第六話 白 霞は扉を閉ざし、應 俰は扉を叩く事。

ハク 、逃げないでください!」


 大川はハク を追いかけて、屋敷内を走り、あともうちょっと、というところで、ハク は部屋にこもってしまった。

 扉は固く閉ざされている。


ハク 、ここを開けて。私から逃げるなんて……。」


 大川は、ドン、と扉を拳で叩く。


「私は傷つきました。女に自分から口づけしたのも初めてなら、女に逃げられたのも初めてです。」


比多米売ひたらめは……向こうからだった。

 遊んだ遊行女うかれめ(遊女)には、口づけを許さなかった。)


「私はねました! もう一回口づけさせてくれるまで、ここを動きません!」


(今度こそ、ためらわない。我慢しない。私は欲しいものを手にいれる。)


ハク ! 愛しています!」


 扉越しに、


「嘘よっ、日本に恋した女がいるって言ってたじゃない!」


 と、ハク のなじる言葉が返ってきた。


「私もそう思っていました。でも、違いました。

 私が愛しているのは、日本にいる女じゃない。

 ハク 、ただ一人です。

 恋に落ちたのです。ここを開けてください。」

「恋人のフリはもうけっこう! 人助けをしてくださって、ありがとうございます。お芝居はおしまいよ。」

「お芝居じゃない。本心です。愛しています!」

「あたしは年をとりました。容貌も衰えました!」

「そんなことはない。あなたは美しい。」

「前に男がいました。すでに夫を持ったことのある身です。」

「関係ない。もう離婚なさったんでしょう? 私は今のあなたが愛おしい。」


 扉越しのハク の声が、すこし弱々しくなった。


「あなたは、ご自分がどんなに魅力的かご存知ないのです。

 あたしには、あなたに愛されるほどの魅力はありません。」


(ああ、またこの顔のせいだ。)


「この顔に生まれてきて、良かったと思ったことは一度もない!

 女がみな、いやらしい顔で見てくるんだ、この顔のせいで……。

 ハク は魅力的だ!

 自分が思っているより、ずっと、遥かに!

 そうでなかったら、女嫌いの私が恋に落ちるものか!

 私はあなたの口づけを恋い焦がれている。

 ハク 

 この扉を開けて、私を愛してると言ってください。

 私に口づけをもう一度ください。」


 返答に間があいた。


「あなたは遣唐使です。日本にお帰りになるんでしょう?」


 大川は慎重になる。


(その事については、今ではなく、あとで話したい。)


「……その事については、ゆっくり話させてください。ここを開けて。」


 遠慮がちに、ゆっくり、部屋の扉が開いた。


オウ クヮ、あの……。」


 大川はすばやく部屋にはいり、扉を閉めた。


「ありがとう。」


 大川はハク を抱きしめ、口づけした。

 柔らかい唇を唇でふさぎ、


(あふれる想いを伝えたい。)


 舌をいれてみる。遊行女うかれめと遊んだのは一昨年おととしだが、口づけは、実に十二年ぶりの行為だ。すこし、自分がうまくできるだろうか? と心配になったが、杞憂だった。

 おずおずと舌をいれてみると、濡れた可愛い歯にであった。歯の間に舌をもぐりこませると、遠慮がちにハク の舌が出迎えてくれた。

 溶け合う。

 大川よりハク の舌のほうが、慣れて、奔放に動く。

 大川の舌は戸惑い、慎重に動く。

 気持ちよさで大川の頭の芯がしびれ、ぼうっとした心地になる。

 唇を離し、抱きしめたハク と目をあわせる。


(お願い。)


「私を愛してると言ってください。」


 これで、ハク からの愛がもらえなかったら、きっと、大川の胸は恋の苦しさで張り裂けてしまう……。




     *    *   *



 優しく不慣れなオウ クヮの口づけをうけ、ハク は、ぼーっとしてしまった。


(こんなに胸がドキドキするなんて。)


「さあ、言ってください。」

オウ クヮを愛してる……。」


 オウ クヮが光が散るように笑った。


(わあ、なんて魅力的な笑顔なの。)


 ばふっ、とオウ クヮに抱きつかれた。


「抱きたい。爲雲爲雨いうんいうさせて。お願い……。」

「えっ、えええ……!」


 ハク は驚き、あうあう、と言葉にならない。


「せ、性急では……。」

「あなたが欲しい。お願い。ダメ?」


 ハク を覗きこむオウ クヮの目が、とろり、と甘い蜜のような光をおびた。美貌の男は、甘えた顔になる。


(ひぃぃ……。)


 そんな顔を見せられては、何も考えられなくなる。流されてしまっている自覚はあるが、この蜜のような甘え顔をされて、断れる女がこの世にどれくらいいるであろうか? すくなくとも、ハク には無理だ。


「ダメではありません……。」


 困ったように言うと、嬉しそうに笑ったオウ クヮに、再び口づけされる。

 口づけは、頬、首筋、胸元におりてゆく。

 オウ クヮが人差し指を、ハク の胸の谷間に深くさしいれた。

 そのまま人差し指で、陌腹(胸帯)を下に、つる、とおろした。

 ぷるん、と勢いよく弾みながら、ハク の胸が剥き出しになった。


(ひええええ……。)


 ハク は真っ赤になる。

 大川は愛おしそうに胸の丸みをひとなでしてから、柔らかい左胸に顔をうめ、夢中で口づけをはじめた。

 大きな左手は、ハク の右の胸を揉みしだく。


「あっ……。」


 気持ちよさが、ちり、と痺れるように甘く、両胸の先端から背中のうしろまで抜ける。


「は。あ……。」


 ハク の吐息は、オウ クヮの舌の動きで乱され、悦楽に震える。


(これ、本当にこのままここで最後までいっちゃうつもりだわ。あわわわ……。)


 事態の急展開についていけないハク がいるのであった。


















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