
しかし、配信は終わっていなかった。
いつもダンジョンに出たあとで、スマホからライブ画面の『ライブを終了する』ボタンを押して配信を終えていたからこそ今まで何とかなっていたが、咲良はライブ配信の仕様をあまり把握していなかった。アカウントの作成も配信の設定も全て夕夏に任せっきりだったからだ。
そのせいで咲良は二つのことを忘れてしまった。一つは、ライブを終了すること。しかし、それ自体はそこまで大きなことでもないのだ。だって、ライブが続いていたとしても、カメラはついていないし……なら何が問題か。
咲良が忘れた二つ目のもの、それは――配信専用機器に付随するマイクをオフにすることだった。
つまり……。
「咲良、配信の時キャラ作り過ぎじゃないの?」
「愛想が良くないと見てくれないし、見てらんないでしょ」
〝全部キャラだったってこと……?〝
〝私達を騙してたの!?〝
〝ひどい〝
〝最低だ〝
咲良の素を知らない人間にとってはかなりのショックだったらしく、配信切り忘れ後たった数分間でツイクスターのトレンド一位に乗ってしまうほど話題になってしまったのだ。
なお……。
「ツンツンキャラでも売れるって。咲良強いんだから」
「……
〝ライバル視してたのか笑〝
〝意外と共通点あるな〝
〝ちょっとギャップ萌えなんだが笑〝
〝意外とちゃんとダンジョン探索者としてやってたんだな〝
〝あきらめるなサクラちゃん〝
咲良を責めていたリスナーは全体のたったの一部であり、殆どのリスナーは咲良の素を受け入れていた。
また、公式ランク六位のくせに配信では可愛いキャラをしていて、配信内でも特に大きなことをしていないとなると、どうしてもダンジョン探索者達からはアイドル扱いされ煙たがられていた『なな』だったが、この配信切り忘れを機に『なな』はダンジョン探索者達から受け入れられる存在へと変わった――という未来。もちろん、それは咲良と夕夏がダンジョンから生きて帰れた場合に限るのだが。
■■■
「なんか、モンスターの湧きが少ない気がする……」
「言われてみれば。夕夏、一応警戒してね」
はぁい、と返事をしながら伸びをする。
魔力を持たない私が警戒したところでモンスターに不意打ちされたら一発で死ぬだろうけれど、やはり念には念を、だ。もっとも、魔力を視覚化出来ない時点で全身が殆ど魔力で出来たモンスターの気配を察知することは出来ないのだが。
「……なんか、妙。ハイエナモドキが上層に湧いたのは本当にイレギュラーのせいなのかな」
「え? それ以外ありえないでしょ?」
咲良は周りを見渡し、少し怪訝な表情をした。私の質問には答えてくれなかった。
「どうかしたの」
「いや、なんか跡があるの。人間の」
人間の――この時、私の脳内には一つの可能性が浮上していた。
レベル5モンスターであるハイエナモドキが、レベル1~2程度のモンスターしか湧かない上層に湧いた理由。ダンジョン内の全てをカオスにするイレギュラー状態じゃないとするなら、それは――
「伏せて!」
咲良の叫び声にも似た指示に、私の思考は打ち切られた。咲良の言う通りその場に伏せると、頭上に大きな風が通った。その後すぐ、轟音とともに周りの壁に切り傷のようなものが出来た。
「……あーれ? 一発で殺したつもりだったんだけどぉ……」
男の声がする。正体は不明だ。
だが、きっとこの男が犯人だろう。
この砂丘ダンジョンで異変を起こした張本人。ハイエナモドキが上層に湧いた理由、それは――人為的な犯行だったから。
私は顔をあげる。男の顔に見覚えはなかった。
咲良に不意打ち出来るほどの実力を持っているなら、この男はレベル4以上でないとおかしい。しかし、ダンジョン庁に登録されている人間は、公式ホームページで顔写真と基本的なプロフィールを公開される。彼の顔はホームページの中になかった。
だとすると、彼は――例外。
レベル1~5の枠に収まらないか、もしくはダンジョン庁に認知されていない探索者だ。
――どっちだ。
私は考える。
――どっちの方が絶望的なんだ。
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