第5話

 



 考えているうちに馬車が王城に着いて、リアンのエスコートで城の中に入る。

「お帰りなさいませ」

 リアンは駆けつけた執事に何かを告げて、壁に立つ侍女を呼んだ。

「彼女を支度しろ」

「かしこまりました」

 侍女たちは頭を深く下げて、湯浴みから軽い化粧まで、丁寧に準備を施した。

 くすませていた金髪は、しっかり洗われて元のきらきらと輝く金髪へと戻り、久しぶりに見た明るい自分の髪に違和感を覚える。

 着せられた白いワンピースの胸元には繊細なレースがぴったりと縫い付けられていて、とても触り心地がいい。

 全ての支度が整い、鏡に映った自分は、見違えるように美しく着飾った姿だった。

 豪奢な絨毯を踏みながら、ぼんやりとした頭で侍女に連れて行かれる。そんな中、一際大きな扉の前で侍女が立ち止まり、振り向いた。

「こちらにお入りください」

「え?」

「陛下がお待ちです」

 侍女はそう言うと、仕事は終わりだと言わんばかりに一礼して私を置いて、行ってしまった。

 真夜中に王の寝室に通されようとしている。その意味がわからないほど初心では無い。深呼吸して、覚悟してノックする。

「入れ」

 低い声で返事が返り重厚な扉を開けると、髪が少し濡れたリアンがソファーに腰掛け、頬杖をついて、書類に目を通しているところだった。先程の私を逃がさないと言わんばかりの鬼気迫るような雰囲気は立ち消え、品格が漂う動作に今の彼が王だということを再認識する。

 ばたん、と背後で扉が閉まり、リアンがこちらに視線を向ける。

「陛下」

 長さの足りないワンピースでカーテシーすると、リアンが近づいてきた。

「やめろ、クレアはそんなことしなくていい」

「いえ、陛下には当然の礼儀でございます」

「やめろ。これは王命だ」

 そこまで言われては強行できない。顔を上げて目の前の王に視線をやる。

 リアンは湯上りらしく、バスローブ一枚で微笑んでいた。

 数時間前に見たリアンは夢だったのかと思うほど柔らかな笑みを浮かべている。見慣れない、成長した大人の姿のリアンに熱くなった頬を隠すように目をそっと伏せる。

「……なんだ?」

「……いえ……その、陛下はあまりよく眠れていないのですか?」

 誤魔化してリアンの隈について恐る恐る口にする。

「ああ、まあな。それより、いつまで突っ立っているんだ。ここに来い」

 リアンは軽く流して、自分が座るソファーの隣を叩いて呼び寄せる。断る理由もなく、言われるままに隣に座ると、リアンは匂い立つような色香を放ちながら、私の手を取って頬擦りをした。

「へ……陛下」

「陛下も敬語もやめろ。昔みたいにリアンと読んでくれよ、クレア」

 下から覗き込むように私に甘えるリアンが昔の姿と重なり、長い時間の末、根負けする。

「……分かったわ、リアン」

 リアンは私が名前を呼ぶと嬉しそうな顔で肩を寄せた。

「その……リアン。元ラフェリエール家の私をここに置いていていいの? リアンが例の、懸賞金をかけたと聞いたわ」

 両手の指先を組みながら、そっと真意を伺う。

「当然だ、王の俺が良いと言っているのだから。それと……懸賞金の件はすまない。ラフェリエールに迎えに行ったら、いないから探したんだ」

 迎えに行ったの? じゃあなんでさっき血眼になって私を探していたのかしら。

 リアンが何を考えているのか全然分からない。

「私を、うらんでいないの?」

 その問いにリアンは曖昧な笑みを浮かべて答えず、リアンは私の金髪を一房すくい、目を覗き込んでそっと口づけた。綺麗に洗われて、緩やかに波打つ髪は、さらりと彼の指を滑り落ちる。

  「眩しいくらいのこの髪の方が、クレアには映える」

  「そう……かしら」

 気恥ずかしくて、髪をなぞる。

「なんだか……リアン変わったわね」

「そうか?」

「昔はこんなにスキンシップをとってこなかったもの」

「いつの話をしているんだ。とうに王になって、成人したんだ。当然だろう?」

 髪を持ったまま、リアンが片眉を上げて余裕げに笑う。

「……そうね。もうちっとも小さなリアンじゃないわ」

 私はリアンがもたれた反対側の腕を伸ばして、銀色の頭を撫でる。

「……中和薬はちゃんと飲んでる?」

「ああ。あの時貰ったレシピ通り作って飲んでいる」

 リアンが私のされるがまま、瞼を閉じて答える。

「隈がすごいわ、ちゃんと眠れているの?」

「実はあまり眠れていないんだ」

「仕事が多いせい?」

 目の前の机に重ねられた書類に視線をやる。

「眠れないから、仕事をしている」

「……そう」

「公爵家から城に帰ってきてから熟睡したことがない」

「……もしかして、二年もずっと?」

 リアンは肯定の意を含んだ微笑を浮かべた。

「なぜ? 原因は分かっているの?」

 私が問いかけるとリアンは緩慢に立ち上がって執務デスクの引き出しを開け、小瓶を出した。

「おそらく、これだろう」

 渡された小瓶をまじまじと見つめる。

「これは……中和薬?」

「ああ」

  「……中和薬に副作用があったってこと?」

「これ以外に服用していないから、おそらく」

 私は呆然とリアンの美しい顏を見返す。

「あなたが公爵家にいた三年間のときも、寝れなかったの?」

「あの時は普通に眠れた。極秘に聞いた医者が言うには、ラフェリエールの血族であるクレアが傍に居てくれたからだそうだ」

 そもそもラフェリエールの毒は、その血族には効果が無かった。それを考慮すればリアンの話にも納得がいく。

「ごめんなさい……まさかずっと苦しんでいたなんて」

 リアンの固くて大きな手をとる。

「私が絶対、副作用のない完璧な中和薬を作るから」

 穏やかな笑みを浮かべたリアンがやんわりと手を解いて、私の手を引き、奥のベッドに腰かけた。

「来い。クレアがいるなら、眠れそうだ」

「リアンと一緒に寝るの?」

「当然だ、嫌なのか?」

 さっきの、私の言葉は嘘だったのかと言わんばかりの咎めるような視線に顔が少しずつ赤くなる。

「……じゃあ、端で寝るわ」

 そう言った瞬間、握ったままの手をリアンの方へ強く引かれ、座っているリアンを、抱きしめる形になった。

「ちょっと、リアン!」

 文句を言う間もなくそのまま抱き込まれて寝転がる。流石王のベッドだからか、柔らかくて普段寝ているようなマットレスとは比べ物にならないほど快適だ。

 デコルテの辺りに、顔を埋めるリアンを見る。もう瞼を閉じていてこのまま寝る気だ。仕方ないかと私も瞼を閉じると、リアンは私の肩に額をぐりぐりと押しつけてきた。

 子どものような行動にくすりと笑みがこぼれる。

 仕事に加えて、ほぼ拉致のように連れてこられて疲れていたのか、すぐに睡魔が襲ってきて意識が沈んでいった。


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