「使えなかった贈り物」
伊賀ヒロシ
使えなかった贈り物
― 祖母と二人だけで住んでいた時の事。
高校卒業前の数か月間、祖母の家にお世話になっていた事がある。
少しの間だったが、何となく祖母には迷惑を沢山かけたような気がする。
二人で過ごした時間は短かったけれど、祖母と孫という形ではなく、友達のような関係で何でも話し合える仲間だったような気さえする。
昔話を聞いたり、くだらない話をしたり、とにかく毎日が笑顔の日々だった。
時々、私に隠れてはタバコを吸う祖母が何となく可愛くもあった。
そんな時は決まって、手を左右に振って煙を払いながら、
「お祖母ちゃん、たばこは吸っていないわよ。」
と笑顔で言っていたのを思い出す。
年配の人の嘘は可愛くもあったが、今でも薄っすらと白さが残る煙の前に立つ祖母を思い出す事が出来るようになってしまった。
そんな生活を共にしていた日々の中、自分の中に叶えたい夢が一つだけ生まれる事になる。以前見たドラマの中に、ずっと印象に残っている、忘れられない一場面があった。それは初任給を貰った際に、封筒の一番上に入っている1万円札を両親にプレゼントするというもの。当時は給与も振り込みではなく、直接手渡しだった事も多かった事から、そんなドラマの場面が出来上がったのだと思う。
今ではほとんど有り得ない給料の支給の仕方だが、当時はそのドラマを見て感動したのを覚えている。ただ、それを見た時に自分が考えた事が・・・。
(これ、絶対に真似したいな・・・。両親ではなく祖母に。)
それから初めて勤める会社に入社して一か月が経ち、ついに初任給を手にする日がやってきた。運良く、と言っていいのか分からないが、その会社も(給与を封筒で手渡し)という昔ながらのスタイルだったのだ。
当時の初任給は10万円もいかなかったが、ドラマの様に一番上に入っていた一万円札を取り出すと、その夜それを茶封筒に入れて祖母に手渡した。
これが、働いてからの最初の夢の達成の瞬間となる。
「お婆ちゃん、初任給出たから、初めての一万円を受け取ってもらいたいんだ。いつも本当にありがとう・・・。」
祖母は、その一万円札の入った茶封筒を見て驚くと、下を向きながら何度もお礼を言ってくれた。
「ありがとう、ありがとう。でも・・・、勿体ないから自分で使っておくれ。」
とも言われたが、最初の夢を叶えたかった私はどうしても受け取って欲しいと言って、無理やりお婆ちゃんに受け取ってもらう。
この時は自分でも思い描いていた夢を実現出来た事で、満足した気持ちになれたのを覚えている・・・。
_______
その数年後、祖母も亡くなり、祖母の住んでいた家を引き払う事になった。
私が母と共に祖母の家を片付けていると、
「何、この茶封筒は?」
と母から急に尋ねられる。
その母の手には、「〇〇からの初任給のプレゼント」と書かれてある茶封筒が握られていたのだ。
私が祖母に渡した茶封筒がそのままの状態で綺麗に保管されていたのだ。
― 祖母は使わずに、ずっと家にしまっていたのだとその時に初めて知る。
(お祖母ちゃん、ずっと使わないで取っておいたんだ・・・。)
そんなに大切にしてくれていたのだと・・・、その茶封筒を見て、その時の二人のやり取りが頭の中に蘇ってくる・・・。
しわくちゃになりながら、小さな目を線のようにして喜ぶお祖母ちゃんの姿を。
「それ、最初に俺が貰った初任給の1万円をお祖母ちゃんに渡したんだよね。」
と言うと、母が驚いたように言葉を返してきた。
「孫にそんなお金を貰ったら、嬉しくて使えなかったんだろうねー・・・。」
使えばいいのに、という気持ちが浮かんだのと同時に、なんだか心がほっこりするのを感じた。茶封筒により思い出された祖母との共同生活。
凄く懐かしく、そして祖母を可愛くさえ思えた出来事だった。
茶封筒を見ると今でも思い出すあの時の事。そして私から一言・・・。
「もうたばこは止められたかな?(笑)」
「使えなかった贈り物」 伊賀ヒロシ @takocher
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