19Hz -霊と話したい彼と視える彼女-
さかたいった
心霊トンネル
事故多発。
殺人事件。
そして、霊が出る。
心霊トンネルには、そんな曰くが付きものだ。
深夜、大学生の
前方では半円状にくり抜かれた闇の空間が深淵へいざなうように佇んでいる。
急に風が止んだ。
音が消える。
不気味な静けさが逆に神経を圧迫した。
怖い。
今すぐにでも逃げ出したい。家に帰って明るく温かい場所でゆったりと過ごしたい。最近ツナ缶にはまっているので、それをつまみにペット動画でも観ていたい。それからシャワーを浴び布団にもぐって穏やかな気持ちで明日を迎えるのだ。
しかし、自分にはやらなければいけないことがあった。精神的な痛みが伴うとしても。肝試しや面白半分でここへ来たわけではない。
京弥は拳を握り締め、半円状の空間に向かって歩き出した。
トンネル内には明かりがない。手元のライトで照らしながら進む。
トンネルに足を踏み入れた瞬間、空気の変化を感じた。急に冷凍庫の冷気を浴びたような、ひんやりした感触。
いる気配があった。
京弥に霊感はない。ただ素人目でも感じることはある。それは何かがいそうな気配であったり、背筋がぞっとするような感覚、頭痛に左肩の痛み。そういったサインがある。
京弥はライトで前方の空間を照らした。
何もいない。
カンッ
すぐ傍から音が鳴って、京弥は驚き軽く飛び上がった。
音は自分のすぐ右側から聴こえた。金属で壁を叩いたような音。
京弥は近くの壁や地面をライトで照らしたが、音の原因となるようなものは何もなかった。落ち葉や小さなゴミが落ちていたり、壁に落書きがあったりするだけだ。
自分には見えない何かが、音を立てたのだろうか?
京弥は背負っているバッグから磁場検知器を取り出した。テレビのリモコンサイズの機械。周囲の電磁波を感知し、メーターで五段階の電磁波の強さを観測することができる。
一説では、霊は電磁波をまとっているらしい。また、電磁波のあるところに寄ってきやすいとも言われる。
京弥は霊の姿を見ることができない。だからこうやって、機械を用いて霊がいる可能性を模索する。
何もない場所に電磁波があったからといって、それが霊によるものだとは限らない。そもそも霊という存在が実在するかどうかもわからない。
それでも京弥はやらなければいけなかった。そうしないではいられないと言ったほうが正しいかもしれない。
京弥は右手にライトを持ち、左手では磁場検知器をオンにしてトンネルを進み出した。
今のところ磁場検知器に反応はない。
京弥の額から汗が滲み出した。寒いはずなのに、なぜか汗が出る。
ううぅ
前方から人の唸り声のような音が聴こえた。京弥の体が恐怖で固まる。
風の音が反響しただけかもしれない。だけどもしかしたら、そうではないかもしれない。
奥のほうをあちこちライトで照らしてみるが、動くものはない。
ピピッ。
磁場検知器に僅かに反応が出て、消えた。
近づいている気がする。
京弥はさらに進んだ。
するとチカチカと視界が明滅した。暗くなったり明るくなったりする。
京弥は驚き、状況を確認する。
ライトに不具合が起きているようだった。充電はしっかりしてきたはずだ。スイッチを切ったり入れたりしているわけでもない。
いわゆる心霊スポットで機器に不具合が発生することは珍しくない。ただこの心霊トンネルの真っ只中で暗闇に葬られることはさすがに避けたかった。
ゴンッ
背後から鈍い音が聴こえ、京弥は瞬時に振り返り思わずたたらを踏んだ。
何もいない。
ピピピッ。ピピッ。
磁場検知器に反応が出ている。レベル2、時折3まで観測している。
近くに何かいる。
いないのに、いる。
京弥はバッグからまた一つ道具を取り出した。動体検知器だ。手の平サイズの箱型の機械とスピーカー。京弥はそれを近くの地面に設置した。動くものを感知すれば音が鳴る仕組みだ。
京弥は動体検知器に感知されない後ろ側にいる。動体検知器は虫のような小さなものには反応しない。動物には反応する。そして、目に見えない動くものにも反応する可能性がある。
♪♪♪
動体検知器のスイッチを入れ、スピーカーからクラシック音楽の一節が流れた。今のはスイッチを入れた合図。次に動体検知器から曲が流れたら、それは何かを感知した瞬間だ。
京弥は動体検知器から離れた。自分の影も入らないようにする。
♪♪♪
動体検知器がすぐに鳴った。近くに動くものはいないにもかかわらず。
ピピピッ。
磁場検知器のほうにも反応がある。
♪♪♪
動体検知器の音が続けて鳴り響いている。そこに何か動くものがいる。
「誰かいますか?」
京弥は自分の他に誰もいない空間に向かって問いかけた。
当然のように答えは返ってこない。
動体検知器の音も止まった。
寒気がする。京弥の足ががたがたと震えていた。
京弥は磁場検知器を一度バッグにしまい、スマートフォンを取り出した。アプリを起動させる。課金制の、心霊アプリだ。
このアプリは、マイクが特定の音を拾ったり、一定の時間が経つと、あらかじめ登録された言葉の中からランダムに選ばれたものが合成音声で自動で発信されるようになっている。実際に霊がその言葉を話しているわけではなく、エンタメ装置の域を出ないが、まるで霊と会話しているような錯覚を得られることがある。
京弥はどうしても霊と会話したいのだ。
アプリを起動しながら、何もいないトンネルの空間に話しかける。
「近くにどなたかいらっしゃいますか?」
反応はない。音もなく静かだ。
「あなたは女性ですか? 男性ですか?」
『今隙間からあなたを見ています』
唐突にスマートフォンから音声が鳴り、京弥はびくっと震えた。ライトで照らしながら辺りを見回す。
今のはアプリがランダムに選択した言葉を発しただけだ。それがわかっていても、この場ではつい恐怖を感じてしまう。
「隙間。どの隙間にいますか?」
反応はない。
「今僕の目の前に機械があります」
京弥は言いながら設置している動体検知器を指差した。
「その機械の前に行くと、音が鳴ります。音を鳴らして、存在を示していただけませんか?」
『血まみれ』
「えっ?」
♪♪♪
動体検知器から音が鳴った。まるで京弥の頼みに応えるように。
「ありがとうございます。鳴らしていただいたんですね」
背中がゾクゾクした。
寒いのに汗が垂れてくる。
「僕にはなんの力もありません。ただ、あなたの話を聞くことはできます。もしそれで少しでも気持ちが楽になるのなら、話してみませんか?」
京弥はそこに霊がいると仮定して、懸命に会話を試みた。
「あなたはこの辺りで亡くなった方ですか?」
『上』
「えっ?」
京弥は頭上を見上げ、ライトでトンネルの天井を照らした。シミやサビがあるだけで、何もいない。
「今上にいらっしゃいますか? 上のほうで亡くなったんですか?」
トンネルの奥のほうからカサカサと音が聴こえる。それが自然音なのか意図的な音なのか判断がつかない。
『ここを去る』
そう言われて、京弥は少しだけ寂しさを感じた。
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
その後は動体検知器も鳴らなくなり、アプリからの音声も途絶えた。京弥はこれ以上ここに留まっても何も起こらないと判断した。
京弥は荷物をまとめ、トンネルを後にする。
もう怖い気持ちもなかった。ただ残念だった。収穫らしい収穫を得られなかったことが。
「
自分の口から無意識のうちにその名がこぼれていた。
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