風と牙とディストピア

如月姫蝶

第0話 ユートピア

 少年の裸体が、大きく仰け反った瞬間、汗と涙が飛び散った。

 唇を閉じることもできぬまま、その小ぶりな顔は、暫し戦慄く。

 やがて、身投げでもするように、彼は、ドサリと背中からとこに落ちた。

 既に、彼自身が撒き散らした体温が、嫌というほど染みついている寝床だった。

「離れないでくれ……まだ……」

 まだ……余韻の中にいたいから……

 彼は、恋人の腕に少しばかり爪を立てて、荒い呼吸のままに言った。その声は、甘く掠れていた。


 床の上に座した恋人は、すぐさま少年の腿を掴んで、力強く引き寄せた。

 少年は、喉を鳴らして、顎を上げた。

 二人を繋いでいるものは、まだまだ力を失ってはいなかったのだ。

 仰向けとなった少年の息遣いは、艶めかしく乱れっぱなしである。

 恋人は、そんな裸体へと身を乗り出しながら、熱ましい視線を這い回らせた。

 そして、胸の尖りの一方に目を留めた。

「南天の実って、こんなだよな。真冬の雪の中で、やたらと赤い」

 恋人の声もまた掠れていた。

「だって……それ、わぁ……」

 少年の舌がもつれる。凝視されている一点が、ひどく熱くねっとりとした蜘蛛の糸に絡め取られてゆくかのようだった。

 幾百度も愛撫されて、ぷっくりと尖るほどに膨らんだそれを、恋人は、今度は、摘み取るように爪弾いた。

「あぁっ!」

 顔を背けながら、歌うような悲鳴を上げることしかできない。

「こっちは、山桜の花みたいだ。うんと濃い色をした、綺麗な花だよ」

 恋人は、胸の尖りのもう一方を、艶やかに色づいたその裾野を、指の腹で押し込むように撫で回した。時々爪も当たるのだった。

「ひぁ!……やっ、めぇ……もう……」

 少年の声が震える。

 触れられれば触れられるほどに、白かった裸体は色づき、敏感さも増してゆくばかりで、そろそろ苦痛を伴うほどなのだった。


「好きだよ」

 恋人は、熱く囁くと、南天の実をザラリと舐めて、きつくきつく吸い上げた。

 少年は、甲高い悲鳴を上げて、やはりきつくきつく、体内の恋人を締めつけた。

 少年の翡翠色の眼から、また新しい涙が零れた……

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