#4 1日目:取引。そして、冒険の始まり。

 気がつくと、私は拘束されていた。


 全身を鎖で雁字搦めにされ、床に転がされていた。


 鎖からは魔力を感じる。きっとこれは魔法で生み出した物だろう。


 となると、力ずくで引きちぎるのは難しそうだ。


 芋虫のようにもぞもぞと動き、周囲を確認する。


 閉じられたボロボロのドア。一部に穴が空いたフローリング。


 そこかしこにゴミや瓦礫が散らばっている。どこかの廃墟の一室に私はいるようだ。


 枠だけになっている窓を見つける。


 大きさ的に、そこから身を投げ出して脱出するのは無理そうだけど、外部が見えるのはありがたい。


 外は真っ暗だ。つまり、今は夜なのだと想像がつく。


 さて、どうしたものですかね……。


 何がどうなってこういうシチュエーションに陥っているのかは、すでに理解出来ている。


 私はついさっきまで――と言っても、外の様子から、少なくとも数時間は経っていると思うけれど――魂回収任務の対象であるフローレンスと戦っていた。


 そして、魔法で全身を串刺しにされて……。


 この辺りの記憶はあやふやだけれど……私はフローレンスに負けてしまったのだ。


 敗北して気を失っている間に、こうなったと考えるのが自然だ。


 全身穴だらけにしたうえに縛り上げるなんて、人間性を疑うんですけど……。


 もっとも、その全身の穴はすでに塞がっているけれど。


 ……訳もわからずこんな状況に陥っていたらパニック必至だけど、原因がわかっていれば、案外落ち着いていられるものなんだな。


 そんな呑気な事を考えていると、ドアの先から足音が聞こえてきた。


 その音は真っ直ぐに私が拘束されている部屋へと向かってくる。


 扉が開かれると、そこには。


 最初にあった時と同じ、十代後半くらいの姿のフローレンスがいた。


「気がついたかしら、死神」


 立て膝をついて、そんな風に訊いてくるフローレンスに目の高さを合わようと、私はもぞもぞとして上半身を起こす。


「ええ、まあ」


 続けて私は尋ねた。


「なんで私は拘束されてるんですか? もしかして、いけないことしようとしてます? やったら、解放してくれますか? 私、女の人は初めてなんですけど……」


 もちろん、男の人ともヤったことはないけれど。


「勝手に話を進めないで。私はこう見えて彼女がいるの。昔ならともかく、今の私はあの子以外とヤる気はないわ」


「……だったら、なぜです?」


「目が覚めたお前がまた暴れ出したら困るからよ」


 思わず私は首を傾げた。


「また暴れ出したら困るって……そもそも、私、あなたに一方的にやられてただけで、暴れたりなんかして無いじゃないですか」


 そう抗議すると、今度はフローレンスが豆鉄砲を喰らった鳩ような顔をした。


「暴れてないですって? 人の脳天に大鎌をぶっ刺しておいて、よくそんなこと言えるわね」


「いや、言いがかりはよして欲しいんですけど。本当に人間性を疑いますよ……って何で私が大鎌を使うって知ってるんです? 見せましたっけ?」


 私の反応に、フローレンスは顎に手を当てて、小さくぶつぶつと何か呟いている。


「あの……」


「まあ、覚えてないなら別にいい。それは置いておいて、本題に入らせてもらうぞ」


 フローレンスは、私を真っ直ぐに見据えながら言葉を続けた。


「死神、私と取引しなさい」


 ……。


 …………。


「は? 取引?」


「ええ。そうよ。取引」


 フローレンスが、その内容の説明を始める。

 

 フローレンスの仲間だった女が魔王軍に寝返った。


 その女に恋人を捕らわれて人質にされたため、抵抗できないまま、フローレンスは殺された。


 フローレンスの望みは、その女への復讐と、攫われた恋人を奪還することらしい。


「だが、お前も知っての通り、私は魔力を消費するたびに、身体が縮んでしまう。そんな状態では、間違いなくその女には勝てない」


 身体が縮んでいても、この人、かなり強かったと思うんだけど……。


「そんなにすごい相手なんですか?」


「ああ。今は魔王軍についた裏切り者のクソカスに成り下がったけれど、それでもアイツは私に並ぶくらいの魔法の力と才能を持った女だからね」


 フローレンスは遠い目をした。


「だから、私には魔力を供給してくれる器が必要だったの。どうやって、器になってくれる奴を確保するか考えあぐねていたところに、お前達死神が来たわけ」


 これは話の流れからすると、ひょっとして……。


「あの、それってつまり私に器になれって言ってます?」


「そうよ。もちろん、タダでとは言わない。目的を果たしたら、お前に従って冥界でも地獄でもどこへなりと行ってやるわ」


 なるほど。この取引は悪く無い話に思える。


 前任の死神を粉微塵にするわ、出会って早々に魔法を使って襲いかかってくるわ、気を失っている傷だらけの死神を雁字搦めにするわ……そんな危険人物を戦うことなく冥界に連れて行けるというのは、私にとってはかなりありがたい。


 だけど――。


「個人的にはその話は悪くないんですけど、死神のルール的にダメなんですよね。こっちの世界のことには干渉しちゃいけない、みたいな」


「そうか。それは残念ね。じゃあ、このまま、お前を粉微塵にして、冥界に送り返すことにしようかしら。さっきは子供の姿だったから、耐えられてしまったけれど、この姿で放てば……」


 フローレンスの周りの空気が震え出す。


「ああ、ちょっと! ちょっと、待ってください! ダメ元で上に聞いてみますから、私を粉微塵にするのは持って欲しいんですけど……」


「いいわ。でも、そんなに長くは待たないわよ」


 空気の振動が止まった。


 ……この取引には、どうやら最初から応じる以外の選択肢は無さそうだった。


 というか、死神を脅迫するって……この人、イカれてるにも程がある。


「えっと、じゃあ、この鎖を解いて貰っていいですか? このままだと通信用の魔石が取り出せないんですけど……」


「……しょうがないわね。でも、妙な真似をしたら即消し飛ばすわよ」


 拘束を解かれた私は、懐から通信用の魔石を取り出す。


 これは魔石を持った者同士ならば、離れているところにいても連絡が取れる便利な道具だ。


 魔石を握り、オペルさんに念を送る。


「あら。任務中に連絡してくるなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」


 オペルさんとはすぐに繋がった。私は事情を説明する。


「……なるほど。話はわかったわ。少し待ってなさい」


 そうして、通信が保留状態になり、十分程が経過した後――。


「お待たせ、ヴィータ。フローレンスはそこにいる?」


「ええ、いるわ。お前達の話は全部聞かせてもらっているわよ。それでどうなの? 返答次第では、ここにいる死神は粉微塵になってそっちに帰ることになるけれど?」


「……死神を脅迫するなんて、なかなか肝が据わっているわね。あんまり調子に乗った事をしてると、今すぐ地獄に叩き落とすわよ?」


「構わないわ。私は目的さえ果たせれば、その後は地獄にでも何でも行ってやるつもりだもの。でも、今は私に時間を寄越しなさい」


 オペルさんのドスを利かせた声にも怯む事なく、フローレンスは不遜な態度で要求を告げる。


 ……すごいな、この人。


 一周回って、思わず感心してしまう。


 オペルさんが、やれやれと大きく息を吐き出す。


「結論から言うとね、フローレンス。あなたの要求に応じてあげてもいいわ」


「え? いいんですか?」


 その言葉に、私は思わず口を挟む。


 死神は人間達に過度に干渉してはいけないというのがルールだ。


 だから、フローレンスの要求は絶対に通るわけがないと私は思っていたのだけど……。


「ええ。ルール違反になるのは、百も承知よ。ただ、最近魔王軍のせいで私達の仕事も増えているから、面倒事は避けたいのよ。仮に今そいつを無理やり連れてきたとしても、こっちで暴れるのは目に見えてるし。そうしたら余計な仕事が増えちゃうでしょ」


 確かにこのまま冥界に連れていっても、フローレンスは確実に大人しくはしてくれないだろう。


「だったら、ある程度の要求は呑む代わりに、こちらの出す条件に従ってもらおうってわけ」


「……それで? その条件とやらはなにかしら?」


 フローレンスが静かな口調でオペルさんに訊ねる。


「期日を設けさせてもらうわ。その期日までは、私たちはあなたを邪魔しないし、そこにいるヴィータを器として好きに使ってもいい」


「……⁉︎」


 私を好きに使ってもいいって……。


 その辺りの選択権は私にないのだろうか。


 いや、フローレンスとの戦いを避けられるなら、別に器になるのはいいのだけれど……。


 何だろう。ちょっと釈然としない気もする。


 私が一人首を傾げている間にも、話はどんどん進んでいく。


「なるほど。で、その期日はいつ?」


「取引成立から四十九日後。ただし、期日を迎えた時点で即座に地獄に行ってもらうわ。これが私たちがあなたの要求を呑む条件よ。どうする?」


「それで構わないわ」


 考える素振りも見せずに、フローレンスは答えた。


 この人、地獄を甘く見てるんじゃないだろうか。一応、忠告をしておく。


「あの……地獄は本当にやばいところなので、もう少しちゃんと考えた方がいいですよ。一度、研修で見学に行かされたことあるんですけど、それはそれはもう凄惨な場所でした。毎日粉微塵じゃ済まないような責苦を負うことになりますけど……」


「構わないと言っているの。私は目的さえ果たせれば、あとはどうなったっていい」


 フローレンスの意志は固いようだった。それならば、私から言う事もないだろう。


「じゃあ、フローレンス。今から、四十九日後にあなたを地獄に引きずり込む呪いをかけるわ。この呪いは解除できるものではないから、くれぐれも時間を無駄にしないことね」


 オペルさんがそう告げると、フローレンスの足元に不気味に光る紫色の魔法陣が現れた。


 フローレンスは目を閉じて、身じろぐこともせずにその光を浴びている。


 やがて、それが収まると。


「これで取引は終了よ。そういうわけだからヴィータ。任務変更よ。四十九日間、この人の手伝いをしてあげなさい。それじゃあ、健闘を祈るわ」


 オペルさんからの通信が途絶えた。


「……そういうわけだから、死神。私には時間が無いの。早速出かけるわよ」


 フローレンスはそう言って、部屋から出ていった。


 私ははぁっと、大きく息を吐き出す。


 ――戦うよりはマシだけど、この人と四十九日間も一緒とか、精神的にきついんですけど……。


 そんな事を思いながら、フローレンスの後を追いかけた。


 と、まあ、こんな感じで。


 私とフローレンスの四十九日の冒険が幕を開けることになったのだった。

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