38話 職業適正


ギルドの二階に上がり、通路を歩く。

奥まった方に扉が一つあり、「職種適正、診断します」と書かれた木製のプレートがかかっている。

ノックをすると、ぱたぱた足音がして、男が一人出迎てくれた。にこやかな糸目、魚のヒレを思わせる耳に長身瘦躯の出で立ち──ミーマン人、すなわち海で暮らす人種こと魚人だ。

鼻の上には、黒く変色した丸い硝子を二枚はめ込んだ、奇妙な飾りをかけている。

「ようこそいらっしゃいましたァ」と間延びした声で挨拶すると、ガルムたちを部屋に通した。


「ある時は職種適正診断士、ある時は流離さすらいの腕利き商人!ワタシ、コウ・リウランと申しマす!

いやあ、ここを訪ねテくださル人がいて嬉しい限りです、ええ、ええ!さあおかけになっテ〜」

「ステラと申します。こっちはガルム、隣の子はマグニとヴィオです」

「は、初めまして」


マグニの視線は、コウ・リウランの顔に釘付けだった。

ヴィオとはまた違う、撫で付けた派手なピンクの髪に水色の差し色。見慣れない、顔にかかった硝子の黒い装飾。

視線に気づいたコウ・リウランは硝子の飾りを指で押し上げ、「サングラスというんですよ、これ」と自慢げに語る。


「ねえ、なんで商人さんが職業ナンタラ診断士なんてやってんのよ」

「いえねエ、訳あって今は商人を休業せざるヲ得ない状況でシテ!

なのでギルド長の依頼でこの仕事をやらせてもらってるんでスガ、新規の方がそもそも来ないんですヨネー、寂しい限り!

職種診断ってあんまり重く見られないみたいなんですよねエ。ほら、ギルドに訪れる人達の大半は、既に自身の職種を自ら見つけてオイデの方ばかりデスから!

お陰様で毎日雑務ばかり押し付けられル日々でして。せっかく隣国から赴任してきたばかりなのに、この扱い……悲しいデス……」

「……御託はいい。さっさと診断とやらをやってくれ」


ガルムが棘のある物言いで遮ると、「オオこれは失敬!」とへらへら笑い、四人を部屋にあるソファに座らせた。

改めて部屋を見回す。物が多く、足元にも道具や丸めた羊皮紙が転がっている。だが意図的に、物をわざとその場に置いているかのような印象を受けた。

コウ・リウランはデスクを挟んで反対側に座ると、奇妙な形状の円盤状の器具を取り出し、三人の前に置いた。

そしてステラから書類を何枚か受け取ると、ぱらぱらとめくる。


「ええとどれどれ……、ホーロン出身のウルラン人男性27歳、クヴェチーナ出身のプランタ人女性350歳、それに……おお、エルー人!いやあ、若い世代の方にお会いスルのは久しぶりデス!生まれはどちらの方で?」

「そ、その……物心ついた時からクラインで育ちました。親の顔も知らなくて……」

「私もよ。マグニの姉……」

「妹だろ」とガルムがすかさずヴィオレッタの口を塞ぐ。


「オット申し訳ありまセーン、不躾な質問でしタ!さてさて、診断をするにあたって、いくつか質問をさせていただいた後、四人ののマナの数値も計測させていただきます」

「マナの数値の計測?」

「ええ、マナの数値や属性の偏り次第で、適正職業も異なりますので。せっかくですから、少しお勉強しまショウか」


コウ・リウランが言うと、パチンと指を鳴らした。

雑多に物が放置された部屋の中で、びゅんびゅんと巻物や本の類が飛び交う。そのうちの一つを空中でキャッチすると、ひとりでに本が広げられた。

背表紙には「幼児でも分かるマナの基礎」と書かれている。


「この世界には、万物がエネルギーを有しています。「マナ」はその中でも、特殊な命令式を与えることによって作用するエネルギーの一つでス。

マナは生命が正しく活動するために必要な力であり、我々が自我を持ったり、時に強大な力を即座に出力する時も、このマナが作用しているのデスネー。

魔獣や人々は、長年かけてこうしたマナを扱うことで、「魔術」や「魔能」という戦いや生活の手段を得たのデス」


本はふわふわと浮かぶと、マグニの手の中にすっぽり収まった。

かなり分厚く、読み込まれており……ついでに何か零した飲み物の痕跡が、点々と沁みついている。

縄の如くのたくる字が、突然唇の形を作ると、コウ・リウランの声を発し始めた。


「勿論、この世界に生きる人々も、魔獣もマナを有し、適切な使い方さえ学べば、利用することが出来ます。

マナにはそれぞれ6種類に分類されていマス。我々ニンゲンが使用できるマナは、せいぜい2種類までとされていまスネ。

その利用できるマナの種類も、その人によって異なりまス。例えばワタクシめは、水のマナの扱いを得意としている……という具合にデス」

「は、初めて知りました……全てのマナを使える人っていないんですか?」

「そんな人この世にいませんネー!いるなら神か化け物デース!それに世間の人たちの大半が、魔術なんて使いまセンからねー!せいぜい日常で簡単な魔能を用いるくらいじゃないデスかね」


そう続けながら、コウ・リウランと本が交互に話を続ける。


「しかし、秘境地帯や迷宮深殿で探索をするナラバ、その人がどのマナの扱いに長けているかを知ることは、とても重要デース!」

「えっ、魔術を使えなくてもですか……?」

「どのマナを扱えるかによっても、適正の役割というものに偏りが出ますカラネー!」


「そうなのか?」とガルムが横にいるステラに耳打ちし、ステラも「なんでもできる人には理解できない疑問ね、きっと」と肩をすくめる。

説明が終わったのか、改めて円盤状の道具をずずいと差し出すと、コウ・リウランはにっこり笑う。


「この「マナ判別指針機」もといの【アナタのマナ測るんデスくん】に手をかざせば、ある程度どの職種が向いているのかが分かりマース!ささ、どうぞ、まずはマグニ君から!」

「は、はい!こうですか……?」


マグニが手を翳すと、の【アナタのマナ測るんデスくん】が反応してか、銀色の光を放つ。

すると器具の下部に数字や文字がぽんっと浮かび、つらつらと文章を表示し始める。

ふむふむとコウ・リウランはしばし頷くと、関心深そうに、鼻の上のサングラスを指で持ち上げた。


「興味深い結果が出ましたネー!アナタ、とても珍しい体質デース!すべてのマナの数値が………………………………………………」

「数値が?」

「驚くほど低すぎマース!というかほぼゼロ、すっからかんデース!これほどマナが体内に無い人、見たことアリマセーン!何かの病気?」

「ずこーっ!」


思わずマグニは前のめりにスッ転んだ。珍しい体質、という言葉に少し淡い期待を抱いた自分が恨めしい。

すかさず隣にいたステラが、「この子はつい最近まで厳しい環境にいたので、そのせいかもしれませんね」とフォローを入れた。

訝しんだヴィオは片眉を吊り上げ、マグニの肩にいるチチフ・モルトーにこそこそ耳打ちする。


「ねえ、おかしくない?マグニはむしろマナが多すぎるくらいのはずでしょ?なんなら私より高いんじゃ……」

『あー、多分ですけど、計測量超過オーバーフローじゃないっすかね。一般向けの計測器じゃ測りきれないんでしょうなあ』


コウ・リウランは眉尻を下げ、「それでもまあ、向いている職種は提示できマスヨ~」と剽軽に笑う。


「マナが少ないということは、他の魔獣や魔物に襲われにくく、警戒され辛いということ。簡単な魔能や術くらいならば使えると思いマース。

さしあたって、素早い身のこなしと隠密や奇襲が得意な「軽業師」、魔獣たちを使役する「獣教師」、職人として働くなら「農家」が向いていますネー」

「ど、どうも……」


チチフがどんまい、と言いたげに前脚でマグニのほっぺたをぐりぐり撫でた。

一方で「では次、ステラさん」とリエーヴが器具を差し出し、ステラは手を翳す。

すると、計器が甲高い音を鳴らしたので、リエーヴは感心したような溜息をつく。


「……おお、マナの数値がとっても高いデスネー、まさに才女!魔術関連の役割であれば、大抵の職種は引く手数多デスネ~!

マナの傾向は……星、地、おお~風のマナとも相性がいい!中々見ない逸材デスヨ~!」

「ふふ、有難うございます」

「職種適正は……ふむふむ。癒師、戦術師、賢士、剣士。職人であれば調理師や薬師と魔術系統であれば大抵の職種が合致しますが……」

「が?」

「なぜか「踊り子」も適正職種に入ってマスネー?」

「どゥええーっ!?」


今度はステラも前のめりにずっこけた。隣でガルムがにやにや笑っている。

冒険者としての職業における「踊り子」は、無手の戦闘術を扱う、様々な意味での「補助役」だ。

ある意味で人気の職種ではあるが、この職種の適正が高いことを嫌がる冒険者も多い。


「おどっ、あの、何かの間違いでは!?」

「いやあ、なんなら他の職種を押しのけて一番適正が高いって結果が出てましテ」

「その計器、壊れちゃってるんじゃないですかッ!?ほらマグニのマナの数値も低すぎるっておっしゃってましたしぃ!?」

「ウーン、そのはずはないのデスが……」

「あのステラさん、踊り子ってどういう職種なんですか?」

「ふえっ!?…えー、えーとそうね、こう……接客業に向い…てるみたいな……あは……は…………」

「接客?冒険者なのに?」

「ともかく、適正はあれど今のわたしたちの目的を考えるとあまり関係ない職種ですから、覚えなくていいですよ、うん、というか忘れてッ!」


明らかに目が泳いでいる。ここにきて、ステラは嘘をつくことが苦手という新しい一面を知ることになるとは。

困惑するマグニに、ガルムがにやにや笑いながら「小僧、後で教えてやる」と茶化す。ステラは顔を真っ赤にして「教えなくていいッ!」と食い気味に喚き、ガルムの黒い耳を引っ張った。

戯れという名の喧嘩をしばし晒した後、今度はガルムが計器に手を翳す。

計器が奇妙な音を発しながらも、ばふ!と奇妙な音を鳴らしながら結果を表示する。


「ガルム氏は、炎と水、それに虚の適正が高いデスネー。剣士、召喚師、戦士、槍術士、拳闘士、呪術師、……おおー、どれもこれも戦闘職ばかり。元は軍人サンですカー?」

「まあ、似たようなものだ。これでも軍役の経験はある」

「挙げていくとキリがないですねえ~。死霊術師、僧兵、軍師、錬金学者、……あっ裁縫師も?」

「意外な適正!?」

「ねえねえ、次は私よ!」


ヴィオは待ちきれない!とばかりに計測器に手を置いた。

今度はぺっぴっぽ!と甲高い音を鳴らしつつ、またも計測結果が出てきた。


「おやーっ?ヴィオさんもマグニくんと同じく、あんまりマナの数値は高くナイですね?若いエルー人の子たちはマナをあまり持たないという話は聞いてマスが、ここまでとは……」

「マナの量とかはいーのっ!何か適職はないわけ?」

「ないこともナイですが……後方支援の戦術師、弓師、商人、音調師、鍛冶屋、商人、代闘者……ふむ?意外な結果デスネ」

「代闘者ってなに?」

「決闘や対人戦闘においテ、戦えない人の代わりに戦闘に出るヒトのことデース!ヴィオさんは愛らしい見た目に反シテ、結構戦い向きなスペックですネー!」

「ふふん、そうかしら!」


大方の職業適性結果を記した書類を貰い、(ステラは「踊り子」の部分を念入りに線で潰していた)窓口に希望の役職を提出すれば完了だ。

ギルドでは、冒険者として活動した年数やこなした依頼の数、希望する職種に応じて、請け負うことの出来る依頼の違いなども、コウ・リウランから説明を受ける。

その合間、ふと、チチフがちょろり!とマグニの足元を走り、ぴょんっとデスクに飛び乗った。

計器をふんふんと嗅いで、興味津々だ。


「チフ!」

「駄目だよチチフ、悪戯しちゃ……」


無邪気にチチフが、計器の上に飛び乗った。

……直後。計器が高音と、耳触りな低音を交互に発しながら黒と紫の混じる煙をぶすぶすと吐き出し始める。

異変を察知したマグニが、咄嗟にチチフを抱き上げて計器から下ろした瞬間。見えない何かに吹き飛ばされたように吹っ飛び、天井に激突。

そのままデスクに落下する形で着地。しばしの沈黙が場を支配する。


「ば、爆発四散したわね……」

「わァーッ!?ワタクシの【アナタのマナ測るんデスくん】がァーッ!!」

「前衛的な動きだったな、アナタのマナ測るんデスくんとやら」

「うわあ。………や、やっぱり壊れてませんこと?」

「……これ、弁償しないといけません……よね……」


気まずそうに、マグニとステラは目配せする。ガルムに至っては知らんぷり。

計器を抱きしめておいおいと泣きむせぶコウ・リウランを見下ろし、チチフは屈託ないつぶらな瞳で「チフ?」と小首をかしげていた。




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