第3話 非常を刻んで



 時間を少し遡り、蒼水魔導学院のホームルーム教室にて。


「え!? 凛月ちゃん、再試の手伝いに行ったの?」


「そうなんですよ……」


 日織は、再試験の手伝いに言った姉――凛月を待つ間の一時を、友人である篠崎咲との会話に費やしていた。


「高松先生に言われたんです。『お前にしか頼めない』とか、だったような……」


「まぁ、凛月ちゃん満遍なく成績いいし、確かに適任ではあるよね」


「それは百も承知なんですけど……」


 咲のフォローを聞きながら、日織は頭を抱えてうーんと唸っていた。


 成績がいいことを含めいつも隣にいる凛月のことを他の誰よりも知っている自信が日織にはあったが、それ故に凛月の性格の掴めなさも十分に分かっている。


「お姉ちゃん大丈夫かなぁ……。ちゃんとはやるだろうけど、何かの拍子に変なスイッチ入って宵星さんに迷惑かけたりしないかなぁ……?」


「うーん、それだと雫大丈夫かな。凛月ちゃんのあのテンションで来たら、困った末にふらっと倒れちゃうかも」


「え」


 咲の呟きを音として拾った瞬間、日織は血の気が引いていく感覚になった。


「そそそそれはごめんなさい! 宵星さんに迷惑かけたら一生懸命謝るので!!」


「だ、大丈夫大丈夫! 冗談だよ冗談! 雫ああ見えて上手く反応してくれるよ!……たぶん」


「咲ちゃんそれだと余計に怖いんですけど~~~!!」


 もはやパニック状態に片足を突っ込んでいるような焦り方と声色に、咲は苦笑いで反応する。



 とその時。


 大きな爆発音が訓練場の方向から聞こえてきた。


 会話中の日織と咲は一瞬驚きの表情で固まった後、窓に近寄って音源の方を見る。


「爆発音……!? てか、訓練場崩れてるし! なんか兵隊みたいのがうじゃうじゃいるんだけど!?」


 視線を向けた先の訓練場では、一部の天井が崩れており、その周囲を武装している人が包囲していた。


「……おねえちゃん!」


「日織ちゃん!?」


 咲が反応するよりも早く、日織は魔導装器を乱暴にひっつかんで教室を飛び出していった。


「ああ! もうめんどくさいな!」


 後ろで咲のそんな言葉がほんの少し聞こえた気がしたが、そんなことは今の日織にとってはどうでもよかった。


 それに限らず、今の日織にとって、凛月の生存以外は至極どうでもいいことに分類されている。友人だけでなく姉からもシスコン呼ばわりされる理由を詰め込んだ思考回路は、周囲への影響を気にすることなく、校舎内を走り抜けていた。


――お姉ちゃん、無事でいて……


 凛月の強さは十分に理解しているが、それでも万が一の可能性はゼロにならない。


 急がなくてはいけないという思いが、階段すら煩わしくさせる。風魔法などで一気に飛び降りてしまいたさもあったが、着地に失敗してケガすることも今は避けるべきだと考えて、なるべく地面に足をつけながら移動していた。



 地を這う雷鳴の如き速さで訓練場へと向かった日織が、腰のベルトに提げた二振りの魔導装器を引き抜くと同時に、現場の姿が見え始めてくる。



 そこには、訓練場の入り口を封鎖するようにラビット・ウェールズの人員が数人立っていた。手元の銃を認識した日織は、相手が視認するよりも先に飛び込むべく、なりふり構わず魔法を発動した。


「アクセル・ツーデイギア!!」


 距離を破壊する、と表現される加速魔法、アクセル・ツーデイギア。日織の体は、魔導装器を構えた体勢で、最も遠くにいたラビット・ウェールズのその懐までもぐりこむ。


「……!?」


「はあっ!!」


 声すらも発させずに、居合の要領で魔導装器を抜き、その軌道で相手のライフルを両断する。魔導装器の持つ魔法によって形成された刃が、纏った熱により鉄を溶断する。


 明確に攻撃能力を削いだ後は、その胴体に掌底の如く風属性魔法を与える。


「飛んでって!!」


 魔力による印を刻まれた男の体が、突然後方へと吹き飛ばされる。


 日織はそれに目もくれず、その場で後ろに振り返り、氷の礫をばらまいた。


「ぬおおっ……!?」


「ぐっ……!」


 狙いをつけず大量にばらまくことで、銃を構えていた男たちの行動を阻害したそれに、後方から追いついた咲が手持ちのアサルトライフル型魔導装器で男たちを狙う。


 小銃のようにばらかまれる魔力の弾丸と氷の礫の二方向作戦で、はさまれた男たちは反撃に移ることが出来ない。


――ちょっとやりづらい……!


 日織は、咲が銃弾をばらまき終わったその瞬間に、再び速度を上げて、体勢を立て直し終わらない男たちに斬りかかる。



「ひっ……!!」


 可憐な姿に似合わず驚異的な速度で詰めてくる日織に対して、目の前に詰められた男が悲鳴を漏らす。


 銃を構えなおす隙に、その銃の横を、既に刃が通過する。


 確かな殺意の塊は、確かにその胴体へ向かい――



「はあっ!!」


 寸前で輝きを失いながら男の体をすり抜けて、少し遅れた衝(・)撃(・)を男の体に走らせた。



 魔導装器の特徴である幻状態――刃は見えるものの実体化していない状態を上手く利用するフェイク攻撃の一種。これが出来るだけで近接戦闘における強さをある程度見積れると言われるほどに技術、メンタル両方が要求されるこの技を、日織はこの場面で使っていた。


 当然、相手に突っ込みすぎているので後隙は出来ているのだが、そこはある程度後ろを固める人員を信頼しての行動だった。


「させませんよ」


 咲のその言葉のすぐ後に、銃声が2発鳴り響く。


 彼女の持つアサルトライフルが、今度は狙撃銃の役割を果たし、敵の足を打ちぬいて地面に伏せさせる。


「ついでです」


 さらにもう数発、弾丸が発射され、敵の持っていた銃を弾き飛ばす。


 通常の銃であれば弾丸の厚みは変えることは出来ないが、この魔導装器でならば一定の範囲内で銃弾の厚みを変えることが出来る。


 日織の使う剣型のものと同じく、ある程度魔力量を制御する技術が必要ではあるが、咲はその点においては十分な評価を受けていることを、友人たる日織は当然知っている。


 それでも彼女の立ち回りと微妙に合わないのは、別の観点で上には上がいるからに他ならないのだが。



「さて最後は……」


「あなた1人ですね」


 日織と咲がお互いを見るような形で見据えた先。


 気づけば、敵は彼女たちの間にいる1人だけになっていた。



「くそっ……!」


 悲鳴ではなく悪態をついたのは、最後の強がりか。


 挟み撃ちの状態では、もう既に詰んでいる。



 咲の持つ魔導装器の銃口が睨みを利かせる中、日織が若干の円弧軌道を描きながらラスト1人に接近する。



 男は何とか避けようとするが、生身の速度で魔法の力を得た速度に対応するのは厳しい。


 男の手の中にある鉄の煌めき――ある程度の刃渡りを持ったナイフは、最後のあがきとも言うべきものだったが、


「そんなもの!」


 サイズ調節の施された、小刀程の魔力刃が、男の持っているナイフの刃を根元から溶断し、その直後に輝きを失いながら男の首元をすり抜ける。


 そしてもぐりこんだ懐で足払いをかけて男をすっ転ばせると、逃走防止のために咲が足元を打ち、日織が銃を両断して、最後の男の反撃能力を消した。



「ふう……」


 戦闘が明確に終わったことが分かり、咲が息を漏らす。


 一方で、日織は右手に収まる魔導装器の魔力刃のサイズを戻し、それを男に突きつけた。


「日織ちゃん!?」


 その行動に咲から驚きの視線が投げかけられるが、日織はそれを一切意に介さず、口を開いた。


「多分私と同じ顔の人が訓練場にいたと思うんですけど、今どこにいますか?」


「知らねぇよ……中にまだいるんじゃねぇのか」


「それは本当ですか?」


 普段と同じ言葉遣いながら、纏う雰囲気は明確に違う。冷酷さを強めて問いかける姿は、他の介入を許さない。


「私回復魔法も割と得意なので、嘘だったら差し支えないところ斬ってもいいんですよ?」


「ひぃっ!? 嘘じゃねえ!! 中の連中が帰ってきてないし他に行ってないのは確かだ!!」



 日織の雰囲気と言葉に怯えるように、男の声色が高くなる。


 その言葉を聞いて、日織の視線だけが咲の方に向く。


「嘘じゃないと思うけど……」



 明らかに平常時とは違う日織の姿に、咲は気圧されながらもそう答える。


「なるほど。じゃあ、中に行って確かめますか」



 そう言って、日織が視線を訓練場の方に向けたのとほぼ同じタイミング。


 中から現れた人たちが誰か分かった瞬間に、日織と咲は内部に突入する理由がなくなったのだった。



「これは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る