リトレース

 たまに思い出す顔がある。

 今何やってんだろうなーとか、そういうたわいもない詮索をひとしきりしたのち、忘れる。それを何度だって繰り返す。ビデオテープが擦り切れても、脳が合間を補完する。そうすると、知らないうちにオリジナルとは程遠い何かが出来上がる。これを便宜上記憶と呼ぶ。

 なんとなく嫌だったことがある。

 私が全面的に悪かったこととか、逆に全然悪くなかったこととか。昔は忘れたくても何度だってフラッシュバックしていたのに、今ではひとつも思い出せない。思い出そうとしても、空白があるだけになる。本当は必死こいて塗りつぶしているのだけれど、その意識すらないほど自然に記憶を保管する。それをいったん忘却と定義する。


 今思い出せるのは、今から離れていくたびに実在性を失う虚構だけだ。そんな中で、唯一煌々と輝いて網膜に焼き付いた影だけが確かに存在している。……まあ、それさえも私が作り出した捏造かも。そこまでいくともう栓のない話なので、この話も忘れてしまうことにする。次に思い返す頃には、今とまたすこし違う話になっている。私はこれを人生観だと言い張っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

4TH LIVIN' Garm @Garm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る