#5 2日目:街で

 夜通し深い森を歩き続け、朝日が登り始めた頃。


 私とフローレンスはやっと森を抜けて、草原地帯に出た。


 少し行った先に、のどかそうな街並みが見える。


 人間界の街を見るのは久しぶりだ。


 人混みはそこまで得意ではないけれど、それでもちょっとワクワクする。


 私の任務は潜伏している強力な魂の回収。


 そういう相手はだいたい人気の無い山奥やら洞窟やらに潜んでいたから、街までくる理由がなかったのだ。


 思わず立ち止まって眺めていると、前を歩いていたフローレンスが、振り返って急かしてきた。


「何してるの? さっさと行くわよ」


「はいはい。わかりましたよ」


 私はため息をひとつ吐いてから、フローレンスの元へと駆けていった。


 辿り着いた街の入り口には、街の名前が書かれた木の看板が立っていた。それを通り過ぎ、街中へと進んでいると、小さな馬車とすれ違った。


 ガラガラと車輪の音を立てながら街の外へと走っていく。


「それにしても、朝日っていうのは、結構気持ちがいいものですね……」


 身体を伸ばしながら、私は呟いた。


 冥界には陽の光がなく、常に夜のような状態だ。


 だから、私はこうして陽の光――それも朝日――を浴びることなんてまったくと言っていい程ないため、すごく新鮮で心地いい気持ちになった。


 フローレンスは、そんな私の呟きに反応することもなく、ツカツカと先に進んでいく。


 私はまたため息をついた。


 フローレンスの後に続きながら、キョロキョロと街中を見回して、様子を観察する。


 石畳が敷き詰められ、木組みの家々が立ち並んでいるおしゃれな街並み。


 まだ朝が早いためか、人通りはそこまで多くないものの、市場はそれなりの賑わいを見せていた。


「そういえば、さっきからフローレンスさんはどこに向かってるんです?」


 私がフローレンスに尋ねると、フローレンスは短く。


「道具屋よ」


 とだけ答えた。


 フローレンスはもう少し私とコミュニケーションを取ってくれてもいいと思う。


 とはいえ、私も他人との会話が得意な方ではない事もあって、この話がこれ以上広がる事もなかった。私たちは無言のまま通りを進んでいき、やがて、魔道具店と書かれた看板の店に着いた。


 早朝だというのに、すでに開店しているようだ。


「あ、いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」


 店内に入ると、十歳ぐらいの女の子がカウンター越しに、愛想良く出迎えてくれた。


 そこかしこの棚に何かの液体が入った瓶やら、動物や魔物の一部を使って作ったと思われるアクセサリーやらが置かれている。


 小さな女の子が、その棚に一生懸命背伸びをしてはたきをかけていた。さっきの子の妹だろうか。姉妹揃って親の手伝いをしているのだろう。


 何だかほんわかした気持ちになり、つい笑みが溢れた。


 ざっと中を見回った後、フローレンスはカウンターにいる女の子に。


「この店にある魔力回復のポーションを全てくれるかしら」


「全部ですか⁉︎ ……えっと、十二本で二四〇〇Gになります」


 フローレンスは懐をまさぐり――。


「んんっ? 生前に持っていたはずのお金が全て無くなっているんだけど……」


「ああ、こっちの世界のお金は冥界に持っていけないのでそのせいだと思います。身につけていたものとかはそのままなんですが、お金だけ引き継がれない仕様なので」


「それはつまり……」


「端的に言うと、あなたが持っていたお金は……あるとすればですけど、あなたの死体のそばに残ったままって事です」


「……死神、お金持ってる?」


「持ってますよ。冥界でしか使えないお金ならですけど……」


「……マジ?」


「マジです」


 私達は一旦、カウンターを離れた。


「……というか、だいたい大量の魔力回復ポーションを買って、何するつもりなんですか?」


「決まってるでしょう。私は魔法を使ったらどんどん幼い姿になって弱体化するのよ? お前が器になってくれるとはいえ、いざという時に、幼児の姿だったらやばいでしょうが」


「確かに……。なるほど、そういう事ですか」


 なんて話していると、突然、バリンという音が店内に響き渡った。


「ご、ごめんなさい」


 そちらに振り向くと、床には割れたガラス瓶と中身の液体がぶちまけられており、はたきをかけていた女の子が涙目になっていた。


 はたきをかけているときに、誤って商品の瓶を倒してしまったのだろう。


「大丈夫⁉︎ 怪我は無い?」


 慌ててカウンターにいた女の子が駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん、わたし、はたきをかけてて、それで……」


「ああ、もういいから。ここは私が片付けておくから」


 と、そこへカウンターの奥から、一人の男性が出てきた。


 頬がげっそりとこけて、身体も細く、肌は土気色。


 まるで枯れ木のようだ。


「お父さん! 寝てなきゃダメでしょ。まだ顔色悪いよ」


 女の子(姉)は現れた男性を奥に押し戻そうとする。


「そうは言っても、もう一週間近くお前達に店を任せてしまっているし……お父さん、もう大丈夫だ……ゴホゴホッ」


「どこか大丈夫なの? すごい咳き込んでるし……。お父さんをベッドに連れて行って」


「うん」


 女の子(妹)に連れられ、父親は再び裏へと引っ込んでいった。


「……この子達のお父さん、今のままじゃ、もう長くなさそうですね」


 思わずそんな事を私は呟いてしまった。


 私達死神は寿命が近い人間がわかる。命が尽きかけている人間は、薄く透けているかのように見えるのだ。


 今すぐ何かしら手が打てればまだ間に合うかもしれないけれど、寿命の事を人間に話すのは死神のルールに反する。


 この子達には可哀想だけど、私にはどうする事も出来ない。


「……お前のお父さんは具合が悪いみたいね」


 突然フローレンスが、散らばった瓶の破片を拾っている女の子にそう尋ねた。


「はい。お医者様には、薬草を飲ませれば良くなるって聞いたんですけど、それが採取できる森には、最近凶暴な魔物が棲みついたとかで誰も取りに行けなくなっちゃって……」


「なるほど……それなら、私がその薬草とやらを取りに行ってあげるわ」


「え?」


 思いがけない言葉に、女の子は驚いているようだった。


 私もだ。フローレンスが出会ったばかりの具合悪そうな人のために、わざわざ薬草を取りに行くような人間だと思わなかったからだ。


 時間は限られているのに……フローレンスって、実はいい人なのかもしれない。


「その代わり、薬草を持ってきたら、この店にある魔力回復のポーションを全部よこしなさい」


 前言撤回。まあ、そんな事だろうと思ってましたけどね。


 とはいえ、女の子にとっては願ってもない申し出だったようで、


「わかりました。ウチにある魔力回復ポーションは十二本……じゃなくて、妹が一本割っちゃったので、十一本しかありませんが、それでいいならぜひお願いします」


 深々と頭を下げた。


 フローレンスは、そんな女の子の頭を優しくポンポンと撫でる。


 そんなフローレンスの姿を見て私は。


 いい人では無くても、案外、すごくいやな人という訳でもないのかも。


 なんて思ったりしたのだった。

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