41話 スライム


「おはよう。顔洗いに行こう、ヴィオ」

「やだぁ……あともうちょっと寝るぅ……」

「だめだよ、朝ご飯食べれなくなるよ」


翌朝。

マグニは早々に目を覚まし、まだ枕を抱きしめているヴィオを揺さぶって起こす。

壁一枚挟んだ先には、ガルムとステラの寝室があるのだが、既に目を覚ましたらしく、気配はなかった。

寝ぼけ眼で文句を言うヴィオを連れ、外に出る。手洗い場と呼ばれる湧き水所があり、大抵寝起きには皆、そこで顔や手を洗って身支度を調えるのだ。


「顔洗った?はい、タオル」

「んむう、ちゃんと綺麗に髪結ってよね……」

「分かってるって、お姫様」

「チフッ。ぶるぶるぶるっ!」

「わーっチチフ!かかる、かかっちゃうってー!」

『んはは、すいやせん。思ったより散っちゃいやした』


チチフの水浴びで水飛沫を浴びせられた後、部屋に戻って身支度をととのえる。

二人が着替えている間に、ステラが竈屋で朝食を焼いていたようで、「二人とも、朝ご飯よ」と、焼きたてのきのみパンや芋と葉野菜のチーズスープなどを持ってくる。

いつの間にかしれっと戻ってきていたガルムも揃って、朝食を終えた後、一階の依頼掲示板へ向かう。

さっそく待ち構えていたコウ・リウランが、内容をメモした嘆願書を差し出してきた。


「ここにある素材を全部、指定された数だけ持ってきてクダサーイ!どれもこれも、非戦闘員のワタクシでは買うしかないものばかりデシテ~」

「なになに……スライムのかさ、鉄鉱石、ミランツリーの材木、バンボアの牙……」

「どれもこの辺りで採取できる素材デス!よろしくお願いしマース!」

「バンボアは難しくない?あれってかなり大きな魔獣でしょう?」

「大丈夫デース、この時期のバンボアは気性こそ荒いデースが、牙が抜け落ちて新たな牙が生エる時期!小さなバンボアの牙でアレば、探せバ落ちてイルものが見つかルと思いマース!」

「そっか、なら安心だね!」

「ようし、さっそく見つけるわよ!」


そんなわけで、一行はコマタの町から歩いて1時間ほどの距離にある、「ディアファンの黒森こくりん」に足を運んでいた。

開発地域である秘境地帯の一角であり、比較的脅威度の低い魔獣たちが生息している。マグニたちの住む地域と異なって、一年を通して温かい気候が特徴だ。

森へ到着すると、さて、とガルムが振り返り、マグニへ小さなナイフを渡した。


「ひとまずは職業適正の中で、一番扱いやすい軽業師と、獣教師のスキルから上げていくぞ。ヴィオはステラの指示に従え」

「はーい」

「は、はい!……具体的には何を?」

「ここの注文にある通り、スライムを狩れ。お前も知っての通りだが、スライムは戦闘経験のない者でも武器さえあれば倒せるといわれる魔獣だ。モルトーのおかげで、刃物の扱い方と動き方の基礎は教えただろう。早速実践してみろ」


ただし、とガルムは指を立てる。


「たった一人でだ、俺様やステラ、勿論モルトーの手を借りることは許さん。そして、素材として狩るスライムとは別に、獣教師としてスライムを一匹手懐けるんだ」

「スライムを、ですか?」

「お前の観察眼の使い所だ。以上」


いうや、ガルムはスタスタと森の奥へと入っていく。

ステラは「呆れた!危ない魔獣もいるというのに」とぶつくさ言い、「マグニ、私の傍を離れないでくださいね」としっかり念を押した。

弾む胸を落ち着けながらも、マグニは周囲をぐるりと見回す。森は静かだが、色んな生き物の気配にあふれている。

このディアファンの黒森は、弱い魔獣たちが身を寄せ合う程度の環境かつ、付近でくず石や鉄鉱石が多く採取出来る環境であるため、「新人の修行場」とも呼ばれているらしい。


「流石に何の助けもなしに……というのは無謀よ。手は貸さないけど、口を出すくらいなら許容範囲よね」

「良いのですか?叱られてしまいそうな気がしますが……」

「要は貴方の経験の糧になればいいの。でも挑むなら、知識はあって然るべき。さ、いらっしゃい」

「あ、待ってよ!」


ステラに連れられ、マグニとヴィオは森を探索する。いくら脅威の低い魔獣のみが生息するといっても、やはり緊張はするものだ。

だのにステラはゆったりとした所作で、まるで散歩でもするみたいに、森の中をくるくると歩き回る。

最初は昼間でも暗く感じられたが、次第に森の中に光が差し込むようになってきた。


「森を歩くには、まず足元や木々の状態を知ることが重要よ。植物を観察すれば、大体いま自分がどの辺りにいて、どんな生き物がいるか、水場がどこにあるかも分かるようになるわ」

「そこまで?」

「ええ。例えばあの草はオインラン、草食動物たちに好まれる植物よ。この野草は水を多く求めるから、自然と水場の付近だったり、湿地なんかに生えやすいの。

こっちの木はオックの木、こっちも湿潤地帯や暖かな気候で水場の近くによく根を生やしてることが多いわ。ここから分かることは?」

「ええと、この森は比較的暖かくて、あちこちに水場が多い……ってこと?」

「よく出来ました。生き物が暮らしやすくて、戦うことが得意ではない弱い魔獣たちも、安心して暮らせるってことね。さらに鉄鉱石がよく取れるということは、この辺りは安定陸塊でもあると分かるの」

「安定……陸塊?なんですか、それ」

「つまり、地震が中々起きずに、地殻変動……大地の移動が殆ど起きなかった地帯ってことね。そういった場所では、鉄鉱石が沢山取れやすいの」

「えっ?地面って動くの?」とヴィオが口を挟む。

「勿論よ。大地は少しずつ引っ張られて、人間達が気づかない間に、長い時間をかけて形を変えていくのよ」

「へええ……」

「すごい!大地も本当に生きているのね」


ステラが色んな知識を披露する間に、三人は大きな水場に足を運んでいた。

大小様々な川が多く、ちらほらと小さな魔獣や動物たちの姿もちらほらと見受けられる。泉には無数の動物や魔獣が集まり、呑気に水を飲んでいる。


「さて、早速スライムを探しましょう。まずマグニ、あなたはスライムについてどこまで知ってるかしら?」

「ええと……水っぽくて、不定形で、何でも食べることが出来て、相手に襲いかかって酸の液体を浴びせる魔獣、ですよね……」


言いながら、きょろきょろと視線を彷徨わせる。

早速、水場の一角に視線が向いた。ぷるぷると震える、色のついた水の塊が、じいっと地面に這いつくばっている。

スライムだ。彼らは常に枯れ草や若草、土のような色味を持ち、体表はどろどろと濁っている。スライムの一匹が、近くにいる小さなトカゲの魔獣に覆い被さると、やがて動かなくなった。


「うわ、あれって狩りの最中?」

「ええ。ああやって覆い被さった相手を酸で溶かして、柔らかくなった肉や血を捕食するの。捕食の最中は、無防備になるから、簡単に倒せるわよ。さ、早速戦ってみましょうか」


マグニは頷き、動けないスライムへと、えいっとナイフを突き立てる。

しかし、ナイフが切っ先に触れた瞬間、ガキン!と凄まじく固い音がして弾かれてしまった。「うわっ」と驚いてマグニは尻餅をつく。

この結果が分かっていたのか、ステラは笑いをこらえて「大丈夫?」とマグニの手を引く。スライム自身には傷一つない。


「か、固い!スライムってもっと柔らかいと思ってた……」

「岩を切りつけるみたいな音だったわね」

「驚いた?捕食の最中はどうしても無防備になるから、スライムはこうやって全身を固くして身を護るのよ。さて外側を無闇に殴っても無意味。貴方ならどう戦う?」

「ううーん……外側は固くて、僕のナイフじゃ意味がないから……柔らかいところを探す?」

「正解!じゃあ、攻撃できそうな柔らかい所はどこかしら?」

「でも、全身ガチガチなんでしょ?柔らかいところなんて、それこそ内臓くらいじゃ……」

「……分かった、口だ!」


マグニはえいやっとスライムをひっくり返す。

すると、小さなスライムは簡単にぺろん!とひっくり返り、底面の中央にある口らしきところが、ゴボゴボと液体を吐きだしていた。

ヴィオが横で「グロ~っ」と小さく呻く。すかさずナイフを口吻に突き立て、抉る。すると当たり所が良かったのか、スライムは一瞬にして動かなくなった。

べしゃ!と口吻から吐き出された小さなトカゲの魔獣は、「キキッ!」と悲鳴を上げると、ぶるぶるっとぬめつく体液を振り払う。どうやら溶かされる前に助かった命らしい。


「え、簡単にやっつけられちゃった……きみ、大丈夫?」

「キッ!ピピッ!」


トカゲはまるで礼をするように頭を上下に振ると、そのまま水に飛び込んで逃げ去ってしまった。

ステラが「マグニに、ありがとうって言ってたわよ」と微笑むと、ぱんっと両手を鳴らす。


「さて、よく出来ました!最初の一歩として上出来よ。スライムにとって、この捕食口が一番の急所。でもすぐ上には酸を噴出する噴射口もあるから気をつけてね」

「こ、怖ッ。運がよかったんですね、僕」

「スライムって弱そうに見えるくせに、結構エグいことするのね」

「(真っ先に捕食口を見分けて突いたように見えたけど。この子のセンスか、偶然か……)さて、解体しましょう!」

「解体?」


これを?と指さす。

先程よりもぐんにゃりと柔らかくなったスライムからは、これまで食べていたであろう生き物の溶けた死骸や、混ざった泥や草がでろでろ……と溢れ出している。


「基本的に素材は、自分で解体するか解体屋さんに頼むかだけど、自分で出来るならそれに越したことはないもの。スライムを捌いたことは?」

「ないです。普通の動物ならすぐ出来ますけど、魔獣は捌かせて貰ったことないや」

「じゃあ、私が教える通りにやってみて。まずは柔らかい口の部分から切り込んでいって……死んだスライムはとても脆いから気をつけて。そうそう、上手よ」


隣で指示されながら、おっかなびっくりスライムを捌いていく。

外皮は存外分厚く、ぶにぶにとした質感。中身の大半は水分だが、巨大な袋のようなもの、幾つものにょろにょろと細い管が次々に出てくる。おそらく内臓だ。

袋の中には溶けかけの小動物や小石、誰かが捨てた刃物の名残など。ステラが巨大な袋を指さして「胃袋よ、慎重に扱ってね」と笑う。

外皮などは水で洗うと透明になり、触り心地とは裏腹にかなり頑丈という印象を受けた。


「うお……これがスライムのかさですか。汚かったのは、土とか泥とか、木の枝とかだったんですね」

「水で洗ったら何とか使えそうかしら?」

「地上を這って動く以上、このぷにぷにのボディで全部取り込んじゃうのよね。あ、あったあった」


ステラは無遠慮にスライムの中身を漁ると、砕けた綺麗な石のようなものを見せた。

指で触ってみると、貝殻の外殻のような質感だが、押し込むと存外柔らかく、断面はきらきらと緑や青、紫、やや薄い赤色と様々に色彩を変えていく。

思わず見とれていると、ステラが「これは貴方の獲物よ」と微笑んで握らせた。


「これ、マナ・クォーツですか?」

「ええ、色からして水の属性が強く出ているわね」


水のマナ・クォーツは、市場でよく取引される鉱石のひとつだ。汚染された水の浄化、温度操作などの代替エネルギーとしてもよく使われている。

因みに、ヒトの頭の大きさ程度の水マナ・クォーツがあれば、家ぶんの水を半年間、湯に変換し続けることなど造作も無いとされている。


「マナ・クォーツは命あるものなら大小問わず、体の中に貯め込まれることがあるの。これはスライムにとって、脳みそや自我の代わりを果たしているのよ」

「初めて知りました。てっきりスライムには、自我とか考える頭なんてないと思ってた……」

「またひとつ賢くなれたわね!更にヒントよ。スライムって実は群生で、特に水分をよく吸い上げる植物を中心に繁殖しているの。群れがどこにいるか、探してみましょうか」


ウインクするステに、マグニ少年は頷く。

一方で、様子を伺っていたチチフは、マナ・クォーツをまじまじと見つめると、それを両方の前脚で掴んで、がじがじと噛みついた。

ヴィオがすかさず「あっこら、駄目!歯がいたんじゃうわよ」と注意すると、マナ・クォーツを腰の小さなポケットにしまい、立ち上がって移動するのだった。


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