第1070話 *タダオン*
「……おれの負けだ……」
ぐうの音も出ないくらい、完璧に負けてしまった。
ラダリオン。うっすらとしか記憶にない娘。ただ、常に腹を鳴らしていた記憶だけはあった。
おれたちは放浪の民。女神より光の御子を捜すよう定められた一族だった。
なぜそんなことをせねばならない? そう思う日々もあり、族長に逆らった日々もあった。
だが、それがマーダ族であり、大人になるにつれて逃げられないことがわかった。
それでも心の中で燻ってはいた。おれたちはもっと自由に生きていいんじゃないかと。
そんなとき、タカトが現れた。
初めて見たときから不思議な男だった。おれたちをまったく恐れることはなく、当たり前のように接してきたのだ。
この男はなぜおれたちに関わるのか不思議だったが、ラダリオンがいたからだと理解できた。
忌み子を拾うなど気が触れているとしか思えないが、女神の使徒なら納得だ。忌み子すら変えてしまう力を持っていても不思議ではない。
タカトのお陰でおれも体つきはよくなり、大地をしっかり踏める靴を履き、巨人の胴にも勝る木すら両断できる槍を持っても十六歳の娘に傷一つすらつけられなかった。
いや、おれは手加減されたのだ。ラダリオンの服にすら触れられず、息すら切らしてない。戦いなどなかったかのように悠然と立っていた。
悔しさもなにもあったものじゃない。だが、おれにも誇りはある。ラダリオンより長く生きてきた矜持がある。
今は負けたが、未来永劫勝てないわけじゃない。このまま負けたばかりじゃいられない。おれはまだ強くなれる。
「自分より小さいものばかり狩っていては強くはなれない。自分より弱い者と戦っても強くなれない。あたしはタカトの側で強い敵と戦ってきた。これからも強い敵と戦う。決して折れぬタカトの槍として」
まったくもってそのとおりだ。
巨人より大きい敵を倒したことはある。だが、それはおれが強かったからじゃない。敵が弱かっただけなのだ。
「あたしを本気にさせた者はあなたが初めて。でも、あなたは戦い方を知らなすぎる。足の運び、体重移動、勘の読み合い、すべてダメ。まだ獣を相手するが厄介。けど、それらを覚えたらあなたはもっと強くなる」
なにも反論できない。
まさにそのとおり。ラダリオンの足の運び、体重移動、勘の読み合いに翻弄された。そのすべてがおれの遥か先をいっていた。
「ラダリオン──いや、槍姫。おれはもっと強くなる。お前が知るすべてをおれに教えてくれ!」
槍姫の前でつまらぬ矜持は邪魔だ。おれは弱い。なにも知らない。そこに強者がいるなら挑むまでだ。
「わかった」
「おれも頼む!」
「おれもだ!」
他の仲間たちも強くなるために槍姫に頭を下げた。
弱者に矜持を抱く資格はない。強者でなければなにも語ることはできないのだ。
「じゃあ、あたしの槍を折る勢いでかかってきて。あたしもあなたたちの槍を折る勢いで相手する」
ああ。全力で相手させてもらう。
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