第10話 その歌をファンに届けてあげなきゃね
「いよいよライブ配信か・・・」
今日はライブ配信の日だ。
コメントなどで視聴者と交流することで、確実にファンを増やしていきたい。
頑張ってファンの名前も覚えて、いわゆるファンサと呼ばれるものもしていきたい。
そう思うと、カメラ恐怖症は治しておかねばならない。
あれからも夏樹と湊でカメラ克服大作戦を実施し、だいぶ自然に話せるようにはなったが、本番となれば緊張で地獄と化す可能性がある。
ファンが増えるどころか、わずかにいるファンすら減ることになる。
そう考えると夏樹は頭が痛くなった。
20時から開始なので、あと10時間もすれば配信だ。
夏樹はそわそわしながら、パソコンに向かっていた。
各SNSでは宣伝済みだが、どれほどの人が見てくれるかもわからない。
何もかもが未知数だ。
「小林、行くぞ」
どれだけドキドキしていようと仕事はしなければならない。
今日は今津の手伝いで、園田ありさの現場に付き合うことになっている。
夏樹が車を運転しながら、今日のことを考えていると、「運転に集中しろ」と今津にどうやされた。
「そもそもお前が緊張してどうするんだ」
「まぁそうなんですけど・・」
「今日、ありさにも各SNSで後輩の初インスタライブって宣伝させておいた」
「ありがとうございます」
「チャンスは作ってやれるが、それを掴むかどうかはお前ら次第だからな」
「・・・はい」
ありさを現場まで連れていくと、今津はスタッフと打ち合わせがあると席を外した。
控室のソファに座り、ありさが話しかけてきた。
「ねぇ、小林くん」
ありさが愛くるしい瞳でこっちを見ている。
さすが彼女にしたい女優のトップ10入りしただけのことはある。
夏樹は少しドキッとしたが、すぐに仕事だと現実に気持ちを引き戻す。
「はい?」
「中津くんのこと今は売ろうと頑張ってるんでしょ?」
「えぇ、まぁはい」
「ふーん」
ありさはホットのカフェラテをふぅふぅしながら飲む。
「順調?」
「いや、それが・・・」
夏樹は湊のカメラが苦手なことについて、ありさに話した。
「ふーん、それは困ったねぇ」
「そうなんですよ。色々やって少し改善はされてきてはいるんですけど、今日のライブ配信が心配で・・・」
「中津くんがリラックスして配信できればいいんだけど」
「リラックス?」
「中津くんと一緒にいる時間が長いんでしょ?中津くんがリラックスしている時間ってないの?」
「湊がリラックス・・・」
一つ思い当たることがあった。
「あと、どこがいいの?」
「え、どこがと言うのは?」
「中津くんのどこが良くて売ろうと頑張ってるの?」
「あぁ、それはそうですねぇ・・・」
夏樹は湊の良さについて考えてみる。
「歌が上手いところですかね。湊の歌を初めて聞いた時、引け目なしに感動しましたし、心が掴まれた感じがしました」
「そんなに歌が上手いんだ。じゃあさ」
ありさは真っ直ぐに夏樹を見た。
「その歌をファンに届けてあげなきゃね」
「歌を…?」
「そう、歌をね」
そんなことを言っていると、今津が戻ってきた。
「小林、ちょっと撮影が1時間くらい押しそうだから次の現場に電話しといてくれ」
「はい!」
夏樹は控え室を出ていく。
「言っておいたよー」
ありさが甘えた声を出して、今津の肩に手を置いた。
「助かった」
そう言って今津は優しくその手を下した。
ありさは寂しげな顔をしたが、すぐにパッと明るい顔になって、「今津さんの役に立てたならよかった」と微笑んだ。
「それにしてもどうしてあの子に肩入れするの?大人しそうだし、やる気がある感じでもないし」
「あいつに一度資料をまとめるのを手伝わせた時に、何も言わなくてもちゃんと見やすいように並べ替えてたんだ。これをどう使うのか、先を考えて行動できてるってことだ」
「へぇー」
「それにあいつは大人しくない。大人しくなっただけだ」
「それってどういうこと?」
「前の会社で何かあったのか、わからないけどな」
「じゃあ今津さん的には才能ありなわけね」
「それに…」
「それに?」
「俺たちだっていつまでこの事務所にいるかわからないからな」
ありさは静かに頷いた。
今日のライブ配信は事務所で行うことにした。
色々考えると1番安全に思えたからだ。
あと1時間でライブ配信の時間になる。
夏樹は黙々と準備をしながら、ありさに言われたことを思い出していた。
“その歌をファンに届けてあげなきゃね”
夏樹は配信内容を変更することにした。
「湊、好きにやっていいから」
「おぅ!」
湊は夏樹に渡された服に着替えて、マイクの前に立った。
「じゃあ始めるぞ」
夏樹がそう言うと、湊が頷いた。
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