第4話 狂いの片鱗




「これは……」


 外に出た凛月たちを待っていたのは、大量のラビット・ウェールズの人員だった。


 だが、その誰もが既に戦闘を行える状態にはない。何者かによって叩きのめされた後の光景を今自分たちが見ていることは、凛月含め今訓練場から歩いて出てきた3人には分かった。



 その叩きのめした人物は、魔力で形成された刃を地面に伏した男に向けているところだった。容姿に似合わぬ冷酷な姿を見て、凛月が一番に声を発する。


「日織!?」


 驚き混じりの若干高くなった声に、刃を向けていた人物――日織が反応する。


「おねーちゃん!!!」


 最愛の姉の姿を見て、日織が魔導装器をしまいながらこちらに向かってくる。飛び込もうかという勢いは直前で弱まり、凛月の前に立って心配そうな表情をしていた。


「お姉ちゃん大丈夫!? ケガはない?」


「うん。この通り、上から下まで全部大丈夫だよ」


「よかった……」


 合流するなり心配する日織に対して、凛月の言葉はアンバランスなほどに軽い雰囲気だった。



「流石だな。篠崎と一星妹」


「どうも。心配だったんですっ飛んできました」


 日織の高松先生に対する反応は、朝の時点とは違い明らかに不満ありげな様子だった。確実に、姉が危険にさらされたことによるものであることには違いない。


 朝のやりとりとは反対に、日織が不満を漏らして凛月が宥める、という展開になりそうな雰囲気だったが、


「雫!? 大丈夫!?」


 後ろから合流した咲が、雫の今の姿を見るなり、抱えている男子生徒から奪い取ろうかという勢いで迫っていた。


 その様子を見て、高松先生がやや慌て気味で割って入る。


「心配なのは分かるが、今は安静にさせてやれ。おそらく魔力暴走の影響で体力を使い切っているだろうから」


「魔力暴走?」


 聞きなれない言葉だったのか、男子生徒が首をかしげる。


「空中に漂う魔力を、何らかの理由で過剰に取り込んで、許容範囲を超えたことによる体の拒否反応の一種……それを雫ちゃんはあの場面で起こした、ってことですか?」


 男子生徒の浮かべた疑問符に対する回答札の役割を兼ねた、高松先生への問いかけ。凛月の言葉で、場の会話が繋がり、そして先に進む。


「ほぼ合ってるんだが、厳密には違う。その辺りの事情も話しておくが、まずは場を動こう。ここでは話も姿も筒抜けだからな」



 そう言った次の瞬間に、大きな崩壊音が一行の聴覚を揺らした。反射的に耳を塞ぐ仕草を全員がとった後、男子生徒が何かに気づいたのか驚き顔で訓練場の方を向く。


「そうだ! 中にいたラビット・ウェールズの兵隊は!?」








「いませんよ。中にはね」



 突如として聞こえてきた誰のものでもないとはっきり分かる声に、全員が発生源である方向を向く。


 そうして揃った全員の視線の先――崩れ落ちた残骸たる瓦礫の上には、英国紳士風の装いをした男がいつの間にか現れていた。


 シルクハットにモノクル、手にはステッキという明らかに浮いた姿も相まって、凛月たちは警戒心を強め、動けない雫と彼女を抱きかかえている男子生徒を守るように魔導装器を手に取っていた。



「おお! 怖い怖い。エリートの卵たる生徒が3人に戦闘学担当の教師。恐ろしすぎて宵星様に薔薇の花を一本しか送れないじゃあありませんか」


「え?」


 その言葉を聞いた直後、男子生徒が驚きの声を上げる。


 その声につられて残る4人が雫に視線を向けると、そこには言葉通り、薔薇の花一本が添えられていた。


 まさに手品といえる芸当に、凛月たちは驚きの表情を隠せない。



「何が目的だ?」


 唯一、高松先生だけが冷静に英国紳士風の男を見据える。


「目的? はて、これは困りましたね。私はたまたま偶然この場所に来ただけの一般人ですよ」


「どの口で言ってるんだ……亮」


 その話しぶりは、明らかに旧知の中であることを示していた。


「お知合い……ですか?」


「……ラビット・ウェールズの総帥だ」


 咲の問いに、若干の間をおいて答えた高松先生は、己が『亮』と呼んだ瓦礫の上にいる男を睨むように見ていた。


「なんだつれませんねぇ、陸。この学院で一緒に学んだ仲じゃあありませんか」


「もう一度問う。何が目的だ?」


 明らかに全てがかみ合わない会話に、英国紳士風の男はやれやれ、と呆れの混じったような反応で


「今日は偵察ですよ。そこにいらっしゃる眠り姫のね」


「雫のことを言ってるの?」


 英国紳士風の男の言葉を聞いて、咲がそう呟く。


「そうですよ、お嬢さん。彼女は私たちの姫になり得る存在ですから」


「どういう……?」


「それはですね……おっと、これはいけない」


 英国紳士風の男は、懐中時計に視線を投げかけてすぐに、わざとらしく言葉を止めていた。


「これからディナーの予定があるというのに、少々しゃべりすぎていしまいました。では、真実はまたの機会ということで」


「そうはいかないんじゃないんじゃないかなぁ」


「ただでは返せませんよ」


 凛月と日織がそろって魔導装器を構える。


 次の瞬間には第二ラウンドが始まりそうか……というところで、高松先生が右手で制する。


「無駄だ。あの懐中時計がある時点であいつはもう逃げている」


「え?」


「どういう……?」


 制した腕に沿って向けた高松先生への視線を、凛月と日織は再び瓦礫の上に向ける。


「誰もいない……?」


 日織の呟き通り、そこには既に誰の姿もなく、瓦礫が崩壊の後をむなしく残すだけだった。


 一瞬だけ視線が高松先生の方へと向いた瞬間に逃げる、というまたもや手品かという所業に、凛月たちは驚くことしか出来なかった。


 唯一その有様に驚きではない反応を見せる高松先生は、制した腕をおろすと、4人の方を振り返って口を開いた。


「4人とも、ユニーク・エーテリアは知ってるか?」


「ユニーク・エーテリア……ですか? いえ、全く」


 最初に答えた日織の反応に、他の3人も頷きを以って同じように知らないことを示す。


「現在の魔導装器はカスタムが出来るようにコアとパーツを別々にすることが出来るんだが、一部には特定の用途・効果に特化して作るものもあってな。あいつが持っている『三月ウサギの懐中時計』も、そういう品の1つだ」


「その『三月ウサギの懐中時計』って、どういう効果なんですか?」


「1日に5回という制限こそあるものの、魔力に込めた想いに従い、一瞬で移動することが出来る、と言われている。ユニーク・エーテリアの中でもとくにユニークな能力を持っている代物だ。どこから手に入れたのかは知らんがな」


 そういうと、高松先生は1つ大きなため息をついて、



「とりあえず、宵星を医務室に運ぼう。話をするのは彼女が起きてからでも遅くない」


 高松先生がそう続けた言葉に従って、一行は校舎の中へと戻っていくのだった。


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