第48話 昔の人はセンスが無い

 ケラケラとこちらを嘲笑いながらも攻撃を続けようとした灰色の瘦せ細った悪魔は、爪を構えた瞬間に身体が縦に両断され、こちらを嘲笑うような顔のまま絶命した。透明になることができる能力を持っているとは言え、種がわかればなんてことはない、初見殺しに特化したモンスターでしかない。

 イザベラの一撫で簡単に絶命した悪魔を見つめながら、さっさと奥へと進もうとレは前に歩き出した直後、背後で柊さんが動いたことに感づいた。


「っ!?」


 そこには、もう1体の灰色の悪魔がいた。俺に奇襲を仕掛けようとしていた所を、柊さんが触れてそのまま爆破してしまったらしい。


「……あの、余計なことしましたか?」

「ダンジョンでモンスターを倒して余計なこと、なんてないと思うけど」


 俺と少し距離を取って歩いていたからなのか、柊さんは俺に攻撃しようとしている悪魔に気が付けたらしい。そう言えば、さっき俺たちを攻撃してきた悪魔も律儀に姿を現してから斬撃を放っていたが、もしかして透明なまま攻撃できないとか、透明になっていられる時間に制限が存在するとかあったりするのだろうか。


「とにかく今はさっさとモンスターの数を減らすことを最優先で、走りながらモンスターを殲滅していく。ハナ!」

「わかった」


 イザベラだけでもこのダンジョンの敵に対応することなど訳ないのだが、速度を重要視するのならばやはり2人いた方が効率はいい。


「柊さん、行けますか?」

「……ちょっと待ってね。精神を落ち着ければきっと私にもできるから」

「いや、嘘でしょ」

「えぇ!? なんで否定から入るの!?」


 今までの行いを考えて、なんで自分はやればできる子なんですよみたいな評価をしてもらえると思ったんだよ。やればできる子って誉め言葉はやってないからお前は頑張れって意味をオブラートに包んだものだ。

 数体の召喚獣から力を借りて最低限の身体能力を強化した俺は、柊さんのことを気にせずに走り始めた。今までの身体能力とは比較にならない速度だが……柊さんはついてくることがわかっていたので俺は無視している。彼女は本当に才能だけは確かだから……身体能力を強化する魔法なんて俺とは比べ物にならない練度なのだ。なんでそれであんなビビりなのかわからないぐらいには。


「あのっ! 私のこと、疑ったりしないんですか?」

「……自惚れるなよ。今からお前が主様に攻撃しても、妾は1秒も経たずにその首を落とすことができるのだからな」

「滅茶苦茶疑ってますよ」

「疑ってるんだ!?」


 当たり前だろ。

 あんなことがあってすぐに「この人はきっといい人なんだあ」みたいな頭能天気な人間になれる訳がない。だから、俺は柊さんと会う時は必ずハナかイザベラを傍に立てている。彼女たちはダンジョン内で戦力であると同時に、柊さんに対する牽制でもあるのだ。まぁ……本人は全く意識してなかったみたいだけども。



 しばらく高速でダンジョンを駆け抜けながら悪魔を掃討していたが、あの灰色の悪魔のように見たことも無いモンスターってのにはまだ出くわしていない。だが、明らかに浅い場所に強力なモンスターが出現しているのはわかる。それこそ、俺が試験の時に探していた上位悪魔アークデーモンだってそこそこの数を倒してしまった。本来ならば上位悪魔アークデーモンはもっと深い所まで行かないと簡単に見ることはできないはずなんだが……どうもやはり、悪魔が随分と上に侵攻しているようだ。


「ふっ!」

「はぁ!」


 ハナの斬撃によって悪魔たちは細切れになり、イザベラの放った多種多様な魔法によって塵すら残らずに消し飛ばされていく。時々背後から飛んでくる悪魔にはイザベラが遠距離の魔法で対応し、極稀に柊さんがド派手な爆発魔法で悪魔を吹き飛ばしていた。

 悪魔と言えども生物らしく感情があるのか、仲間が一瞬で殲滅されると呆然としたり逃げ出そうとするやつもいるが等しく轢き潰していき……数十分で随分と深い所まで来ていた。


「こ、こんな深い所は初めてです……これから先のモンスターを殲滅するんですか? バランスを取る為ならなるべく下の方から倒した方が良いとは聞きますけど、ここまで極端に深く潜る人なんて早々いないですよねえ……あの……なんで黙ってるんですか?」

「悪魔の気配がない」


 緩い勾配の坂道を降りて行った先には、悪魔の気配を感じなかった。


「このダンジョン、結構普段から見られている感覚のある場所なんだけどな……ここにはそういうものも感じない。もしかしたら……普通じゃありえないモノがいるかもしれないな」

「普通じゃありえないモノって……まさか、ですか!?」


 固有種とは、通常のモンスターと同様にダンジョン内で存在が確認されているものの極めて発見例が少なく……通常のモンスターと比べて極めて危険度が高いモンスターのことを呼ぶ。


「悪魔の巣に出てくる固有種は、確か……」

「デビルドラゴン」


 デビルドラゴンは、悪魔の巣で20年程度前に発見された固有種であり、ドラゴンとは名ばかりの異形の怪物だと言われている。映像資料などは全く残っておらず、ただ遭遇したベテランの魔術師複数人のグループが壊滅したことだけが知られている。


「固有種がいるなら駄目ですよ! あれは国がしっかりと調査して討伐隊を組まないと倒せないような怪物なんですから! ほら、早く逃げましょう!」

「……固有種と遭遇した時はどうするかって、試験問題にあっただろ?」

「え? そ、そうですね……」

「答えは?」

「逃げ出す、です」

「そうだ……それが教科書の答え。でも現実では固有種と相対した時に逃げるなんて馬鹿のやることだ、それは何故か?」


 答えは実に簡単だ。


「捕捉されたらまず逃げ切れないからだ! そら来るぞっ!」


 廊下のように伸びる暗闇の彼方から1本のレーザーが飛んできた。事前に予測していた俺は柊さんを抱えて横に回避し、イザベラとハナは自分が狙われていないことを理解しながら咄嗟に遠距離の魔法を放っていた。

 イザベラの魔法とハナの魔力の斬撃が闇の中へと飛んでいき……鈍い音で着弾したのがわかった。鈍い音が聞こえてきてから数秒後、ダンジョンを揺らしながら6本足の異形の怪物が奥から飛び出してきた。


「ひっ!? な、なんなんですか!?」

「デビルドラゴンなんて名前を付けたやつはセンスが無いな……こいつはまるで、ドラゴンのキメラだ」


 闇から姿を現したのは、胴体から2つの胴体が生え、その胴体から計7つの首が伸び、身体中から10本以上の腕が、背中には5枚の巨大な翼、そして巨大な触手がうねうねと蠢ている。形容することも難しいとんでもない怪物の登場に、俺もちょっと引いてしまった。

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