第9話 大事にしてやれよ、お袋さん
「お邪魔します・・・」
湊は意外と礼儀正しく、靴も並べて夏樹の家に上がった。
服装は様々な色のペンキがこぼれたようなカラフル過ぎるデザインのパーカーにkill youと背中に大きく書かれている。
もはや夏樹はつっこむというより、次は何だろうと楽しみに思う域に達していた。
今日は、これから質問する内容を考えると、カフェというわけにもいかず、事務所だと何となく堅苦しい気がして、休みの日に家を呼ぶことにした。
「適当に座って」
湊は座布団の上に座ると、「で、今日は何で家?」と怪訝そうな顔をしている。
「まぁ今後についての話をしようかと思って。事務所でも良かったけど、ざっくばらんに話すのもいいかと思ってさ」
「ふーん」
「で、早速なんだけど」
夏樹は話を始めようとすると、ドアがノックされる。
「夏樹~、コーヒー持ってきたわよ~」
返事も聞かずに母が部屋に入って、机にコーヒーを置いた。
「母さん、仕事の話するから」
そんな夏樹の声を気に留める様子もなく、湊の横に座った。
「あらあら、かっこいい子じゃないのー!」
「ありがとうございます」
湊はびっくりしながらも、珍しく愛想よく返事をしている。
「母さん、あのさ」
「この子、迷惑かけてないかしら?本当に出来が悪い息子で申し訳ないわ~」
「いや、そんなことないです」
「母さん、彼女連れてきたわけじゃないんだよ。仕事の話をしたいから!」
無理やり引っ張って母親を立たせると、部屋の外に追い出す。
「あとでケーキ持ってくるわね~」
「持ってこないでいいから!」
バンとドアを閉めると静かになった。
「すいません・・・」
「いや別に」
「うちの母親は元気で気が強いもんだから、初対面の人との距離感もバグってるし」
「・・・いいじゃん、良い母親で」
湊の目が少し寂し気に見える。
「どうかした?」
「別に」
「いや、でも」
「それより、今後の話だろ?」
「・・あぁ」
夏樹は今後ライブ配信をすることになったこと、それにはカメラに慣れる必要があることを話した。
あの動画のような状況ではとてもじゃないがライブ配信は無理だ。
「今後の為には、カメラにも慣れないと。メジャーデビューしますとかなったら、写真もMVも撮らなきゃいけないしさ」
「・・・まぁそうだよな」
「で、どうしてそんなカメラ向けられたら、緊張するの?」
「わからない」
「え?」
「わかんねぇんだよ、昔からそうだったし」
「なにかトラウマとかさ、そういうのないの?」
「ない」
キッパリと湊は言い切った。
「じゃあどうしたらいいんだよ、あんな地獄絵図配信できねぇよ」
「そういわれてもなぁ」
のんきに湊はコーヒーを啜っている。
「・・・それなら慣れるまで撮るしかない」
夏樹がそういうと、湊がコーヒーを吹き出しそうになった。
「慣れるまで撮る?」
「そう」
夏樹は早速スマホを撮影モードにした。
「これをつけたままで今後過ごしてもらう」
「・・・ま、まま、マジ?」
「そう、もうやるしかない」
そこからは湊はカメラをチラチラ見て落ち着かない。
質問にもトンチンカンな回答する上に、噛みまくる・・・、あの映像の地獄がしっかり再現されていく。
「カメラを意識しないように、俺と会話をしていることに意識を向けて!」
「む、む、無理を言うな」
すると、コンコンと再びドアがノックされた。
「夏樹~、ご飯できたわよ~」
返事も聞かずに母が部屋に入ってくる。
気づいたら、夜になっていたようだ。
「中津君も食べていくわよね?張り切ってたくさん作っちゃったわ~」
湊の返事も聞かずにパタパタと母は1階へ向かった。
「ったく。折角だから食べて行って」
「あぁ」
夏樹と湊が1階に降りると、父もダイニングで席についている。
「夏樹、そのカメラは何だ?」
「まぁ気にしないでくれ」
夏樹は三脚を立ててスマホを装着する。
「食事中も撮るのか・・・!?」
「当り前だ。一刻も早く慣れてもらわないと、俺の将来が・・・」
「さぁ、食べましょう」
母に促されて席に着く。
ポテサラに唐揚げ、巻きずしにスープ、かなりの量が用意されている。
「母さん、これ何人前だよ」
「男3人いるんだから、食べれるでしょ。さぁ、いただきましょ」
母さんの号令でご飯を食べ始める。
「ほらほら、中津君、遠慮しないで」
母がおかずを小皿に乗せると、湊に渡していく。
「あ、ありがとうございます」
「ねぇ、中津君。中津君って歌を作ったりしてるんでしょう?どんな歌作るの?」
「う、歌は、えーっと・・・」
湊は横のカメラに視線がいってしまう。
「中津くん?」
正面をみると夏樹の母はニコニコと湊をまっすぐ見て、返事をするのを待っている。
「歌は、その時の気持ちで作ったり、テーマを決めて作ったりします」
湊が普通に返事をした。
「そうなのね。私も聞きたいわ~」
「湊は本当に歌上手いからびっくりすると思うぜ」
「そうなのね!すごいわ~。人前で歌ったりして緊張しないの?」
「それは全然。ライブが始まると歌以外考えられなくなるので」
「さすがプロねぇ」
(普通に話せてる・・・)
夏樹は驚きつつも、湊に気づかせないように会話を続けた。
「はぁぁあ、お腹いっぱいだ」
大きくなったお腹を撫でながら夏樹は、湊を駅まで送るため歩いている。
「美味かったよ」
「それなら良かったけど」
「いいお母さんだな」
「そうか?口うるさいし、気は強いし、大変だぞ」
「・・・羨ましいよ」
小さな声で湊はつぶやいた。
「え?」
「俺には母親はいないから」
「・・・そうなのか」
「小学生まで一緒だったんだが、なぜか記憶がないんだよな。・・・忘れたいほど、ひどい母親だったのかもな。だからさ・・・」
湊は立ち止まった。
「大事にしてやれよ、お袋さん」
「・・あぁ」
駅が近づいて「じゃあ」と湊が去っていく。
「おい、湊!」
「なんだ?」
「またさ、遊びに来いよ。母さん、また会いたがってるからさ」
「おぅ」
湊は、そう言って駅の改札に入っていった。
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