第11話 こんばんは!中津湊の初ライブ配信です!
「こんばんは!中津湊の初ライブ配信です!」
夏樹がそう言うと、少し恥ずかしそうに湊がカメラに手を振っている。
「私はマネージャーの夏樹と言います。前回動画を見ていただいた方はわかると思うのですが、湊は一人でフリートークが苦手なので、サポートで入らせていただきます。そして今回は湊の良さを知ってもらいたくて、LIVEをしていきたいと思います!とはいえ、ここは事務所の一室でギターとかドラムとかはないのですが、楽しんでもらえたらと思います!」
夏樹は緊張からか一気に捲し立てた。
湊を見ると、湊からオッケーサインが出た。
スマホから音楽を流し始める。
「それでは一曲目です!」
歌っている間に夏樹はコメントを確認していく。
視聴者は150人。
少ないのか、多いのか、夏樹にはわからなかったが、この150人を絶対湊のファンにしたい。
3曲目が終わった段階で、コメント返しをしていく。
歌で確実に湊の良さは伝わったはずだ。
このトークが一つの勝負所だ。
「たくさんのコメントありがとうございます。色々質問もあったので、湊に答えていただきましょう」
湊の顔が一瞬だけひきつる。
(これはやばいかも)
夏樹は、最後の切り札を鞄から取り出して、顔につけた。
最初は驚いた顔をしていたが、湊の顔が自然と穏やかになる。
「じゃあまずは自己紹介お願いします」
「えっと、中津湊です。27歳です。シンガーソングライターです。えっと、好きな食べ物はえのきです」
普通に答えてくれて、ほっと胸をなでおろす。
「コメントで好きな色は?ってきてます」
「す、好きな色は、ビビットな色・・です」
何とかやり取りを続け、最後に1曲歌って1時間ほどだったが、ライブ配信は終わった。
「お前らぁぁあああ!」
配信が終わった途端、扉が開き、仁川が入ってきた。
「バカか、お前らここは防音設備ねぇ・・・ってお前なんだ、その顔は?」
夏樹が、夏樹の母の顔写真のお面をつけている。
「あ、あぁ、すいません。湊が落ち着くかなと思って」
「それ義姉さんの顔だろ?なにやってんだ、ほんとに」
仁川は怒っていたが、母の顔に怒る気が失せたのか、部屋から「ったく」と言いながら出ていった。
「なんとか上手くいったな」
湊が軽く手を挙げた。
「?」
夏樹がきょとんとした顔をしていると、恥ずかしそうに、
「ハイタッチ・・だろ?ふつう」
と湊がつぶやいた。
「あぁそうか」
夏樹が湊にハイタッチをした。
こうしてなんとかライブ配信を終えることが出来たのだった。
「150人は少ないだろ」
今津に報告すると、こっちを見ることもなくパソコンを見ながら返事された。
「その辺の素人でも集めれる人数だ」
「あ・・そうなんですね」
夏樹は少し落ち込みながら、席に戻った。
「まぁまぁ、最初なんて皆そんなもんだよ~」
塚口はそう言いながら、飴をくれた。
「フリーライブなんてまだまだ無理ね」
神崎川は鼻で笑って、通り過ぎていった。
「・・・悔しい」
飴を頬張ると、甘い優しい味が広がった。
その後も夏樹は地道に今津の営業に同行して、湊を売り込む日々が続いた。
しかし頑張れば結果が付いてくる、という世界ではない。
何の努力もしてなくても、タイミングが合えば売れることもある。
どれだけ才能があっても、タイミングを逃せば売れないこともある。
それがこの世界だ。
湊の活動も、地域のイベントでモデルのようなことをしたり、少しだけ歌わせてもらったり、正直パッとしない活動が続いていた。
地道に小まめに更新しているSNSの登録者数は伸びているものの、本当に少しずつといった感じだ。
「どうしたら売れるんだろ・・」
「それがわかれば苦労しねぇよ」
車を運転しながら、夏樹が小さくつぶやくと、今津が何を言ってるんだと首を振っている。
「そもそもメジャーデビューとか考えてるのか?」
「メジャーデビュー?」
「まずはそこからだろ。湊がアーティストって言っても、何も売ってないわけだからほぼ自称アーティストだからな」
「自称ですか・・」
「中津はアルバイトとモデルの仕事が収入のメインで、ほんの少しライブのお金が入ってくる程度だろ。それは、もはやフリーターだ」
確かに今津の言う通りだ。
湊には才能がある。
今までたくさんの音楽を人生の中で聞いてきたが、そのアーティストたちと比べてもひけはとらない。
でもこのままでは湊も夏樹も未来がない。
「メジャーデビューするにはどうすればいいんでしょう?」
「湊に足りないのは、集客力だな。当たり前だが、売れると思ってもらえなければ、デビューはない。曲もいい、歌唱力もスバ抜けて上手い、でも集客力がない。それじゃだめだ」
「集客力・・・」
「そうだ。それについてはお前の営業力がカギになる」
(営業力-)
心がざわつくのがわかる。
「一緒にいくつ回って、なんとなくわかってきただろう。そろそろ自分で一人で営業に行ってきたらどうだ?」
“お前のせいだ―”
涙が手のひらに落ちてきた感覚が今も手に残っている。
「おい!前見ろ!」
はっと我に返ると、あと少しで対向車の方へ行くところだった。
「ばかやろう、運転に集中しろっていったろ!」
「すいません!」
湊はカメラ恐怖症を克服しつつある。
(俺も変わらないと、いけないんだろうな)
夏樹はハンドルをぐっと握った。
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