第11話 ひまわりのように、君を見つめる
名前を呼んで引き留めた彼女の前に立って、つづりはぎゅっと両手を握りしめた。バスが出発するまで、もう何分もない。いうべきことを、伝えなくちゃ。そう思うのに、素直な言葉が喉の奥に引っかかって、うまく出てこなかった。
「え、と、その」
目を閉じて、深く息を吸い込む。瞼の裏に、夢で見た兄の顔が今もこびりついている。それをかき消すように、つづりは目を開いた。まっすぐに、彼女を見つめる。
「好きだよ。僕は、君が好きなんだ、緋猩」
まんまるく見開かれた目が、ゆっくりと緩んで、唇がそれにあわせて弧を描く。花が咲くような、笑みだった。赤い瞳から雫が落ちる。
「触れても、いい?」
つづりも泣きながら、震える手を伸ばした。何かを欲しがるのは、今もずっと、怖いけれど。うなずく彼女の頬につづりはそっと触れた。好きな子の涙を拭えるのなら、そんな恐怖くらい、何度だって飲み込める。
(君といたら、僕は無敵のスーパーマンにでもなれそうだ)
恐怖も、痛みも、苦しみも。
これから始まる彼女との日々に、きっとあふれているだろうそれらを、きっと何度でも、飲み込んで歩いて行ける。
「わ、私もっ、きみのことが、好きで」
「うん」
「絵、勝手にっかいて、ごめん」
「うん。僕も、ひどいこと言って、ごめん」
彼女の細い指先をそっと握る。同じだけ震えているから、二人で目を見合わせて思わず笑った。バスが出発する旨のアナウンスが流れて、惜しみながらもつづりは手を放す。
「やっぱり、行っちゃうの」
留学、なんて。つづりの未来には影すらない突拍子もないことだ。
「え、あ、うん。二週間、だけ」
「え」
告げられた真実に、つづりは思わずその場にへたりこんだ。今になって、自転車を全力で漕いだ反動が来たらしく、しばらくは立ち上がれそうになかった。だから、しゃがみこんだまま、彼女を見上げて、細い指先をもう一度捕まえる。
「ね、帰ってくるとき、連絡して」
迎えに来るから、一番、最初に会って。
ねだるように付け足した言葉に、彼女の頬がリンゴみたいな色になる。
「っ、きみ、開き直ると質が悪いタイプだね?!」
「あははっ、ごめん。浮かれてるんだ、これでも」
好きな子に、好きだと言われて浮かれないやつは、きっと世界中探してもいないだろう。
「九時三十分発、成田行きー。九時三十分発、成田行きー。出発しますので、ご利用の方はお急ぎくださーい」
再度、乗車を促すアナウンスが聞こえて、名残惜しいけれど、つづりは彼女の手を離した。さっき、明音にしてもらったように、自分も彼女の背中を押したかった。
「いってらっしゃい。緋猩」
彼女が顔をほころばせてから、ゆっくりと背を向ける。
「いってきます、つづり」
君のただいまを待たせて 甲池 幸 @k__n_ike
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