第3話 初心者向けダンジョンで
先日都内で起こった大規模ダンジョンハザードについて――
ダンジョンハザードが発生する原因などについては未だにはっきりしていない部分が多です。しかしそれを予防する方法として、定期的にダンジョン内のモンスターを間引きするというものが知られています。
これをしているからといって確実にダンジョンハザードが起こらない訳ではありません。ただこれまでの例や研究からそういった傾向があるのも確かと言われているのです。
今回、その発端となったダンジョンは管理局によると定期的に管理者が出入りし内部のモンスターを間引きしていたと言います。
しかし。
実情は全くの逆であり、そのダンジョンはシーカー達の間では不人気なことで知られるほど人の出入りの少ないダンジョンだったのです。
そして管理者はそれを知りながら、定期的な間引きを怠っていたことが調査により明らかとなっています。
今回のダンジョンハザードはある意味では人災と言えるのかもしれません。
管理を怠った管理者と、そしてそんな管理者を放置していた管理局側にも今後の責任が問われることになるでしょう――
そんな朝のニュースを見ながら朝食を食べていた。
ダンジョンハザードが起こってから約2週間が経った。
外に出てきたモンスターの討伐は滞りなく行われたようで、数日前にダンジョンハザードが終息したと宣言された。
その間、私達は避難所で生活していて家に戻って来たのはつい昨日のことだった。
帰って来て家が無事な姿を確認した時は、家族3人でほっと胸を撫でおろした。
実は近所で半壊させられてしまった家もあったらしいので、こうしてまた住める状態で本当に良かったと思う……
ただしまだ混乱が完全には収まった訳ではない。
それでも私達を含めた都内の人々は、徐々に普段通りの生活に戻りつつあった。
――とはいえ、うちの学校はまだ登校再開とはいかないんだけど。
「こりゃ酷いな。今時ダンジョンを放置したらどんなことになるか分からない訳じゃないだろうに」
あんまり気分のいいニュースじゃ無いけど、現場近くにいた者としては知っておいた方がいいかと思って眉をしかめながらニュースを見ていた。
「そうね。幸いだったのは、シーカーの人達がすぐに駆け付けてくれたことね。もし対処が遅くなってたら、今でもダンジョンハザードが続いてたかもしれないもの」
「全くだな」
ニュースを見ながらお父さんとお母さんがそんなことを言い合っている。
すると今度は話の矛先が私に向いた。
「そういえば小花、今日はどうするんだ?」
「え? うーん、特に考えて無かった。でも折角だからそろそろ配信しにダンジョンに行こうかなって」
「えっ!?――ダンジョンハザードがあったばかりだから、まだ危ないんじゃないか? もう少し時間を置いてからの方がいいと思うが……」
言ってることは分かる。
確かにダンジョンハザードが起こった地域のダンジョンは、暫くの間モンスターが活性化して普段より強くなったりする。
でもそれは承知の上で大丈夫なのであるっ。
「今日は近場じゃ無くてちょっと離れたダンジョンに行くつもりだから大丈夫!」
「そうなのか? まあ、でも十分に気を付けるんだぞ?」
「いつも通り気を付けて行ってきますよ。あ、お母さん! お弁当お願い!」
「はいはい。でも配信活動ばっかりじゃなくて、ちゃんと勉強もするのよ?」
「はーい。帰ってきたらやる!」
両親は私がダンジョン配信者をすることを知っているし認めてくれている。まあ快く同意してくれたって感じでは無かったんだけどね。色々と条件をつけた上で渋々ながら認めてくれた感じだ。
その条件の中には今よりも成績を落とさない事という項目も含まれている。配信活動にばかりかまけて学生の本分を忘れるなよ、ということだ。これについては学生である以上仕方が無いと思っているので、日々頑張っているところである。
――ところで、そんな学生である私がどうして平日の今日、お休みなのか?
実は先日のダンジョンハザードで、学校の校舎が一部壊れてしまったのだ。
それを修理するのと他にも点検が入るらしいから、暫くの間休校になってしまったのである。
という訳でそんな急遽出来た休みを利用して、私は今までに言った事が無いダンジョンに行ってみることにした。
もちろん下調べはしてあるから、前回みたいに出口が分からなくて慌てる心配は無い!
ダンジョン前にある管理局の建物の更衣室で換装を行い、ダンジョンの中に突入する。
今回やって来たのは、ダンジョンといえばこの形!とイメージされる洞窟型のダンジョンだ。中に入って早速配信をスタートする。
「みなさん、こんにちは~! ダンジョン配信者『田中花子』です! 今日は珍しく昼間からダンジョン配信をやっていきたいと思います! 今日来ているのはですね、千葉県にあるダンジョンで――」
配信を開始したものの、やはり同接は安定の0人スタート……
今日潜っていくダンジョンを紹介している間もその数が増えることは無かった。
「では、奥に進んでいきたいと思います~!」
気を取り直して先に進む。
このダンジョンはゴブリンを始めとした戦闘能力の低いモンスターしか出現しない難易度が低めの初心者向けダンジョンである……と説明されていたから、私にはピッタリなのだ。
――実は今日の配信は、単に配信をする以外にもう一つの目的がある。
数分歩いていると、このダンジョンで最初のモンスターに遭遇した。
「ゴブゴブッ!」
「あ、下調べ通りゴブリンが出てきましたね。一匹なら私でもなんとかなりそう!」
ゴブリンの姿を発見するのと同時に、背中にさしてあった一振りの剣を引き抜く。
それはこの間、ダンジョンハザードが起こった日に見つけたあの黄金の剣。
結局、落とし物という訳でもないのでダンジョンからの戦利品ということで私が持つことにしたのだ。ちょうどあの日にメインウェポンの短剣を無くしてしまったから
ちょうど良くもあった。
ただ元々使っていた武器が短剣だったこともあって、まだ普通のサイズの剣の扱いには慣れていない。
休みの間、時々家の庭で素振りをしてたぐらいだ。
でも軽くて扱いやすいからそのうち慣れるはず。今日はこの剣の使い心地を確かめるのが目的の一つでもあるんだから。
あとは鞘が無いからそのうち買いに行かないといけないね。
鞘が無いから今はありもののベルトで背中に括りつける感じで持っているから、下手すると剣先が足に刺さりそうで正直怖い……
それはそうとして――
「よし、こーーーい!!」
「ゴブゴブッッ!!!」
剣を構える私に向かってゴブリンが走って近づいて来る。その手にはこの前のオークが持っていたものよりずっと小さい棍棒が握られていた。遥かに小さいと言ってもあれで殴られたら痛いじゃすまないのに変わりない。
「ゴブ!」
「えいっ!」
ゴブリンが振り下ろした棍棒と私の剣がぶつかる。
すると――
「ッッ!!?」
「あれ!?」
ゴブリンの棍棒だけが砕け散った。
予想打にしなかった結果にゴブリンも私もお互いに困惑するが、私の方が一瞬早く立ち直り武器を失ったゴブリンに止めをさしにいく。袈裟切りに振り下ろした剣は何の抵抗も無くゴブリンを切り裂き、決着となった。
「はぁはぁ、無事に勝つことが出来ました!」
――あれ~? 前にオークに使った時はもっと威力があったはずなんだけどな~?
内心そんな風に考えているとゴブリンのおかわりがやって来る。
「あ、また来ましたね。それじゃあちょっと行ってきます!」
『がんばれ』
「っ!」
まっさらだったチャット欄にそんなコメントが流れたのを見て一層気合いが入る。今度のゴブリンもさっきと同じ棍棒を持った個体だったのでさくっと処理する。
結果はさっきと同じで、打ち合った瞬間に棍棒が弾け飛び隙だらけになったゴブリンに止めをさした。
『今はその剣を使っているのか』
「あれ?……もしかしてこの前の色々とアドバイスしてくれてお世話になった視聴者さんですか!?」
『まあそうだな』
「やっぱり! その節はどうもお世話になりました~」
まさかの本日最初の視聴者はダンジョンハザードの時にお世話になった人だった。
『その剣、凄いな。打ち合っただけでゴブリンの棍棒が弾け飛んでた』
「そうなんですよ! 私も本格的に使うのは今日が初めてなんですけど、びっくりしてました。ああでも、この前オーク相手に使ったときはもっと威力があったはずなんですけどねえ。もしかしたら調子悪いのかもしれません」
『鑑定はしてもらった?』
「かんてい……ああそうか鑑定して貰えばよかったんだ!」
この剣の力を試してみようかな~とか思ってたけど、それより鑑定してもらった方が早かったか……
「う~ん、ここで配信止めるのも中途半端なので鑑定は帰りにすることにします。なので今日はこのダンジョンを行ける所まで行ってみます!」
『がんばれ』
「頑張りますっ!」
その宣言通り頑張った私は、順調に1階を突破し2階、3階と降りていき4階に到達した。
「確かここは全部で5階層のダンジョンだったはずなので、ここが最後の一歩手前ですね。まさかここまで順調に行くとは自分でも思いませんでした……」
『ほとんどその剣のお陰だったな』
「ぐっ!?……悔しいですけど、その通りですね。ここまで全部のモンスターが一撃でしたからね。というか当てたら勝てましたし。派手な剣だな~とは思ってましたけど、見た目相応に強いですね、コレ!」
ここまで戦ったのはゴブリンを始めとしてスライムとあとコボルトがいた。
それも階層が下がるごとに一度に遭遇する数が増えていき、4階層ともなれば5体近い群れを相手にする回数もぐっと増えた。
普段の私ならわき目もふらず逃げたところだけど……今日の私は何故か勝てるという謎の自信があり勝負を挑んだっ。その自信の源のほぼ9割がこの剣の存在だったんだけど。
まあ結果としては、かなりあっさりと勝つことが出来たのだ!
「てりゃあ!!」
「ゴブゥゥゥ!?」
「よしっ!!」
今も襲い掛かって来た4体のゴブリンの群れを鎧袖一触とばかりに倒したところだ。
「これはひょっとして、いよいよ初心者卒業と言ってもいいのでは?」
『調子に乗ってるときが一番危ない』
「そ、そうですよねっ。気を引き締めましょうっ!」
これが良かったのか、その後も特にトラブルや緊急事態に陥ることなく進むことが出来た。
そして遂に最後の階層、5階へ降りる階段の前にやってきたのである。
「下調べによれば、ここの5階はワンフロアしかなくて下りた場所がそのままボス戦の広間になっているそうです……さすがに緊張します。でも行きます!」
『ほんと躊躇しないな……』
「行きますっ!!」
階段を降りていくと、ここまでで一番広い空間が広がっているのが見えてきた。ざっと学校の教室二個分ぐらいかな? かなりのスペースがある。
そして贅沢にもそんな大きな空間を持って待ち受けていたこのダンジョンのボスモンスターは――
「あれは……ゴブリンですよね? でもなんか大きいような……?」
広間の奥の方にある椅子?に腰掛けていたのはゴブリンだった。あの緑色の肌からしてそれは間違いないと思う。思うんだけど……私が知っているゴブリンよりも倍以上身体が大きいのはなぁぜ?
『あれはっ……まさか、ゴブリンキングなのか!?』
「ゴブリン――キングぅぅ!!? そんな!? このダンジョンのボスモンスターはホブゴブリンだって書いてありましたよ!?」
『いや、あれは間違いなくゴブリンキングだ。おそらくは、レア湧きに当たったんだろう――』
レア湧き――聞いたことがある。
ボスモンスターの種類は基本的に固定されているけれど、稀にそれ以外のモンスターが現れることがあると……
『ゴブリンキングはさすがに無理だ!! 早く逃げた方がいい!!』
「がってん承知っ!!――え、あれ、なんで!!? 階段が無い!!?」
回れ右して4階に戻ろうとしたのだけど……まさかの来た道が無かくなっていた。
さっきまで階段があった場所は壁で塞がれて、そこに階段があった痕跡すら残っていない。
もしかして、退路を断たれた……?
「ギャッギャッギャ……」
奥にいるゴブリンキングが汚い笑い声を漏らす。それはまるで逃げるに逃げられない私を嘲笑っているかのようだった。もしかすると実際にそうだったのかもしれない。
『そのダンジョンの場所は!?』
「えっ……?」
『そこは何処のダンジョン!? 救助を呼ぶから早く教えて!!』
「あ、えっと千葉県の△△市にある初心者向けダンジョンで――」
『了解分かった。十分で行くからそれまで耐えて』
「え、あの――」
「ギャギャギャ!!!」
「こ、今度はなにー!?」
例の視聴者さんが謎の発言を残したと思ったら今度はゴブリンキングの方が騒がしくなる。何だと思ってそっちを見ると、自分を中心として床に沢山の輝く魔法陣が現れていた。その中から次々とゴブリンが飛び出してくる。
みるみる内の数を増やしていくゴブリンたちは、あっという間にゴブリン軍団という言葉が相応しい集団になっていた。
「うっそ……」
「「「「「「ゲギャギャ!!!」」」」」」
「……グギャ」
「「「「「「ギャッギャ!!!」」」」」」
「ひぃ~~~~~!!!」
騒がしいゴブリンたちに、ゴブリンキングが一声何かを命令する。
するとそれを聞いたゴブリンたちが一斉に私に向かって襲い掛かって来た。
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