第13話 心霊ロケ番組

「さぁ始まりました。心霊ファイル夏の特別企画、霊能力者VS魔術師ということで」


 司会進行を勤めるのは女性アナウンサーの雲母うんもさん。


「蔓木さんと小此木さんはこの番組常連なんですが、今回は魔術師のお二人にもお越し頂いております」

「どうも」

「こんにちは」

「霊能力者と魔術師ですかお互いに面識は?」

「初対面でーす。うちら魔術師さんとはあんまり関わりないんでー。あ、でも、別に敵対とはかしてないんで、今日は勝負ってことになってますけど、お互い仲良く頑張りましょー! おー!」


 うわ。


「いいですねー。ではここでルール説明です」


 小此木の変わりように絶句しつつも、雲母さんは番組を進行する。

 ルールは簡単。

 霊能力者チームと魔術師チームに分かれて病院に入り、お互いに別ルートから病院の最奥にある霊安室を目指す。

 その過程には幾つかのチェックポイントがあり、そこではお祓いに必要な儀式を必ず行わなければならない。

 先に霊安室に辿り着いたチームの勝利だ。


「この木津面きつつら病院には本物の幽霊、悪霊が出るとのことですが」

「いつものことで全く問題ありません。魔術師の方々もそうでしょう?」

「えぇ、まぁ。専門分野ではありませんが、鍛えてますので」

「わかりました。では、早速始めて行きましょう。スタートです!」


 それぞれのチームが撮影スタッフを引き連れて木津面病院の中へ。

 エントランスに出るとそのまま霊能力者チームとは別れ、指定されたルート通りに進む。

 廃棄された病院とだけあって内部もかなり荒れていた。

 錆び付いた医療器具が散乱し、朽ちて破けたカルテがクシャクシャになって転がり、壁や床や天井にも亀裂が走っていて、いつ崩れても可笑しくない。

 電気系統は当然死んでいて、照明さんの明かりだけが暗い院内を照らしている。


「あ」


 結衣の視線の先に、早速幽霊が現れた。


「いた」

「あぁ、いるな」


 撮影カメラがそちらを抜く。

 けど、映像には残らない。

 幽霊や妖怪と言った実体のない存在は、普通の人間には目視することが出来ない。

 魔力炉を持った二パーセントの人間も、魔力を知覚する能力を鍛えなければ同様だ。先天的に見える人も極僅かにだがいるが。

 その点、結衣は立派に魔術師をやっていて、幽霊を見られる領域まで達していた。


「特徴は?」

「四十代くらいの女性。長髪。患者衣を着てるから、たぶんここで亡くなった人」

「そうだな。じゃああの幽霊は悪霊か?」

「……嫌な感じはしない。悪霊じゃない」

「俺もそう思う。ありゃ地縛霊だな」


 自身の死に気がつかず、もしくは死を受け入れられず、この地に縛り付けられてしまった幽霊。この時点では下手に刺激しない限りは無害だが、時を経ると悪霊になってしまう。

 悪霊になれば故意に人を襲うようになり、霊障を引き起こす。

 ここで成仏させてやるのが情けってものだ。


「やり方は教えたな」

「うん」


 こつりこつりと結衣の小さな足音が廊下に反響する。

 地縛霊の前に立った結衣はそっと指先で円を描く。

 空中をキャンパスに魔力で描く紋章。

 それには迷える霊を行くべき場所へと導く効果がある。


「さようなら」


 虚ろな目をしていた地縛霊はふと我に返ったように結衣を見つめ、微笑んだかと思うと掻き消える。その衝撃が光の波動となって吹き、結衣の髪を靡かせる。

 霊光に照らされた結衣の姿は神秘的で、儚げで、美しく、見る者の目を奪う。

 俺もスタッフも、結衣に釘付けだった。


「ふぅ。できた」

「あぁ、上出来だ」

「よかった」


 嬉しそうに微笑む結衣をカメラが抜いていた。

 取れ高って奴だ。

 何をしていても絵になって花がある。

 女優として成功してた理由が、こんなちょっとしたことからも見て取れた。


「お」


 それからすこし歩いた先に、第一チェックポイントが見える。

 魔力が込められた塗料を用いて描かれた魔法陣。

 その中心には白木の台が設置されており、その上に魔除けの札の入った封筒を置けば、それで完了だ。

 なにやら過剰な演出がされていて、魔法陣の周囲や隙間に何本も火のついた蝋燭が立てられている。完全に不要な要素だけど、テレビの演出的にはこっちのほうがいいのか。

 なんてことを考えながら近づくと、チェックポイントに異変が起こっていることに気付く。


「なにか乗ってる?」

「スタッフの皆さんはここで待機で」


 そう指示を出して、俺と結衣だけで異変の正体を確かめにいく。

 魔法陣の中心にある白木の台の上に、すでに何かが乗っている。

 蝋燭の明かりでぼんやりと浮かぶそれは、異臭と共にその正体を明かした。


「これ、動物の」

「どうやら儀式台を食卓と勘違いしてる奴がいるみたいだな」


 白木の台の上には動物の死体が重ねて放置されていた。

 烏、鳩、犬、猫、猿。

 それらは食い散らかされた後で、一部のみが寄せ集められている。


「平気か? 魔物とは違ってキツいだろ」


 魔物は非日常、動物は日常に棲む存在だ、より近しい。

 魔物は平気で殺せても、犬猫の死体となると目を逸らす魔術師も多い。


「大丈夫。私、思ったよりこういうのに耐性があるみたい」

「ならいいが。あっちはそうは行かないだろうな」

「だね。カメラに映せない」


 この場から離れてスタッフのほうへ。


「すみません。あれを設置したのがいつ頃かわかりますか?」

「えっと……たしか三時間くらい前だったと思います」

「三時間……なら、撮影は一旦中止で」

「え!? い、いったい何が」

「台の上に動物の死体が食い散らかされた状態で置かれてました。三時間前に設置されたのなら、それをやった奴がまだこの病院内にいるかも知れない」


 いや、確実にいる。

 なんなら棲み着いていると思っていい。

 あれはマーキングだ。

 ここは自分の縄張りだ、勝手なことをするな。

 そういう意味が込められている。


「そ、それは悪霊なんですか?」

「……今の段階だとなんとも。悪霊か、それとも妖怪か。個人的には妖怪の線が強いですけど、とにかく外に出ましょう。撮影は安全を確保してからで」

「わ、わかりました。おい、急ぐぞ」


 急遽、撮影を中止し、スタッフを引き連れて外へ出ようとした、その矢先のこと。

 鼓膜を劈くような咆吼が、廊下の暗がりから駆け抜けて俺たちを追い越していく。


「あぁ不味いぞ、これは」


 悪霊や妖怪の叫びには、人を恐怖で動けなくさせる効果がある。

 魔術師や霊能力者は己の魔力で無意識に防御できるが、一般人はそうはいかない。

 スタッフ全員の足が止まり、身が震え、立っていることすら出来なくなる。

 この場に縛り付けられた。


「累!」


 どうスタッフたちを避難させようかと頭を悩ませていると、小鳥が一羽飛んでくる。

 八百人の式神だ。


「八百人! ちょうど良かった――なんでここに?」


 嫌な予感がする。


「霊能力者チームに同行してたスタッフたちが慌てて戻って来てね。話を聞くとどうやら化け物が現れたらしい。正体は不明」

「戦ってるのはあの二人か」

「あぁ、今そっちにも式神を飛ばしてる」

「加勢しない訳にはいかないな」


 嫌な奴らだけど、スタッフはちゃんと逃がしてる。

 カメラの前では友好的な態度だったし、やるべきことはしているんだ。

 このまま俺が、魔術師がなにもしない訳にはいかない。


「結衣、スタッフたちにマーカーを付けてくれ」

「わかった。それから避難誘導だね」

「任せていいか?」

「うん、任せて」

「出来た後輩だ。行ってくる」


 その場から駆け出し、八百人の式神が先導する。

 あの二人も霊能力者だ。ちょっとやそっとじゃ死なないはず。

 加勢は十分間に合うだろう。


「おっと、これは不味いかも知れない」

「なんだ?」

「いま式神が二人の所に到着したんだけど。化け物の正体がわかった。幽鬼ゆうきだ」

「嘘だろ!? なんでよりによって、あぁもう!」


 幽鬼は幽霊と鬼、つまり悪霊と妖怪のハイブリッドだ。

 半霊半妖。

 幽霊特化の霊能力者じゃ、すべての攻撃が半減されてしまう。


「八百人! 壁をぶち破るぞ!」

「了解、そこの壁だ」


 魔術を発動して身体能力を強化。

 引き抜いた刀で壁を切り裂いて、二人までの最短距離を行く。

 俺が行くまで持ち堪えていてくれ。

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