一般人の私が親友を守るために本気を出したら、レベル5ダンジョン探索者になっていました。
四谷入り
第1話「……えっとぉ」
最近、ダンジョン配信というものが流行っている。
探索者がダンジョンを探索する様子や、モンスターを狩る様子を配信するという、普通の人にとって刺激的で新鮮なものだ。
ダンジョン配信というジャンルが生まれて間もない頃は、クラン公式のレベル4適正ダンジョン攻略配信だとか、無言で高レベルのダンジョンを攻略するだとか、そういうのが人気だった。しかし、今では可愛い女性探索者がダンジョン配信業界のトップ層だ。有名な事務所や、アイドルまでもがダンジョン配信者として日々活動している。
そして、そのダンジョン配信ジャンルの頂点に立つ彼女――チャンネル名は『ななのダンジョン配信チャンネル』。配信や動画内では『なな』と自称しているが、本名は
彼女こそがダンジョン配信の頂点に立つ女――そして、私の唯一の親友でもある。
「こんにちは~! 今回は、鳥取県鳥取市の砂丘ダンジョンに挑戦しま~す!」
浮遊カメラに元気な笑顔を向けながら、今日の企画を解説していく咲良。
もし私が咲良を尾けていることがバレたら、恐らく滅茶苦茶怒られる。そのため、私はかなり遠くの場所から咲良を見守っていた。まぁ、私が咲良を守る余地なんてないのだが。
何故なら、七瀬咲良は世界に二十五人しか居ないレベル4の一人だからだ。ダンジョン関連の『レベル』というのは、主に危険度を表す数字だ。1が最低数値で、5が最高数値。中には例外もいるらしいが、咲良は例外ではない。
レベル4――通称、最上位。レベル3が拳銃だとするなら、レベル4は戦車である。もちろん、咲良は戦車の倍の倍の倍は強い。
ちなみにレベル5は地球破壊爆弾と言われている。レベル5の通称は特位である――特異な位、から来ているらしい――が、レベル4の『最上位』と比べるとなんだか強く無さそうだ。なお、レベル5は世界に四人しか居ない上、その全員が日本人である。一人で地球上の全ての生物と月を粉々に出来る戦力が日本に四人。おかげで現代の日本は超絶平和である。
「今回の装備はこちらになりま~す!」
〝ななちゃん可愛い〝
〝めっちゃ派手なのにめっちゃ似合ってるじゃん!〝
〝大好きー!〝
〝ぬいで〝
〝↑通報しました〝
〝↑ナイス! ななちゃんは誰にも汚させない!〝
相変わらずコメントは咲良の容姿等を褒めたたえるものと、セクハラ対自警団の不毛すぎるセクハラ通報合戦で埋め尽くされている。それなのに、視聴傾向は男女で半々ぐらいだ。
ダンジョンについてのコメントは少ししかないし、正直ダンジョン配信にこだわる理由なんてないんじゃ……と思ったところで、ついに咲良がダンジョン内部に入り込んだ。私もすかさず後を追う。勿論、バレないように、だ。
「砂丘にしては暗いなぁ。お化けとか出てきちゃいそうで怖いよ~」
そう言って咲良はわざとらしく震えてみせた。すると、
¥50000
〝私達が居るから大丈夫だよ!〝
¥1000
〝ワイに任せて〝
¥50000
〝大丈夫!? 絶対に無理しないでね。〝
¥2500
〝怯えてるのも可愛い〝
「……スパチャありがとね、みなさん!」
どうやらスパチャを狙っていたらしい。思い通りになったようだ。しかし、咲良は視聴者に礼を言う前のほんの一瞬、コメント欄を見て暗い顔をしていた。気のせいか……?
「あ、あれは……スライムかな」
ついにモンスターと遭遇してしまった。しかし、スライムというのは雑魚敵なので魔力さえあれば誰でもワンパンできる。
そう、魔力さえあれば。
「えいっ!」
装備していた細い銀の剣を抜き、可愛い声を出しながらスライムに斬りかかる咲良。真っ二つになったスライムは、何もドロップせずに消滅した。
〝すごい!〝
〝やっぱりななちゃんは天才だね!〝
〝めっちゃカッコいい!!〝
〝戦ってるななちゃん可愛すぎ〝
「そこまで凄くないよ~。でもありがとね!」
この通り、咲良は大丈夫だ。
だが、問題は私にある。
魔力というのは、一定時間をダンジョンで過ごすことで体の中に生まれるらしい。原理はまだ分かっていない。一つの仮説として、ダンジョンの中は異世界である――という馬鹿げた説が有力だ。
ここで重要なのは、魔力を得るために一定時間ダンジョンで過ごさなければ、という部分。もっと詳しく言うと、『一定時間』の所だ。
今日は何となく嫌な予感がしたから、私はダンジョン配信中の咲良のストーカーなんてものをしていた。だがそれでも、咲良はダンジョンを攻略するだろう。もっと奥に進むだろう。彼女は強いのだ。でも、私は?
私は、体内に魔力が発現するまでの間、生身で、無防備なまま、咲良や視聴者に気付かれないようにしなければならない。しかも、モンスターに気付かれた時点で私の死は確定するのだ。全国ダンジョン庁公式探索者ランキング第六位の咲良に、魔術が使えない状態、つまり素のスペックでついていかなければならない。
なんという無理ゲー。やっぱり来なければよかった。
「あそこに居るのがハイエナモドキっていうモンスターで、このダンジョン特有のモンスターなの! 本来は下層に居る筈なんだけどなぁ……。まぁいいや! 討伐していきましょう!」
〝ハイエナもななちゃんもめっちゃ可愛い!〝
〝ちょっと心が痛むからななちゃんの可愛さ成分で頑張るわ〝
〝ハイエナモドキが上層に……? それ結構不味くね?〝
〝ファッションセンス最高過ぎ!〝
〝ななちゃんと同じ学校なの本当に神運過ぎる〝
〝↑えぇ、羨ましい! 嫉妬したので通報します()〝
〝笑笑笑〝
相変わらず最低なコメ欄……ん、なんだか重要そうなコメントが流れていた気がするのだけれど、これも気のせいかな。
私もそろそろ周りに集中しなければ。配信を見ている場合ではない。ちょっと遠いけれど、咲良は目の前にいるのだから、彼女の顔を見ていることは出来る。そう思って、私は持ち込んだスマホの電源ボタンを押した。
■■■
〝ハイエナモドキがレベル5クラスに昇格するって話聞いたんだけどマジ?〝
〝下層にいるモンスターって言われてるけど、あれってホントは異常だったんだってさ〝
〝この前レベル4の男三人固まったパーティがハイエナモドキと戦って全員重傷を負ってたらしいが〝
「……おかしいね、これ。下層モンスターレベルの強さじゃない」
宙に浮かぶ真面目なコメントだけを頭の中で抽出する。情報をしっかりと確認しながら、咲良は空中で考えを巡らせる。しかし、背後にハイエナモドキの存在を察知して思考を打ち止める。
「あとで連絡しなくちゃ」
そう呟きながら、咲良は段々自分がハイエナモドキに翻弄されていることに気付き始めた。
(嘘、まさか――)
いつまでも当たらない攻撃。それはお互いそうだと思っていた。しかし、実際は……。
「……当てていない」
咲良の体に当たらないよう、ハイエナモドキは慎重に攻撃していた。知性があるのか、生け捕りにしようとしているらしい。もしこのモンスターの実力が私を上回っていれば――と、そんなことを考え始めた。
(――手加減されているか。このままじゃ差がありすぎる。癪だけど、ここで使ってしまおう)
「ごめん、視聴者のみんな。少しだけカメラオフります!」
完璧なカメラ目線でそう言い切った咲良。そして、そのまま配信は真っ暗な画面に変わった。
(折角の見せ場なのに……)
カメラを切らなければならなかった理由。それは――
「まぁ、いいか」
空中で攻撃を避け続ける咲良に、ハイエナモドキはついに本気の攻撃を仕掛けようとした。前足の爪をぐんと伸ばし、その鋭い先端が咲良の心臓を貫いた瞬間――咲良は消えた。
「ぅう?」
どこにもいない咲良に戸惑うハイエナモドキ。
もっとも、咲良が居ないと認識しているのはハイエナモドキのみだが。
「ばいばい、オオカミちゃん」
そう言って咲良はハイエナモドキの背面に手を添えた。そして次の瞬間、ハイエナモドキは一滴の血も残さずに蒸発した。
■■■
「さすが」
咲良とハイエナモドキの戦闘に見入っていた私は、私を絶好の獲物だとして追ってくるスライムから逃げながら、思わずそう漏らした。
結果は咲良の圧勝。途中まではハイエナモドキが粘っていたが、体術に加え魔術を使い始めた咲良に勝てるモンスターなんていない。全国ランク六位って、相当な上澄みだからなぁ。
「カメラオフっててごめんね~! 固有魔術を使わなきゃ勝てなさそうだったからさ~」
〝さびしかったよー!〝
〝良かった、生きてた〝
〝↑ななちゃんが死ぬわけないだろ。不吉なこと言うな〝
〝時々聞こえてくる声がめっちゃ好きだったから大丈夫!〝
¥50000
〝ナイス!〝
「わぁ~、ありがとうございます!」
固有魔術というのは、ダンジョンで魔力を得た人間が最初に使える魔術のことだ。そもそも魔術というのは、魔力を使って何かをする――分かりやすく言うとスキルのようなものだ。固有魔術は生まれたときから既に決められているようで、主に固有魔術の強力さでレベルが決まるのだ。なお、これに関して咲良は例外である。
咲良の固有魔術は、『視点移動』である。自分の視点も相手の視点も自由に操作出来る能力だ。咲良は普段からこの能力を使ってカメラの視点を好きなように動かしている。そのため、いつでも好きな視点で配信が出来るという頭がいい人間が使えばとても便利な魔術だろう。
しかし、それだけならレベル2――いってもレベル3だ。『視点移動』でレベル4はあり得ないといって良いだろう。だからこそ咲良はあり得ない、最上位に相応しい天才なのだ。
咲良の体術は常人を大きく上回る。まず、ハイエナモドキの攻撃をかわそうと出来る時点でそれはもう人間じゃない。何故なら、ハイエナモドキの攻撃速度は音速に近いからだ。反射神経は働かないだろうし、反応速度だけが速くても意味が無い。
だが、彼女は現に二度三度ハイエナモドキの攻撃を避けている。それに、当たっても回復魔術でどうにかなるレベルだ。
咲良の最後の攻撃は『電気操術』と呼ばれるものだ。この魔術を使える人間は世界に三人しかいないらしい。そして、その三人の内二人はレベル5なんだとか。
名前通り、電気を操る能力――だけでなく、電気を生み出すことさえ可能というとても強力な魔術だ。更に、この『電気操術』の他に咲良はいくつかの魔術を習得している。『回復』や『電気操術』を使うために必要不可欠である『電気無効』など。結果、彼女は化け物になった。
「どうやらイレギュラーが起きているみたいなので、一旦ここで配信を切りますね~。皆さん、ばいなな~!」
〝えー! 寂しいよー!〝
〝ばいなな〝
¥2000
〝間に合え! ばいななっ!〝
〝イレギュラーって危ないやつじゃないの? ななちゃん気を付けて! ばいなな!〝
〝今日も可愛かったよ〝
「……ふぅ」
カメラとライブコメント欄の電源をオフにし、咲良は一息ついた。伸びをして、そしてあくびをする。どうやらかなり疲れているみたいだ。
私の感じた嫌な予感の正体は、もしかしてこれだったんじゃ。
咲良が、ダンジョンの中で疲れて動けなくなっちゃう、という……。
「咲良」
周りにモンスターがいないことを確認し、私はスライムを撒きながら咲良に声をかける。座っていた咲良は、声の聞こえた私の方を向くと、目を見開いた。
「
まぁ、当然そうなるよな。
「嫌な予感がしたから、ちょっと……その、動けないんじゃないかって、今」
「え、普通に動けるけど」
そう言って咲良はバク転しながら立ち上がった。これ、かなり動けるやつじゃん。
「……えっとぉ」
今私がすべきことは、たった一つ。
なんとかして、彼女を納得させる理由を考えることだ。
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