第7話 師弟の形

 甲高い金属音とともに俺の剣が防がれた。誰かが介入してきたのかと思ったが、眼前にいるのはヴィオラであり、その彼女が魔力で生み出した剣を構え、俺の攻撃を受け止めていた。

 俺はただ、困惑していた。さっきまでヴィオラは明らかに抵抗できる状態ではなかったのに、突然魔力で生み出された剣を構えて俺の攻撃を受け止めている。そして冷めた瞳で本気の殺気を俺に向けるその事実が、困惑をさらに深める。だが、同時に俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


「はぁぁぁぁぁっ!」

「覚悟ができたか?」


 魔力で生成された剣の形はあまりにも不格好だった。魔力を制御することに慣れていない者が作る剣……ヴィオラの才能に頼った粗削りな戦いを象徴するような武器だ。しかし、大事なのはその剣をしっかりと敵に向けられることだ。

 目の前まで迫っていた剣を避ける。避けていなければ確実に俺の目を潰していた……殺意の乗った剣に俺はやはり笑みを隠せない。他人に殺意を向けられることに悦楽を見出だしているわけではなく、単純にやっと彼女が本気になってくれたことに俺は嬉しくなっているだけだ。

 俺の命を刈り取らんと迫ってくる刃を剣のひと振りで打ち砕き、返す刃で袈裟懸けに斬ろうとしたが、ヴィオラは剣を砕かれた瞬間に新しい剣を生み出して受け止めていた。


「はっ……ちょっとは戦えるようになったか」

「っ! 貴方を、これ以上、失望させたくないんです!」


 俺を失望させたくない、と彼女は言った。それはつまり、自分の為ではなく俺の為に剣を振っているということになるのだが……それには少しだけ失望した。


「自分勝手な理由でしか俺は剣を振らないぞ。お前が俺に対して何を感じているのかは知らないけどな……他人を理由に剣を振るうのはやめたほうが──」

「いえ、私は貴方の為に剣を振るいます。そして……それを貴方が否定したとしても、

「……滅茶苦茶だな」


 俺の為なんて言ってるけど、それは俺の気持ちを勝手にヴィオラが想像して勝手に振るっているだけだ。なんて自己中心的で独善的な理由。


「だが、それでこそだな」


 独善的でいい。戦争で振るう刃なんて、所詮は自分が死にたくないから振るうための刃でしかない。大義の為、国の為、友の為、愛の為……戦場に出れば誰もが自分が助かりたいという気持ちだけで刃を振るう。命の奪い合いとは、そういう醜い生存競争でしかないのだ……だから、俺はヴィオラが自分勝手な理由で剣を振るうこと、そのものを肯定しよう。

 俺が彼女の答えを肯定すると同時に、無理やりその場から退かされた。


「独善的な理由で剣を振るうことが戦いの本質。自らの都合だけで相手の命を奪うのが剣だ……それがようやく理解できたらしいな」

「わかりません!」

「……全部同意してもらうおうなんて思ってなかったけど、思い切り否定されるとなんかムカつくな」

「だって本当にわからないんですから!」


 はぁ……なんか頭がぐちゃぐちゃになってきたな。結局、ヴィオラは自らの為に剣を振るっているのか、俺の為に剣を振るっているのかイマイチわからないし。

 ただ、わかっているところもある。今の彼女は、俺がどれだけ痛めつけようとも、決して折れないだろうということだけは、目を見れば理解できる。なにかを犠牲にしてでも、成し遂げると決めた人間の目だ……俺は魔族との戦争中に、あんな目をした人間を何人も見てきたから、直感的に理解できてしまった。


「気が変わった」

「え?」


 人を殺すこともできない剣を振るう、どうしようもない箱入り娘だと思っていたけど、さっきの攻防で明らかに彼女の中の何かが変わった。それがなんなのか、具体的にはわからないけど……俺の心を動かすには充分な変化だった。それこそ、師弟関係ぐらいなら受け入れてやろうと思うぐらいには。

 俺の身体から力が抜けたのを確認したヴィオラは、ちょっと戸惑ったような表情をしていたが、何度か瞬きをしてから剣を構え直した。


「ここまで来たんですから、このまま指導お願いします!」

「別にいいけど、俺から教えられることなんて本当にないからな。俺の剣はあくまでも自分が生き残るために独自で磨いてきた剣術……一応、国の騎士団に型は幾つか教えられたけど、全く才能がなかったからできなかったんだから」

「構いません。剣士や騎士になりたいのではなく、勇者あなたの跡を継ぎたいのですから」

「酔狂な奴だな」


 酔狂だとは思うが、不思議とそこまで悪い気はしない。さっきまでのヴィオラに言われても不快なだけだっただろうが、今のヴィオラならしっかりと相手してやってもいいかと思ってしまう。


「構えろ。俺の攻撃を取り敢えずは防いで反撃してみろ」

「はい!」


 俺の剣技は殆ど全てが生き残りたくて手に入れた力……戦場で学んだものだ。まぁ、一緒にからも剣技はある程度教えてもらったけど……あいつの剣技は俺とはまた別に異質だからな。

 こういう時、師匠は取り敢えず攻撃してみろって言うもんだと思うけど、俺の剣技は殺される前に敵を殺すもの……つまり、先手必勝の戦い方だ。だから俺の剣技を教えるならばまず防いでみろってのが当たり前だと思った。

 ある程度は手加減しながら踏み込んで振り下ろした斬撃を、ヴィオラは易々と受け止めた。


「……」

「……あの、もっと本気でやってもらわないと」

「悪い……お前の身体能力、すっかり忘れてた」


 ヴィオラは身体能力だけで言うならば俺よりも遥かに強力なことを忘れていた。手加減して振り下ろした斬撃が簡単に受け止められて、実はちょっとショックを受けていたのだが……まぁ、別にそれで俺が死ぬわけではないのでいいとしよう。

 2撃、3撃と斬撃を放つ。魔力をしっかりと研ぎ澄ませて命を刈り取るつもりで放った斬撃によって、ヴィオラの手に握られていた魔力の刃は容易く粉砕されていく。


「魔力の扱いは下手なのに、剣を作るのは上手いな」

「そ、そうですか?」

「あぁ……俺はそこまで魔法が得意じゃないからな」


 想像できないって言えばいいのか……平和な世界で生きてきたことによる弊害によって、俺は超常的なことを頭の中で思い描けなくなっている。魔法とは魔力を使用して空想を現実にするものだが、俺はどうしてもどこかで「科学的に不可能だろ」なんて考えているから魔法があまり上手くない。

 魔法が使えないだけで、魔力を研ぎ澄ますことはできるので……さっきからヴィオラの剣を簡単に粉砕できている。


「くっ!」

「ここまで踏み込んで、ようやく態勢がちょっと揺らぐ程度か……本当に、身体能力だけは大したものだな」


 剣を砕かれながらも俺の斬撃を何度も受け止めていることができたのは、その驚異的な身体能力によるところが大きいだろう。砕かれる度に態勢を崩していたら防御は間に合っていなかっただろう。


「んー……やっぱり、俺の剣技を教えるのは無駄な気がするな」

「そんなことはないです!」

「別に師匠を辞めるつもりはないけどな。ただ……お前の身体能力を活かす方法が他にあるんじゃないかと思っただけだ」

「両手剣は使いませんよ?」

「いや、お前に両手剣は勿体ない」


 あれだけ魔法が扱えるのならば、両手剣で空いている手を潰すのは勿体ない。圧倒的な身体能力と魔法のセンスを同時に活かす戦闘スタイルを確立することができれば……ヴィオラはそこら辺の剣士には絶対に負けないような実力者になれる。問題は、俺に魔法のセンスがないから教えることができないってところだ。


「……取りあえず、当分の間は実践を通じて剣技を磨こう。俺はそうやって自分の腕を鍛えたし、生存本能が刺激されれば、最適な戦い方なんてものは身体が自然に見つけてくれるもんだ」

「雑じゃないですか?」

「経験者を信じろ。今は戦争の時代じゃないとはいえ、戦いなんてのは日夜そこら中で起きてる……実戦の機会なんて幾らでも作れるからな」


 師匠として俺がヴィオラにできることは、とにかく実戦の機会を与えてやることだろう。危なくなったら俺が命を助けるので、実質的にノーリスクで戦いに集中することができる……これほど恵まれた環境もないだろう。


「魔法についてはこっちでちょっと考えておく」

「あの……勇者の魔法は、教えてくださらないんですか?」

「ん? あぁ、勇者の魔法な……あんなもん教えて役に立つのか? 俺、殆ど使った記憶ないけど」

「えぇ!? 勇者と言えば悪を滅するじゃないんですか!?」

「いや、そんな祝福受けた覚えはない」


 勝手に捏造された過去だな、間違いない。

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