#7 2日目:襲来

 街に逃げ込んだ私は、広場のベンチに腰掛けて、ぼうっと空を眺めていた。


 空は赤く染まり始めている。フローレンスを置き去りにして数時間が経過していた。


 フローレンスが私の前に現れる気配は無い。


 無事に勝利したか、逃げ延びたかして別の街に向かったか、あるいは――。


 敗北して、消滅してしまったか……。


 相手は魔王軍幹部だ。後者の方が可能性は高いだろう。


 消滅した魂は二度と世界に生まれ落ちることは無い。地獄にすらいくこともなく無へと還る。


 ……私は今日、自分のことだけしか考えてなかったばかりに、魂を一つ輪廻転生の輪から取りこぼしてしまったんだと思う。


 それは魂の転生をサポートするのが役目である死神として、一番あってはいけないことだ。


 私は自分の不甲斐なさに俯きながら、大きくため息をついた。


「随分、辛気臭そうにしているわね」


「ええ、ちょっと仕事で失敗しまして……って、え?」


 聞き覚えがある声だった。


 顔をあげると、幼児になっているフローレンスの姿があった。


「良かった。無事だったんですね」


 フローレンスは、安堵して思わず抱きつこうとした私の顔面を鷲掴み、ガッチリと指を食い込ませた。


「無事だったんですね、じゃないわよ?」


「す、すいません……いっそ粉微塵にでもして、冥界に帰して下さい。お願いします」


「……悪いけど、例え役立たずでもお前は私の器として必要なの。だから、冥界には帰さない。早く帰りたかったら、私のためにちゃんと働きなさい。こっちは地獄に行く覚悟でお前を得たことを忘れないで」


 それを言われてしまうと、ぐうの音も出ない。


「……サブナックは?」


「勝てなかったわ。だから、戦略的撤退を選んだの。魔王軍幹部を名乗っていたのは嘘ではなさそうね。流石に魔力を消耗した状態では勝てない」


「それじゃあ、この後どうするんですか?」


「ヒヤクヨモギを魔道具屋の子達に渡して、魔力回復のポーションを確保。即座にこの街を出て、魔力を回復。準備が整い次第、今度はこちらからサブナックを倒しにいく」


「わざわざ自分から魔王軍幹部に挑まなくても……」


「やられっぱなしは性に合わないの。それにあいつはあの女の居場所を知っていそうだからね。倒して情報を吐かせてやるわ」


 怒りと、そしてどこか悲しみも感じさせるその瞳を前に、私はそれ以上何も言えなかった。


 そうして私たちは魔道具屋に向かった。


 魔道具屋までいくと、店の前を掃除している女の子(姉)の姿があったので、声をかける。


「お待たせ。約束通り薬の材料を持ってきたましたよ」


 私はヒヤクヨモギを女の子に差し出した。


「本当に持ってきてくれたんですね! ありがとうございます! 朝のお姉さんと……もしかして、この子も朝のお姉さん? どうして子供になっちゃったんですか?」


「色々あってね。そんなことより、約束通り魔力回復のポーションを持ってきてくれる?」


「そうでした。すぐに持ってくるので、ちょっと待って下さい」


 そう言って、店のドアに手をかけた瞬間、ばたりと女の子が倒れてしまった。


 生きてはいる。けど、早くどうにかしないとすぐにでも死んでしまいそうだ。でも、いったいどうしてこんなことに……。


 突然のことに困惑していると、先程と同じゾクリとする邪気を近くに感じた。


 サブナックの気配だ。


 フローレンスは女の子を抱き上げ、容体を確認する。


「……これは呪いをかけられているようね」


 その口調は淡々としていたが、怒りを隠すように震えていた。


「どうやら、向こうは私の回復を持ってはくれないみたい。まあ、当たり前か。こうなっては仕方がない。ここで決着をつけてやるわ」


 フローレンスは私を真っ直ぐに見据えると、


「死神。今度は逃げるないで……お願い」


 そう言って、頭を下げてから颯爽とサブナックの元に走っていった。


 私はフローレンスについて行くことを一瞬躊躇してしまったけれど、先程の射るような眼差しを思い出し、自分を奮い立たせてフローレンスを追いかけた。


 サブナックまでの間にも、たくさんの人が倒れていた。


 その全員が先程の女の子のように、今すぐ死んでもおかしくない状態にあった。


 一瞬の間に、街中の人間に呪いをかけられるサブナックの力に、私は改めて戦慄する。


 サブナックは街の中心にある広場にいた。


 私達は物陰からサブナックの様子を窺う。


 倒れている人の山の真ん中で、大盾を構えて私たちがやってくるのを待っているようだった。


「どうしましょう? このまま、サブナックと戦いを始めたら、周りに倒れている人も巻き込んじゃいますけど……」


「それについては問題無いわ。私が転送魔法でなんとかする」


 フローレンスは杖を召喚すると、魔法の詠唱を始めた。周囲の空間が歪みだす。


 そして、フローレンスが広場に杖を向ける。空間の歪みが広場に向かった。


 転送魔法は対象を別の場所に飛ばす魔法だ。サブナックを人がいない場所に移動させるつもりなのだろうか。


 が、サブナックが飛来する空間の歪みに気づいたようだ。大盾を使って、その歪みを跳ね返すと、歪みが現れた方向にいる私達を見て、愉快そうに笑った。


「ふん。今のは転送魔法か? 倒れている人間たちを巻き込まない場所にオレを飛ばそうとでも考えていたのか? いかにも人間が考えそうなことだな」


 そんな……こちらの考えが読まれているなんて……。


「だが、あいにくそうはいかない。この人間達はオレを守る壁なのだ。オマエ達が魔法を使えば、この人間達も巻き込むことになる。オマエ達人間は他人を巻き込むことを良しとしないものなぁ?」


 こいつ、何という卑劣な……。


「得意げに喋っているところ悪いけど、この魔法はお前に向けたものでは無いわよ」


 気づけば、広場中に転がっていた人の山がどこにも無くなっていた。


「転がっている人たちのことを考えながらお前と戦うのは無理があると思ったからね。ちょっとばかし、街の隅っこにどいてもらったの」


 そう語るフローレンスの姿は、三歳児くらいの姿になってしまっていた。


「ほう。それはしてやられたものだな。だが、そのせいでお前が弱くなっては本末転倒だろうに。先の戦いで分かったが、オマエは魔法を使うと少しずつ身体が幼くなってくのだろう?」


 フローレンスの姿を見て、サブナックは嘲るように笑った。


「ああ。お前の言う通りよ。今の私にはお前を倒せるだけの力は無いわ。だから、お前の相手はこの死神がする」


「「は?」」


 思わず私は、サブナックと同時に素っ頓狂な声をあげてしまった。


 私はフローレンスさんにこそこそと話しかける。


「ちょっと⁉︎ 私を魔王軍幹部と戦わせる気ですか? 無理無理。無茶言わないで欲しいんですけど……。身体を貸してあげますから、自分で戦ってくださいよ!」


「残念ながら、今の私にはお前に憑依できる魔力も残ってないの。少し時間を稼いでくれれば、それができるくらいの魔力は回復できるわ。だから、少しの間、根性見せなさい。お前は不死身なのだからそれくらいできるでしょう」


「不死身だって、怖いものは怖いんですって」


 と、小声で言い争っていると、


「何をこそこそと話している? そちらから来ないならば、こっちから行くぞ!」


 痺れを切らしたサブナックが、大剣を構えてこちらへと駆け出した。


「……頼んだわよ、死神」


 フローレンスが魔法を使い、姿を消した。


 魔力が無いとか言ってたくせに……。


 さてはあの人、私に戦闘を押し付けたんじゃ……。本当に人間性を疑うんですけど……。


 私を目掛けて、サブナックの大剣が振り下ろされる。


 私は急いで大鎌を召喚し、その柄で大剣の刃を受け止める。


 もの凄い力だ。気を抜くと鎌ごと叩き切られてしまいそうだ。歯を食いしばり、全身にありったけの力を込めて踏ん張る。


「ほう。その細腕でオレの剣を受けきるとは……」


 サブナックは後ろに飛び下がり、間合いを取り直した。


 一度引いてくれて助かった。ゴリ押されていたら結構ヤバいところまで来ていた。


 私は大鎌を構えて、サブナックと対峙する。


 フローレンスの話を信じるならば、少し時間を稼ぐだけでいいのだ。


 こうやっている内に、時間稼ぎが終わってくれればいいのに。


 本音を言うと、こうしてサブナックと向き合っているだけでも、心は限界に近かった。


「……ん? オマエ、膝が震えているぞ? まあ、このオレを相手取っているのだから無理もなかろうな。オレはこう見えて紳士なんだ。一瞬で葬ってやる」


 サブナックは、持っていた大盾を地面に突き立てると、両手で大剣を構えた。


 そして、一足飛びに、先程とは比べ物にならない程の速さで私に急接近してきた。


 膝の震えもあり、私はうまく回避行動を取れなかった。


 サブナックの大剣が、袈裟懸けに私の身体を切り払う。


「がはっ……」


 私は、身体から血の雨を降らせながら、その場に崩れ落ちる。


 相変わらず痛みは無い。けれど、いつもの傷と違って、何かが自分からごっそりと奪われたような感覚に陥った。身体からどんどん力が抜けていく。


「言い忘れていたが、この剣は『魂喰らい』という魔剣でな。この剣は斬った相手の魂そのもの傷をつけて破壊できるのだ。霊体のフローレンス対策にあの女から貰ったものだが……死神にも効果抜群のようだな」


 何ですか、それ。そんなの私、聞いてないんですけど。


 つまり、あの剣でこれ以上斬られたら、私は……。


「さあ、トドメだ」


 サブナックが大剣を構えて、ゆっくりと近づいてくる。


 嫌だ。怖い。無理無理無理無理無理……。


 私の心がぐちゃぐちゃしたものに塗りつぶされていく。


 サブナックはもう私のそばに来ていた。終わりだとばかりに、大剣を振り上げていた。


「……こうなったら、もうヤケクソなんですけど……」

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