1-4
街に着くまでに、少し懸念していたことがある。
それは、俺の恰好。高校の制服の学ラン姿なんて、この世界じゃ目立つんじゃないかと思っていた。
でも全くの杞憂だったみたいだ。
街の人の恰好は、半分が質素で飾り気のないものだ。ゲームに出てくるモブと思い起こさせられる。
だがもう半分は、全身鎧だったり、黒いローブを羽織っていたり、短パンにタンクトップだったり、サラリーマンみたいなスーツを着ていたり……奇抜な装いをしている。
ちょっと悲しくなるけど、俺もその中の一人として扱われているみたいだ。
むしろ、周りの目を気にしてキョロキョロしているほうが逆に怪しまれるな。気をつけよう。
「それで、ギルドって、どこにあるんだ?」
「どこでしょう? 私もカルカスに来たのは初めてなので」
「えー……」
「でも大丈夫です! ギルドにはシンボルがありますから! 剣と本と羽のマークなんですが」
そう言われて、街中に視線を巡らせる。
しばらく歩いていると、それはすぐに見つかった。
奇怪な格好をした人たちが出入りしている建物に、三角形のそれぞれの頂点に剣・本・羽があしらわれたマークの旗が掲げられている。
きっと彼らもギルドの人間なんだろう。
「あれです! あそこがギルドです!」
ポポッタに制服の裾を引っ張られ、建物の中へ誘われる。
中はそこそこ広かった。
大きな丸テーブルがいくつか置かれている。椅子に腰掛けたり、壁にもたれかかったりして皆談笑していた。
その間を縫うようにポポッタが進んでいき、一番奥にあるカウンターで事務員らしき人と話を始めた。
俺も後を追う。
「あなたがギルド入会希望の方ですね?」
「あ、はい。ヒロキといいます」
ポポッタのそばまで行くと、カウンター越しに、黄色のベストを着たメガネのお姉さんから声を掛けられた。
「初めまして。私、手続きを担当させて頂きます、ジルコと申します」
「よろしくお願いします……」
ジルコと名乗ったお姉さんが、丁寧に応対してくれる。
こういうフォーマルな手続きの場って、何気に初めてだから、緊張するな。
奥のほうから書類を持ってきたジルコさんが、その上にペン先を走らせていく。
しばらくして手が止まり、ひと通り書き終えたのかと思うと、こちらを見て問いかけてきた。
「ヒロキ様は、ポポッタ様からの紹介がありますので、適正検査と筆記試験は免除されます。そのため、最終実技試験のみの受験になりますが、希望ロールはいかがいたしましょう?」
「なんですか? ロールって?」
聞き慣れない言葉に、首を傾げる。
「あっ、大変失礼いたしました! 説明のほうを失念しておりました。『ロール』というのは、ギルド内における役割のことです。『自警団』と『冒険者』の二つがあります」
ジルコさんは懇切丁寧に説明してくれた。
『自警団』というのは、一つの街に長期滞在してクエストを受ける人のことらしい。
この街で生活することが前提になるため、ほかの街ではクエストを受けることが不可能になるそうだ。
一方で『冒険者』になると、各地にあるギルドの営業所でクエストを受注できるようになるらしい。さらに、ギルドと提携している宿泊施設や温浴施設が格安で利用できるようになるとのこと。
もちろん、通行手形に使えるのは冒険者のライセンスだけだ。
俺としては、当然冒険者一択になるのだけど……。
「『冒険者』を希望する場合、試験の内容が難しくなります」と言われて、ちょっと怖気づいてしまった。
「初めは『自警団』での登録を行い、実績を積んだ後、『冒険者』に変更される方も大勢います。そちらもご検討戴ければと思います」
「はい……」
真剣にご検討してしまった。
いやだって、もし不合格になれば、たぶん再試験費が必要になるだろ?
そうなったら、無一文の俺はもう異世界で野垂れ死ぬしかなくなるワケで……。
試験内容とか先に教えてくれないかな? さすがにダメかな。
いや……よく考えれば、俺の隣に冒険者をしてる人がいたじゃないか!
「そういえば、ポポッタは『冒険者』の試験を受けたのか?」
「はい!」
「試験、どうだった?」
「私は紹介してくれる人もいなかったので、お金を無駄にしないために、頑張って一発合格しました!」
なら、大丈夫か。
なぜだかは分からないけど、一気に安心感が湧いてきた。
「試験は『冒険者』のものでお願いします」
「かしこまりました。それでは、最終実技試験について説明させていただきます」
ジルコさんがそう言って、カウンターの上に指輪を一つ置いた。
「こちらは冒険者の仮ライセンスの指輪です。試験が終わるまでは、ずっと身に着けていただくよう、お願いします」
ぶかぶかな輪っかを指に嵌めると、キュッと小さくなってピッタリのサイズになった。
すごいな。自動で指に合わせてくれるんだ。異世界のアイテムっぽい。
「そちらの指輪では、討伐したモンスターの種類と数を記録いたします。ヒロキ様は、スライムを二十体討伐すれば合格です」
なんだ。そんなのでいいのか。
スライムって、あのピンク色ゼリーの奴らのことだろ?
ワンパンできる雑魚を二十体とか、楽勝じゃないか。
さっきポポッタを助けた時にも、大量に倒したところだし、怖気づいて損したぞ。
これなら、本当に今日中に冒険者になることができそうだな。
「期限は明日の日没までになります。また、仮ライセンスの方は単独で戦闘を行わないと、討伐が記録されないのでご注意ください」
「分かりました」
「それでは、いってらっしゃいませ」
俺は早足でカウンターから離れた。
時間が惜しい。一刻も早くスライム狩りに出発したかった。
ギルドの営業所を飛び出し、街の外を目指す。
来た道はしっかり覚えていたので、すぐに街へ入ってきた時と同じ塀の場所へと戻って来れた。
外へ行けば、スライムの二十体くらい、簡単に見つかるだろ。
「ヒロキさーん! 待ってくださいよー」
「ポポッタ、なんで付いてきたんだ?」
後から走ってきたポポッタに呼び止められた。
何のために追ってきたんだろう?
忘れ物でもしたんだろうか。
いや、それはないか。俺の荷物といえば、ポケットに入っているスマホぐらいだもんな。
「私もお手伝いします」
「ご冗談を……」
試験の戦闘は単独で行わないといけないらしいし、そもそも君は満足にスライムと戦えてなかったじゃないか。
「一つアドバイスさせてください! モンスターは街や街道から離れるほど見つけやすくなります。そして、気づかれないように近づきて奇襲すると簡単に倒せますよ!」
ありがとう。お手本のようなチュートリアルだったよ。二つだったけど。
でもまあ、いいアドバイスだったと思う。
そうか、モンスターを狩るためには、街から離れたほうがいいのか。
だったら、この世界に飛ばされた時にいた丘の辺りがちょうど良さそうだ。
まずはそこを目指すとしよう。
「……で、なんでまだ付いてくる?」
「ヒロキさんが冒険者になるまでが私の恩返しですから! 一緒に戦えなくとも、探すくらいは手伝えますよ!」
好きにすればいいや。
なんというか、子犬に懐かれた気分だな。
俺の前に走り出たポポッタの背中に、姿のない尻尾が荒ぶっている様子が見える。
スマホを確認する。時刻は十二時前だ。
ここから丘まで片道三十分くらいだから、十四時くらいには帰って来られるだろう。
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