第19話 一番初めに、そう言いましたよね?
豆狸兄弟に松五郎を添えて、少々頼りないメンバーが勢揃いした。
「お前はバカなのか? このままだと喰われちまうじゃねえか!」
「松五郎、念のための確認だが、あの薪を全部割るのにどれくらい掛かる?」
「そこの子狸が役に立つとは思えないから、頑張って丸一日ってとこだな」
二時間なんて到底無理だから、今すぐ謝って賭けを取り下げてこいと松五郎に怒られる。
「そもそも千歳だって病み上がりなのに、力仕事なんて出来るわけねぇだろうが!?」
「松五郎の言う通りだ。鬼山さんに今すぐ謝って、出来ませんと訂正してこい!!」
「そうだぞ千歳、お前喰われちゃうぞ!?」
三者三様、好き勝手騒いでいるが、いずれも取り下げを要望される。
鬼山さんはヤバイ奴だから本当に喰われるぞ、と皆が口を揃えて言うところを見ると、見た目通り危険な鬼なのだろう。
「松五郎、鬼山さんの下の名前は?」
「何だったかな、
――鬼山 剛。
なるほどとても強そうだ。
「遅ぇぞ、早くしろ!」
炊事場の隅っこに移動して、こそこそと内緒話をする四人を、鬼山が睨んでいる。
「短気な奴だな。ところで豆千代、『使役契約』は知っているか?」
「知ってるけど……え? どういうこと?」
「楽しいモノを見せてやろう。では皆の者、手筈通りに!」
千歳はまったく気にする様子もなく、それぞれに指示を出した。
悪いようにはしないから大丈夫と微笑む姿が不安だったのだろうか、松五郎が「ヤバくなったら呼子笛を吹くからな」と難しい顔をしていた。
***
「オイ、いつまでやってんだ!?」
ついに待ちきれず、鬼山が千歳達のほうへドカドカと歩み寄る。
それを見て、松五郎が怯えたように叫んだ。
「ほら鬼山さんが怒ってるじゃねぇか! 俺には無理だ、皆でやったって丸一日掛かる量だぜ!?」
「そこを頑張ればなんとか」
「ならねぇよ!? 鬼山さんが凄すぎるだけなんだからな!?」
褒められた鬼山の目尻がほんのりと上がり、喜んでいるのが見て取れる。
気分が良くなり、さらに一歩踏み出した足元に、こん棒に変化した豆千代が勢いよく飛び込んだ。
「うおッ!? あぶねぇ!!」
足元を
「お前ら何して……ふざけんなよ!? 二時間以内に終わらなかったら、お前ら全員喰ってやるからな!?」
身動き取れない鬼山が芋虫のように床に転がるところまでは想定通り。
ここからは千歳のターンである。
「鬼山様、鬼山様」
「うるせぇ、さっさとコレを外せ!!」
「……松五郎様がどうしても二時間じゃ無理だって、我儘を言うんです」
「なら特別に三時間にしてやる!! だから今すぐコレを……!!」
激怒した鬼山が力任せに縛を切ろうとするので、「身体が千切れそうだから早くして!!」と豆太が悲痛な声で叫んでいる。
千歳は霊力で縄の周りを少し補強しながら、鬼山の顔の前でしゃがみ込んだ。
「そもそも四人で丸一日かかるのに、鬼山様、本当に一時間で終わります?」
「俺が嘘を吐いているとでも言いたいのか!?」
「いえ、そういう訳では……あ、ツノ可愛いですね」
「キサマふざけんなよ!?」
よく分からないが、ツノを褒められると恥ずかしいのか、茹でタコのように顔が真っ赤に染まる。
「あのぅ、もし賭けに負けたら、食べられる前に一つだけお願いを聞いてくれますか?」
鬼山の頭からニョキッと出ている手のひらサイズの二本のツノ。
千歳は、そのツノを両手でギュッと握り締めた。
「思ったよりもツルツルしてる……」
「くそが! 離せ!! 内容次第だが願いを聞いてやるから今すぐ離せ!!」
「鬼山剛様、では私のために薪割りをしてください」
「それが喰われる前の願いが? いいだろう、そんなものなら幾らでも聞いてやる!!」
鬼山が叫んだ次の瞬間、千歳が触れた二本のツノが、眩いばかりの光を放つ。
徐々に小さくなり、そしてホタルのように頼りなく千歳のもとへと飛んでいった。
千歳はその光をそっと摘まみ、ゴクンと一飲みにする。
「はい、
「は!? お前、一体何を……?」
呆けたように動きを止めた鬼山の前で、千歳はニコリと微笑んだ。
「鬼山様、『使役契約』ってご存知ですか?」
「使役契約?」
「相手が応諾することで為される『使役契約』、というモノがあるのです」
「なんだと!?」
「契約主が、あやかしの身体に触れながら名を呼ぶこと。自分のための労務を依頼し、それをあやかしが応諾すること。……この二つが条件です」
これを結んでしまうと、契約主側から契約解除されるまで抗えなってしまうのだ。
「だ、騙したな!! なぜ平民の小娘にそんな契約が出来るんだ!?」
「さぁ、何故でしょう? ですが間違いなく確認をしました」
「嘘を吐くな!! 俺はやるなんて一言も」
「
鬼山さんもここにいるのですから、勿論メンバーですよ?
「言葉巧みに承諾を得ようとする人間がいたら、今後は気を付けてくださいね」
千歳が言い終えるや否や、ぽふん、と音を立てて豆狸兄弟が元の姿に戻る。
「よし、それでは朝餉の準備が終わり次第、薪割り開始! すべて終わったら、皆で桃を食べよう!!」
朗らかに笑う千歳を呆けたように見つめ、あまりのショックに声も出ない鬼山と豆狸兄弟。
松五郎が小声で、「うわ、こいつやりやがった」と呟いた。
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