4-2:「王都戦闘苛烈」

 橋を越え、渡河を完遂することは容易であった。


 自衛隊、第7方面隊各隊からの苛烈かつ執拗な攻撃によって。これを迎え撃とうとした帝国軍側の重厚な戦列隊形は、しかし見事に崩壊。

 対岸、および鉄橋上に布陣から占拠していた帝国軍部隊は排除され。

 《ひのもと》、及び戦車車両部隊などは易々と鉄橋を利用して大河を越え。

 主力の第12戦闘団や、水陸機動団の連隊戦闘団は。舟艇やAAV7にて渡河から対岸へ着上陸。

 対岸にポイントを確保し。そして王都の正門を破って城内へと進入、踏み込んだ――



《――帝国軍将兵に告ぐ、こちらは日本国自衛隊。君達帝国の帝都は陥落した、戦闘行動の継続は無意味だ。戦闘を停止して投降しなさい――》


 王都エーティルフィの街の内に、効果の掛けられた独特の音声が響き伝わっている。

 装甲列車、《ひのもと》に搭載された拡声器から響く広報・宣伝放送だ。


 王都の街中にまで当たり前のように伸び、王都内の街路上を伝っていた線路軌道を。路面電車よろしく伝い、街路を徐行速度で堂々と抜け進んでいく《ひのもと》の姿。

 そこから発される広報は、エーティルフィの街を占拠する帝国軍へ。しかしその帝国軍の帰る場所たる帝国帝都は陥落したことを知らしめ、投降を促すもの。


 そしてしかし、その広報放送の音声に混じり掻き消すそれで。苛烈な戦いの銃砲声は容赦なく響き上がっている。

 今もまさに、《ひのもと》の70式直接火力車がその主砲塔を旋回させ。備わる90㎜砲を唸らせ撃ち放つ。

 それは差し掛かっていた十字路向こうの角の家屋上階に直撃。そこに連弩を持ち込み陣地とし、待ち構えていた帝国兵達を家屋ごと吹き飛ばした。


 さらに徐行速度の70式直接火力車からは、同乗していた第32戦闘群の一個分隊が続々飛び降り展開していく。

 それを援護するべく、直接火力車のガンポートからは軽機関銃の銃火が唸り上がる。


 進む《ひのもと》の両側にも、随伴している第32戦闘群 普通科隊の各隊各員が、並ぶ家屋建物に取り付きカバーして展開配置。

 進行方向、十字路の向こうに陣取った帝国軍部隊を相手取り、苛烈な銃火弾幕を形成して戦闘行動を行っている。


 そこへさらに、普通科隊に装甲遮蔽、及び障害除去支援を提供すべく。《ひのもと》の貨車より降ろされた75式ドーザが、《ひのもと》の横を並び抜けて進み押し出て来る。


《繰り返す、抵抗軍将兵諸君。君達の帝都は、帝国は陥落した。抵抗戦闘を停止し投降せよ――》


 その最中にも、繰り替えされる広報。

 それは帝国軍部隊側に少なからずの動揺を誘っていたのだが、しかしそれでも帝国兵達は戦闘行動を止める気配を見せる事は無く。

 そしてそれを相手とする自衛隊側も、ならばと戦闘行動に容赦を見せる事は無かった。



「――……っ!」


 そんな苛烈な戦闘が展開される《ひのもと》周りより少し後方。

 続いていた第32戦闘群主力、本部に付き隊、及び支援隊、等々の各隊各員がまた急かしく動き回る中。


 その一角に停車する軽装甲機動車や中型トラックの傍に、ミューヘルマの立つ姿があった。


 その青色の肌の可憐な顔は、しかし険しく染められている。

 無理もない。

己が国の王都。己が産まれ住まい育って来た、そして何より己に護り導くことが役目付けられた街が。

 憎き帝国の手より取り戻すためとはいえ、戦いに包まれそこかしこより火の手が上がっているのだ。


 自衛隊からは、囚われている民のためにも戦闘行動には細心の注意を払う旨が。

 そして事態終結後には日本政府より、戦闘で発生した損害の補償、及び復興のための支援援助が有ることが約束されていたが。


 だとしても、今まさに傷ついている街の実際の光景を前に、その苦しい感情を隠すことなどできようはずが無かった。


「……っ!――きゃっ!?」


 そんなミューヘルマだが、近くの頭上低空に飛来した飛行物体を見止め。次には向こうに起こり伝わった破壊と音に、驚き悲鳴を上げた。

 帝国軍の飛竜の一体が隙を縫い、低空で近場の真上に飛来。

 その顎より吐かれた火炎弾の攻撃が、また近くの家屋の屋根を叩き損壊させたのだ。


「……っ!」


 少し身を怯ませ、身構えたミューヘルマに。しかしその目の前にシルエットが駆け抜け、現れ立ち構えたのは直後。

 そしてそのシルエットは間髪入れずに、突き出した片腕に構えた得物――.44口径の大口径リボルバーを今の飛竜に向けて撃ち放った。


 向こう低空に現れた飛竜は、しかし.44口径弾をその身に複数発叩き込まれ。宙空で体を打って退け、悲鳴をこちらまで届ける。

 飛竜の騎手が慌て手綱を引き、飛竜の姿勢を立て直して逃げ引こうとする様子が微かに見えたが。

 それよりも前に、滑り込むようにミューヘルマ等の頭上、街路通りの真上に武装型のOH-6が飛来。

 備える4門の74式車載7.62mm機関銃の掃射が叩き込まれ。飛竜は騎手共々その体を蜂の巣にされ、その向こうの家屋の死角に墜ちて消えて行った。


「!――……アイセイ様……っ!」


 そんな頭上の光景を一度見た後に、ミューヘルマは己の前に立ったシルエットに視線を戻してその名を呼ぶ。

 ミューヘルマの前に駆け付け、彼女を庇うように立って大口径リボルバーを唸らせたのは。他でもない会生であった。


「身を晒すな、約束は守れッ」


 その会生は、大口径リボルバー――10.9mm拳銃へスピードローダーでの再装填を、器用に片手間に行いながら。ミューヘルマへ振り向き、端的な言葉でそんな忠告の旨を向ける。


 それはミューヘルマに要請された「条件」を念押しするもの。

 この戦闘行動がそこかしこで発生する安全とは決して言えない王都の内へ。しかし同行を願ったのはミューヘルマ自身であった。



 自衛隊、第701編成隊側としては、保護義務のある彼女からのその申し入れには大変に苦い顔をし、一度は強く厳正に断ったが。

 しかしミューヘルマは引き下がらず、いつにもない様相と剣幕で同行を申し入れ食い下がったのだ。

 己が故郷、そして王族として守り導くべく国。

 立場が抱える義務、そしてなにより感情から。ミューヘルマからすれば後方でただ待ち見ている選択肢など無く、無理を通してでもの懸命な願い入れであった。


 結局その剣幕様相に自衛隊側が折れ。

 先陣を切る《ひのもと》の後方。主力や本部より決して離れず、危険な前線へ身を晒さないことを条件に同行を見止めたのであった。



 しかし、傷つく街の光景に。

 急かしい中で部隊隊員の彼女への注意も逸れてしまったこともあり、止める者も無く焦れ前に出てしまったミューヘルマ。

 そんなミューヘルマに飛ばされた、会生からの警告の言葉だ。


「っ……ですが……!」


 だが、珍しく異論を唱えようとする彼女。

 自衛隊側からの条件を飲んだものの。正直な所ミューヘルマからすれば、この地に援軍と一緒に舞い戻るに至った己には。故国奪還の御旗として正面に立つ義務があると考えていた。


「アイセイ!」


 しかしそれを阻むように、後方から会生の名を呼ぶ透る声が響く。

 そして荒げた足音――蹄の音と共に駆け込んできて現れたのは、芦毛の馬。

 馬の姿形態へと戻ったエンペラルと、それに跨るクユリフであった。


 二名にあっては元より雇われの仕事屋という身の上であり。王都の地理構造にも理があり、何よりある程度の荒事にも慣れていることから、自衛隊の作戦に協力者として参加している状況にあった。


「伝令を預かってる!君等の隊は、《ヒノモト》より先行し観測偵察に向かえ、だそうだ!」


 そのエンペラルの背上のクユリフから降ろされたのは、伝令指示。

 クユリフは別件に任された行動のついで道すがらに、会生への言伝を預かって来たそうだ。


「了解、再編成して行動に移る。ついでに、彼女をもう少し後ろに連れて下げてくれ」


 寄越されたそれを端的に了解し。合わせて会生が返したのは、ミューヘルマの身を後方へ移送するよう要請する旨だ。


「!、分かったよ。ミューヘルマ、少し前に出過ぎに思うっ」


 要請を受け、その状況と意図を察し。クユリフもミューヘルマにこの場が安全ではない事を訴えつつ、彼女に手を差し出す。


「でも……!アイセイ様!」


 しかしミューヘルマは聞けないといったまでの様子で、背を向ける会生に訴え縋ろうとする。


「ミューヘルマさんっ、聞かないことを言うものではありませんわ」


 しかし。そんなどこか冷たいまでの台詞と共に、大きな影がミューヘルマを遮る。

 馬形態のエンペラルがその馬体で、ミューヘルマの前へと回り込んで彼女の行動を阻んだのだ。


「ゴメン、行くよっ」

「わっ!」


 そしてミューヘルマはほとんど捕まえられる様相でクユリフに馬上へ引っ張り上げられ、下手に抵抗されないように彼の腕中に荷物のように捕まえ抱えられる。


「クユリフ!エンペラル!降ろしてっ、私には義務が……!アイセイ様っ!」

「気負うな、焦れるな。後ろで堂々としていろ」


 ミューヘルマはクユリフの腕中でよじり藻掻き。そして会生に懇願の言葉を叫ぶが。

 しかし会生が端的に返したのは、そんな促し言い聞かせる言葉。


 そして最早問答は無用と、会生は視線でクユリフとエンペラルに示し。

 エンペラルは景気よく蹄を鳴らして馬体を回頭、クユリフとまだ藻掻くミューヘルマを運んで後方へと走り去っていった。


「――おもったより気丈な子だ。いや、義務感に気負っているともいえるか」


 そんな所へ入れ替わりにバラバラと駆け現れたのは、百甘に舟海等、観測遊撃隊の隊員等。

 会生の同じく先行偵察の指示を受け取り、再編成のために丁度合流して来たのだ。

 その内の百甘が、やり取りの一部を聞いていたのだろう、入れ違いに下がっていったミューヘルマを振り返りつつ、そんな言葉を零す。


「再編成しろ。先行観測偵察のため前進する」


 しかし会生はそれ以上言う事は無いと言うように。端的な指示の言葉を合流した隊員等に向ける。

 そんな隊員等の背後を、第32戦闘群 戦車班の90式戦車がギャラギャラと駆け抜けて行き。向こうの十字路の超信地旋回で方向転換。別方へ押し上げて行く姿を見せる。


「了」

「了解」


 そんな様子を見つつ、各員は指示に了解。また再編成からさらに進めるべく、行動を再開する――

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