王立魔術学院のカワサキ・ヤンキー

@tokizane

①プロローグ 卒業、そして——


 長身の男が口を開いた。


「まさか——おめぇらが卒業できるだなんて思ってなかったぜ」


 低い、ふざけた調子の声だった。

 昼下がりの学校である。

 屋上。

 缶コーヒーを飲む高校生たちが座っていた(ヤンキー座りをする者もいればあぐらをかく者もいる)。

 男子高校生4人——といっても県内偏差値最低の私立黒龍に女子生徒など1人もいないのだが。


「あ゛あ゛!? なにナメたこと言ってんだ俺と同じくれぇの成績だろっ! なんで上から目線なんだよ!!」

「いやぁ、成績ならともかく喧嘩沙汰はおまえのほうがやらかしてるやろ。ここに転校してきてから何人倒しノシてきたんや? 警察ポリの厄介になってへんのは奇跡やろ……」

「ヒトシさんはクソ強いに自分から進んで喧嘩しようとしないから……。誰かさんと違って先生からの印象もいいんですよ」


 季節はまもなく春を迎える。高校3年生である彼らにとって高校生活はもう残り短い。

 入学当初から学業や出席日数に不安を覚える4人だった。教師たちの助力がなければ確実に留年していただろう。そういうメンツがそろっている。

 そもそも『黒龍高校の屋上に足を踏み入れることが許されるのは校内にひしめく不良たちの頂点に立つ男とその仲間』という不文律がこの学校には存在する。

 黒龍には県内の中学から喧嘩自慢の馬鹿どもが集まっていた。そんな連中の——いやの上澄みがこの4人。

 いわば最悪の中の最悪といえる4人だ。


 それぞれがいかにもヤンキーというファッションやヘアスタイルをしている(革ジャンやオールバックなど)。

 まともに制服(学ラン)を着ているのは長身の男、最初に口を開いた彼くらいのものである。

 彼にしても制服を(着崩しつつも)身につけてはいるが、無造作に伸ばした髪はプラチナブロンドに染めているし、派手なデザインのサングラスもかけている。率直に言って道を歩けば誰もが避けるような外見だ。

 なにより印象に残るのはその図体だ。そばにいる仲間が子供に見えてしまうほどの巨躯。その割には童顔でギャップがあるのだが。


 彼の名前は左藤齋さとうひとし

 ヒトシは黒龍最強の男でありながら誰ともツルまず一匹狼的な立場を守り続けてきた。


 彼は中学生の時分からすでに県下に勇名を馳せていた。

「左藤は化け物だ」

「タイマンでやるならヒトシだろう」

「高校生でも相手になる奴はいない」

拳銃ハジキを持ったってあいつの前には立ちたくない」

 高校時代の3年間、ヒトシの存在は猛者たちが集う黒龍校内においてさえもアンタッチャブルな存在だった。

 


 ヒトシは立ち上がってこうつぶやく。

「俺はおまえらと違って平和主義者だからな」


「俺だって好きで喧嘩ばっかりしてるんじゃねぇ! 他の奴らがよそから厄介ごともちこんでくるから仕方なく出向いて相手してるだけだっつーの」

「そうか? ワシはおまえが戦闘狂なところあると思とるけどな。暴走族ゾク10人相手に立ち回ったり、ナイフもった奴にビビらなかったり。やっぱ正気じゃあれへん」

「自分は喧嘩からっきしっすから、戦えるみなさんのこと尊敬していますよ……」


 ヒトシは仲間達の言葉をきいてからこう口にする。

「俺は降りかかってきた火の粉を振り払ってきただけだ。売られた喧嘩は買う。ただそれだけ。そんな馬鹿滅多にいないけどよ」

「えーちょっと待て、それってあんときおまえに喧嘩売った俺を馬鹿にしてる?」

 ヒトシに指摘されたその男は立ち上がる。見下されるのがなにより嫌いな男なのだ。


(こいつとの喧嘩か、あれはしんどかったな……)

 ヒトシの脳裏をよぎるのは、彼と友達ツレになるきっかけになったあの大喧嘩だけではない。

 大男はこの3年間学校で起こったエピソードの数々を思い返してみた。

 校内のヒエラルキーを決めるためすべてのチームがぶつかった『黒龍内戦』。

 他校との戦争に勝つため黒龍の強者たちが同盟を組み挑んだ『三帝会戦』。

 ……他にも全国制覇を狙う暴走族と衝突したこともあった。

 校舎内に襲撃してきたヤクザを返り討ちにしたこともあった。その他色々e t c

 本当にめちゃくちゃな3年間だ。これほど大事件が立て続けに起こった高校など日本にはないかもしれない。日本一の問題校、それが黒龍。

 この学校で、この町で——どれほど多くの血が、涙が、友情が、熱笑が消費されただろう。


(俺らの世代が1人も退学もせず、逮捕もされず全員が卒業できる。奇跡以外のなにものでもないな……)


 この長く続いた『祭』において

「ヒトシ……いや左藤さん。俺のチームに入ってくれ!! もちろん総長の地位はゆずる!」

「頼ンますヒトシさんッッ! 今から隣町の公園であの『範馬亜減奴ハンマーヘッド』との果たし合いがあるんス。俺たちを助けてると思って……」


 全部断った。ヒトシの『尺度』からしてみれば、


(おまえら好きで不良やってるんだから、そういう問題は自力で解決して見せろ)


 でしかない。


 ヒトシは学校の生徒たちが日々戦いやその準備に勤しんでいるところをどこか醒めた目で見ていた。

 もちろん馬鹿が喧嘩をしかけてくることもあったがすべて瞬殺してやった。


(俺が戦って「負けそう」と思ったのは1人だけだ)


 この革ジャンを着たこの男1人。互いに認めあった唯一無二の存在。


(物語の主人公といえるのは「厄介ごとに巻き込まれ、人に頼まれると断りきれず参戦してしまう」のほうなのだろう。

 いかにも主人公らしい性格をしているではないか。嫌々ながら結局人助けするため全力で戦いそして勝つ)


(俺は最強なだけの脇役。黒龍の内外でなにか問題が起こっても解決に動こうとしなかった。ただの傍観者。

 圧倒的に強いだけで例外あつかいされ、自分から動こうとしなかった。……自分から動くようにしていれば、もっと面白いこともあったのかねぇ……)


 ヒトシはコンクリートの床に大の字にねそべり、目を閉じて考える。


 これで良かったのだ。そうヒトシは自分に言い聞かせる。

 戦って勝ち続ければ敵も増える。味方だって多すぎれば面倒臭い。

 人を力でしたがわせるなんて本来自分の性にあわないことだ。


(この3年間の高校生活に悔いはない)


「(小声で)あんだぁ? ヒトシの奴、もうすぐ昼休みも終わりだっつうのに寝始めたぞ」

「目ぇ閉じとるだけやろ」

「おいおいいいのか俺のまえで隙みせてww。いたずらしようぜ! 油性ペンがあんだ。俺ら3人で一筆ずつ顔に描くぞwww」

「アホか。ワシを巻き込もうとしなや」

「じ、自分は参加しますよ。なに描いてやろうかな……ゲッ、起きた。ヒトシさん! 自分は止めようとしてましたからね!!」

「おまえら全員うるせぇよ」


 高校を卒業しそれぞれの道を進もうとするヒトシと同世代の黒龍の不良たち。

 彼らの人生はまだまだこれからだ——


 だが、

 ただ1人、左藤齋の歩む道は大きく逸れることになる。

 誰も予想していなかった大事件によって最強の不良高校生はこれから、


 高校時代以上に苛烈な戦いの日々を送ることになる。

 なんと異世界を舞台に。

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