6 素顔の王子と聖なる夜

introduction

第28話 ストレス溜まる?


 ────と、いうわけで。


 ついに翔斗さんが私にも『本当の姿』を見せてくれるようになった。


 ……のだけど。


「お、おはようございます」

「ああ、おはよ」


 くうぅ。

 あのキラキラのスマイルはまったく、本当にまったく向けてもらえなくなった。


「……あの」

「なに」

「私、その、嫌われたわけではないですよね?」


 たまらず訊ねると「そんなことかよ」という空気を出すからまたビクつく。


「ないってば。いい加減慣れてくんない?」

「そ、そう言われても」


「俺は見込みない奴には仕事教えたり叱ったりもしない。だからゆっちゃんは自信もって食らいついてくればいい」

「は、はあ」


「……やっぱ、前のに戻す?」


 整った顔にぐい、と覗き込まれて発火しそうなほど熱くなった。

 慌ててぶんぶんと頭を横に振る。


「い、いいんです。私が望んだことだしっ! それに、翔斗さんも素でいたいですよね? 疲れるでしょうし……」


 控えめに見つめ返すと

「べつに疲れたりはしませんよ?」


 と久しぶりににっこり微笑まれてあわやひっくり返りそうになった。


「し、心臓に悪いですっ!」


 本当にすごい変わり身だ。

 別人、そう、本当に別人みたい。


「ストレスとか……溜まりませんか」

「溜まりませんよ。まったく」

「し、翔斗さんん……」

「天職ですから」


 ああ、このセリフは前にも聞いたことがあった。そう、元クレーマーの竹内さんと話した時だ。


「そういえば竹内さんは翔斗さんの『素』を知ってるんですか?」


「ああ、ちゃんと『素』を見せたってわけじゃないけど。前に裏でこっそり一服してたとこをたまたま見られて」


 一服……とはつまり。


「えっ、翔斗さん、タバコ吸われるんですか!?」


 驚いて(ちょっと幻滅しつつ)訊ねるとなんでもないことのように「まぁ」とだけ答える。


「その場で少し話をして。それを機に店にもよく来てくれるようになって」



 ──あんたにもこういう裏の顔があんだな。たしかにストレス溜まりそうな仕事だもんな。


 ──はは。それはもう。あなたみたいなお客様が現れた日はとくに。


 ──は! 言うじゃん!



「それであんな感じの関係に」


 苦笑いする翔斗さんのうしろからいちごさんが現れて「だからタバコは辞めなって言ってんのに」とブツブツ零す。


「べつに問題ないでしょ。いつもタバコ買ってるコンビニの女の子たちもここに買いにきてくれるくらいだし」


 う。口がお強い……。

 いちごさんは大袈裟に肩を上げ下げして「どう?」と改めてというように私に問う。


「これが本当の『沢口 翔斗』。偽りだらけのひどい男でしょう?」


「あ……えと。まあその、落差はかなり、それはそれはかなり、激しいですけど、どちらも、す、素敵ですよ。あのその、『素』のほうも歯に衣着せぬ物言い、というかで」


 一生懸命に褒めたけどいちごさんは呆れ顔、翔斗さんはその目をす、と細めただけだった。


「大丈夫? 辞めたくなってない?」

「まさか」


 いちごさんが心底心配してくれているのが伝わってなんだか泣き笑いしそうになった。


「このお仕事は本当に好きだし楽しいんです。翔斗さんのことは驚いたけど、『素』を見せてもらえてやっと仲間にしてもらえたみたいで嬉しくもあって。だから私ももっとがんばらなくちゃな、って思ってます」


「いい子……」と目頭を押さえるいちごさんの一方で翔斗さんはというと。


「ドMかよ」とだけボソリと言って仕事に戻っていた。ええええええ。


 なんだか膝を折って咽び泣きたい気持ちなのをなんとか抑えて私も仕事を始める。


 この数日翔斗さんに容赦なくしごいてもらったお陰でこなせる仕事量はぐんと上がっていた。


 いちごさんは「すごい!」と褒めてくれるけど翔斗さんは「普通だろ」と言うだけ。はー。慣れるしか、慣れるしかないんだけどさあ。


 コロロン、とドアベルが鳴る。

 さあ、今日も忙しいクリスマスウイークだ。とはいえ平日(私は冬休み)だからそこまでだけど。

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